第6話 紅鳥は眠れない
夜、一人になるのが、ルビーは嫌だった。
昼間は家族や友人と過ごしたり宿題をしたり刺繍をしたりして気が紛れる。でも、ベッドに入ると、何もできないまま眠れぬ夜が続く。
ルビーはベッドに横になりクマのぬいぐるみを抱きしめながら、窓の横にある机を眺めた。その引き出しにはレターセットが入っている。それと一緒に、ブラッドが誕生祝いとともにくれたカードも。
ブラッドから手紙が来なくなってから、数ヶ月。それでもルビーはブラッドに宛て手紙を書いていた。
だが彼は、魔法学校にはおらず、騎士団に手紙を出していいものかどうかわからない。
それでルビーは、プラムローズ侯爵家に、ブラッドに手紙を送るときに同封してもらうように手紙を預けていた。
返事がないのに何回も手紙を預けるのに気が引けて、こちらから出す手紙の数も減ってしまう。
今週渡したばかりだから、せめて来週よね。
一方通行でもせめて手紙を書きたくて、でも、侯爵夫妻の負担にはなりたくなくて、ルビーは手紙を書くのを我慢した。
プラムローズ邸への訪問は続いている。侯爵夫人にお茶に呼ばれるのだ。
娘ができたと喜んでいろいろともてなしてくれ、侯爵夫人として学ばなくてはならないことを少しずつ教えてくれる夫人を、ルビーは好きだった。
ほんわかとした夫人と違って、プラムローズ侯爵はいまだにルビーの前でもほとんど表情を出さないが、ルビーを気に入ってくれていることを、彼女はなんとなく感じていた。
何より、夫人だけを優しい表情で見つめる侯爵と、その夫を信頼して寄り添う夫人が、ルビーには理想の夫婦の形の一つに見えた。
もう一つの形はもちろん、ルビーの両親だ。お互いに尊敬し合い、愛していることを家族の前で憚りなく口にする。
ブラッドとわたしは、お互いに気持ちを許しあえる夫婦になれるのかしら。お父さまとお母さまのように。侯爵さまと奥さまのように。
全然会えない手紙も届かない、そんな婚約者を、ルビーは不安に感じていた。
わたしがつまらないから、平凡だから、価値がないから。そんな紅鳥にはもうつきあうのを飽きてしまった?
ブラッド、会いたい。会ってあなたの声を聞きたい。わたしを見つめるその金茶の瞳を覗き込みたい。あなたの手に触れたい。
どこにいるの? 戦地で戦っているの?
もしそうなら、無事に帰ってきて。
怪我しないで。もし怪我をしても、どんなブラッドになっていても、わたしのもとに帰ってきて。
会いたい。
ルビーは、クマのぬいぐるみの頭を撫でてから、ぎゅーーーと力を込めて抱きしめた。
「ルビースターさま、最近元気がありませんね」
女学校の放課後、友人のマーシアがルビーに声をかけてくれる。
「そんなルビースターさまのために、今日はどこに行きましょうか」
「カウベルのミルクケーキを最近食べていませんでしたわ。そこはいかがかしら」
「いいですわね。あそこはチーズケーキも絶品ですし」
マーシアの言葉にベアトリスが提案し、ヴィオラが乗っかる。ルビーを含めた四人は、息があった友人となっていた。
沈んでるルビーの気持ちを引き立てようと、彼女らはしょっちゅうルビーを遊びに連れ出していた。
それはルビーのためだけではなかった。
卒業すれば、すぐに成人の儀がある。
その後は、結婚したり、結婚の予定がなくても相手探しに入ったり、就職したり。王都に残る人もいるが、領地に帰る人もいて、みんなバラバラになってしまう。
狭い貴族社会とは言え、毎日顔を合わせるのは今だけだ。
ルビーも、成人の儀後は準備期間を経てブラッドと結婚することになっていた。
卒業を間近に控え、卒業試験も終えて、彼女らは遊ぶことに全力を注いでいた。
ルビーも友人も最後の学生生活を楽しんでいた。
いつものカフェで、ルビーは友人たちとおしゃべりをしていた。おいしいケーキと紅茶があれば、女子トークはいつまでも続けられる。
「これはまだ内緒なのですが、国境近くの紛争も区切りがついたようです。もちろん王国側が鎮静させたとのことです」
父が騎士団の事務をしているヴィオラは、情報通だ。小さな声でまだ一般に出回っていないことも教えてくれる。
「騎士団はいつ帰ってくるのかしら」
マーシアが心配そうに聞いてくる。彼女の叔父が、騎士団で戦地に行っていた。
「もう向こうを出立したようですよ。これからしばらくは職場に篭ると父が言っていましたから」
「それでは、一週間ほどで王都にお帰りですね。パレードなどは」
ヴィオラの返事に、ベアトリスが日程の計算をしている。反乱とはいえ長引いた戦だ。パレードで騎士や兵士たちを讃える可能性も高い。
「今回は数ヶ月かかりましたから騎士も疲弊しているとのことで、改めて別の日にするそうです」
「それほど大変だったのですね」
四人は、一斉にため息をついた。
王都にいると実感できないが、国境近くの紛争は久しぶりの大きな戦いだと言われていた。
ブラッドの父が若い頃に魔法騎士として名を馳せた戦い以降だ。そのときは隣国との戦いだった。
今回は、天候不順で不作になった国境の部族が、王国に反旗を翻した。
最初はすぐ鎮圧されると言われていたが、部族の後ろに隣の国が立ってから、戰は激しくなった。
部族の人数に比べて戦う人数が多すぎ、戦略が巧妙すぎた。食料や兵器だけでなく兵士の補充や、指揮系統まで、隣の国が関わっていたと考えられている。
長期化して、これは国同士の戦争に発展するかと危ぶまれていたが、やっと王国は隣国を牽制し、部族の反乱として戰を終結させた。
「騎士見習いも戦地で活躍したようですよ」
そのマーシアの言葉に、ルビーの胸はどくんと跳ねた。
騎士見習い。ブラッドもたしかそう。
「見習いの方は皆様、参戦なさったのかしら。それに騎士学校の学生たちも」
「さあ。騎士団に所属していない方は、行っていないでしょうね。
今回は騎士団の一部でしたから、騎士見習いも、戦場まで行ったのはほんの一部だと思いますわ」
「そのほんの一部の騎士見習いたちが活躍したと噂になっているなんて。
わたしたちよりも何歳か年上なだけですよね。すばらしいですわ」
「パレードでお顔を拝見できるかしら」
「楽しみですわね」
話題は騎士見習いの活躍に移っていた。
ルビーはそれに乗らなかった。
ブラッドは騎士見習いだ。戦ったのかどうか、無事に帰って来られるのかどうか。心配で心配でたまらなくなった。
紛争が激化したのは、ルビーの誕生日のすぐあとだった。
『しばらく連絡ができなくなりそうですが、心配しないで』
手紙にはそう綴られていた。ブラッドからの手紙は、それ以降届いていない。
プラムローズ邸では、何度も同じことを問いかけた。
「ブラッドは元気ですか? 戦に行ってはいませんか」
ブラッドの母は、大丈夫だから安心するようにとルビーに言ったのだった。
一度も、戦には行っていないと言ってはくれなかった。
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