第7話 戦のあとの手紙
それから十日後、ルビーの元に念願の手紙が届いた。ブラッドからだ。
『長い間連絡せずにすみません。
ルビーは元気に過ごしていましたか。
僕はやっとこちらに戻ってきて、今は学校の寮にいます。
もう卒業です。
僕も無事に魔術師のローブを授与されることになりました。
魔法学校の卒業式には、ぜひ参列してください。
当日、僕の両親が迎えに行きます。
その後のパーティでは少しお話ができると思います』
ルビーは、ブラッドの筆跡をなぞりながら、涙を流した。
やっぱり戦に行っていたんだ。
帰ってきた。無事に。怪我がないとも書かれていないが、怪我をしたとも書かれていない。きっと支障はないのだろう。
そして、栄えある魔法学校の卒業式、ローブ授与式に参列するように言ってくれている。婚約者として招いてくれているのだろう。
ルビーは、ブラッドの無事を知って安堵し、まだ婚約者として扱ってもらっていることが嬉しかった。
一緒に届いたプラムローズ家からの手紙にも、卒業式の日に一緒に出かけて欲しい旨が書かれていた。
それと一緒に、参戦に関して極秘であったために、婚約者にもかかわらず内緒にしてしまって申し訳なかったとの謝罪の言葉が綴られていた。
ルビーは、一緒に卒業式に参列させて欲しいと、プラムローズ家に手紙をしたためた。
* * *
女学校の卒業式は、魔法学校の前日だ。その日の前に、在校生が卒業生を祝う会が催される。
卒業を祝う会は、在校生主催の、女学生だけで大はしゃぎで大笑いし涙まじりになる賑やかな会だ。先生はあくまで来賓として見守っている。
在校生が、寸劇や演奏を披露し、その後は立食パーティだ。ダンスフロアも用意されていて、女学生同士で踊る。
「ベアトリスお姉さま、ぜひわたしと踊ってください」
背が高くて凛としたベアトリスは、下級生に人気だった。次々とダンスに請われて男性パートを踊っている。
「ベアトリスさまは、ほんとに様になりますね」
「先輩にリードされたルビースターさまも、大変かわいらしかったですよ」
ベアトリスの様子を眺めていたルビーは、ヴィオラにそう言われた。
昨年まではいつも、ルビーは先輩にダンスに誘われて踊っていたのだった。どの先輩も男性パートが上手だった。
そんなルビーの前に下級生がわらわらと集まってきた。ルビーは何事かと小首を傾げた。
「あの、あの、ルビースターお姉さま」
みんな真っ赤な顔をして、そのうちの一人がルビーに声をかけた。
「わたしたち、あの、星の紅玉を愛でる会のメンバーで……」
星の紅玉を愛でる会って。
ルビーは絶句した。
星の紅玉とは、まさしくルビースター、わたしじゃない。わたしを愛でる会って、何それ。
そんなのが、あったの?
目を見開いているルビーの横で、ヴィオラが笑った。
ヴィオラはルビーの耳に、そっとささやいた。
「ルビースターさまのファンの子たちよ。話を聞いてあげたら?」
ルビーはヴィオラの声に気を取り直し、目の前の下級生たちに向き合った。
「よくわからないけれども、ありがとう。
何か、わたしにして欲しいことがあるのかしら」
目の前の女学生たちは、ルビーの言葉を聞いたとたんに身悶えて、崩れそうになるのをお互い支え合っていた。
先ほど話をした子がまた、口を開いた。
「あの、あの、同じ女学校に通った記念に、ぜひ、お姉さまに握手をしてもらえたら……」
「いいわよ」
ルビーはにっこりと笑った。
「あなた、名前は?」
横からヴィオラが声をかけた。
「ジャネットです」
「ジャネットさま」
ルビーに呼ばれたジャネットは、ふらふらとルビーの近くまで寄ってきた。そのときにマーシアがルビーに声をかけた。
「ルビースターさま、そこはハグよ」
その言葉に、ルビーはそのまま腕を広げた。
ジャネットの体はそのままルビーの腕の中に収まり、背中にルビーの手が添えられた。
「きゃぁぁぁぁぁ」
見守っていた星の紅玉を愛でる会のメンバーから、黄色い声がこだました。
何事かと周りの視線が集まったが、ヴィオラとマーシアが何もないと、周りに知らせ、注目は外れた。
「ありがとう」
ルビーが腕を広げると、さらに赤くなったジャネットがふらふらとその中から出た。瞳は潤み、とろけそうな表情だった。
次の子が、すでにのぼせた顔でふらふらと出てきた。
「お名前は?」
「サリーです」
「サリーさま、ありがとう」
星の紅玉を愛でる会は、全員ルビーに名前を呼ばれハグをされ、夢見心地で去って行った。
「ルビースターさまは、もてるわね」
「ベアトリスさまに言われたくありませんわ」
ダンスから解放されたベアトリスとルビーが言い合っていると、ヴィオラが笑いながら加わった。
「ベアトリスさま、ルビースターさまは、愛でる会のことをご存知なかったのよ。あれだけいつも追いかけ回されていましたのに。
視線も感じませんでした?」
「視線は痛いほど感じていたけれども、ベアトリスさまに憧れている子たちだと思っていましたの」
「わたしも知りませんでしたわ。
たしかに、ルビースターさまとベアトリスさま、どちらも下級生に大人気でしたわね。
ルビースターさまは、お姉さま方にもとても人気があったのではなくて?」
マーシアの疑問に、ヴィオラが答えた。
「お姉さま方にも大人気でしたよ。それぞれがそっと見守ってそれでいて牽制している感じで。
あのジャネットさまが愛でる会を作ってから、メンバー間で情報を共有してお互い助け合っていたようですわ。おかげで付きまといが減りました。
ルビースターさまに対する情熱は、さらに高まったようですけれど」
「ハグして喜んでもらえて、よかったですね」
にっこりとマーシアがまとめた。
女学校の卒業式は、式典と家族を交えての交流会という和やかなものだった。
ルビーたちは涙混じりに、家族の紹介も交えた別れの挨拶をして歩いた。友人三人とも王都に残るが、それでも卒業式は寂しくなるものだった。
最後は、成人の儀での再開を約束して、それぞれの家族と帰路についた。
ルビーの女学校の卒業式の翌日に、魔法学校の卒業式があった。
朝、プラムローズ家の馬車がアーヴィング邸まで迎えに来、ルビーは魔法学校に向かった。
* * *
魔法学校へと向かう馬車の中、プラムローズ侯爵はルビーに頭を下げた。
「心配してくれたのに、申し訳なかった。
ブラッドのことは軍事機密に触れるために、家族以外に居場所を知らせることさえできなかった。
許してくれ」
頭を下げられたルビーは、あわてて手を振り、自らも深く頭を下げた。
「そんな。侯爵様が頭をお下げになることではありません。
ご無事でよかったです」
「あの子も、戻ってきたならせめて一目ルビーちゃんに会ってから寮に戻ればいいのに。忙しいからって、私たちも玄関先で一言挨拶しただけなのよ。
どうせ行くなら、ルビーちゃんのところでしょうに。
そういうところは、子どもの頃から変わらず気が利かないんだから」
プラムローズ夫人は、ルビーを申し訳なさそうに見ながら、ため息をついている。
「それでも、卒業式に間に合ってよかったです。
これから会えるのですし」
「ルビーちゃんは、優しいわー。ありがとうね。
ほんと、うちの息子にはもったいない」
そう言った夫人は、馬車の向かいの席から手を伸ばして、ルビーの手を握った。
「我が家に来てくれる日が待ち遠しいわ」
プラムローズ夫妻ととりとめもない話をしながら、ルビーは不安を感じていた。
本当に結婚できるのだろうか。
学校が忙しいと、ここ二年は会っていない。手紙も極端に減った。
わたしは、忘れられているのではないだろうか。
婚約者がいることを思い出して、今回は呼んでくれたのではないのだろうか。
やっぱりわたしは平凡な娘。
すばらしい将来に向かっていくブラッドの隣には似合わない。
だんだんと表情が暗くなっていくルビーを、プラムローズ夫妻は心配そうに眺めていた。
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