第5話 届かない手紙と刺繍入りのハンカチ

 学年が上がるにつれ、ブラッドは邸に帰って来なくなった。長期休暇さえ、三年になってから帰ってきてない。


 ブラッドからの手紙も、回数が減った。その中に書いてくる内容から、忙しそうなのが伝わってくる。

 もともと騎士学校にも単位をとりに通っていたのだが、学校に通いながら騎士見習いとして騎士団に入り、長期休暇はずっと隊員として活動していると書かれていた。


『ルビーに会いたい。会える日が待ち遠しい』

この文章で終わるのは変わらなかったのが、ルビーの不安感を和らげてくれた。



 ブラッドの返事が来なくても、ルビーは手紙を送った。忙しいブラッドに配慮して、手紙を欲しいとは書かなかった。



 ブラッド、どうしているの?

 本物の騎士と一緒に働いているなんて、怪我をしてないかしら。

 会いたい。


 ルビーはブラッドからもらったクマのぬいぐるみを抱きしめて、眠った。





 時間を持て余したルビーは、ハンカチなどに刺繍をして神殿のバザーに提供していた。


「ルビースターさま、明日はバザーですね。また刺繍を出されましたの?」

 女学校で一緒にランチをとっていた友人が、ルビーに尋ねた。


「今回はハンカチを五十枚くらい」

「あら、それではすぐになくなってしまいますわ。朝のうちに行かなくては」

「ねぇ、どれがルビースターさまが作ったものなのか、教えてくださいな」

「それはダメなの。わたしのものだけすぐになくなるので、わたしが作ったものだと教えないように言われているのです」

「ルビースターさまの刺繍は持っているだけでなにか安心しますもの。取り合いになるのもわかりますわ。

 刺繍は目立ってお上手とは言えませんのに」

「それはよけいですわ」


 ルビーが笑うと友人たちも笑った。先生のいないところでちょっとくらい大口を開けても気にならないのが、女学校のいいところだ。



 翌日、バザーが始まると同時に行くという友人たちにつきあって、ルビーも朝から出かけることになった。

「わたしが買い物するわけでもないのに、なんで休みの日に早くから出かけなくてはならないのかしら」

 ちょっと拗ねたまねをするルビーに、友人たちはまあまあと取りなしていた。


 頼んでくれればなんでも刺繍をするのに、それをせずにバザーで手に入れてくれる友人たちに、ルビーは心の中で感謝をした。

 友人たちがバザーにいてあれこれと言いながら選んでくれることで、他の客を惹きつけることができる。買ってくれることで、バザーの売り上げが上がる。すぐに売り切れるとルビーのまた作ろうという意欲が湧く。良いことづくめだった。


 みんなの誕生日には、その人のために刺繍したものを贈ろう。


 ルビーはこっそりと決めていた。



 王都では、神殿のバザーの刺繍の中に、持っていると魔除けになるものが紛れているという微妙な噂が流れていた。

 どれがお守りなのか見極めようとする刺繍作品を選ぶ人たちの真剣な表情も、バザーの名物になりつつあった。


 さすがルビーの友人たちは、的確にルビーの刺繍したものを選んだ。それらは彼女らの家族や友人へお守りとして手渡されていった。




 友人たちがバザーで購入して配ったルビーの刺繍入りハンカチもまた、小さな奇跡を生み出したが、最初のうちはその刺繍のおかげだと気付かれなかった。



「お父様、わたしが贈ったハンカチ、身につけてます?」

「かわいいマーシアのくれたものだ。いつもポケットに入れているよ。友人が刺したものだったかな」

「最近、いいことありませんでした? 怪我をしそうになったけれども助かったとか」

「うーん、そういえば階段から足をすべらせたけれども、ちょうど下から部下が上がってきていて支えてくれて、何事もなかったな」

「それですわ! お父様、そのハンカチはお守りです。ずっと身につけていてくださいませね」

「そうなのかい? マーシアがそう言うならそうしよう」



「というわけで、お父様のは階段からの転落を防いでくれましたわ」

「よかったわね、マーシア。

 わたしの買ったのは、今回はお兄さまにあげました。それから色々なことがスムーズに行ってるそうです」

「わたしのおじさまったら、刺繍のハンカチを枕元におくようになってから、ずっと風邪をひかれていないのですって」

「あら、ベアトリスのおじさまは、しょっちゅうお風邪を召されて、ベアトリスもお見舞いに行ってましたよね」

「そうなの、ヴィオラ。おかげでお見舞いに行かなくてよくなったら、その分観劇に連れて行ってくださるのよ」


「まっさかー」

と笑って信じないルビーに、友人たちは、

「本当ですのよ」

と声を揃えて主張した。



 * * * 



 国境で紛争が起こったと、王都で噂が流れた。

 ルビーは、それが本当のことでブラッドも戦地に行かないかが心配だった。

 騎士団に入ったとは言え、見習いでしかも学生なのできっと行かないと、ルビーは不安を押し込めた。




 十八歳の誕生日、ルビーはブラッドに、刺繍をしたハンカチを贈った。そこには、野の花と紅鳥を刺した。


 たとえつまらない鳥だろうと、わたしを思い出して欲しい。

 怪我をせず、元気にまた会いにきて欲しい。


 時間をかけて刺した一針一針に、ルビーのそんな願いが込められていた。



 ルビーの十八歳の誕生日には、ブラッドから指輪が送られてきた。幅広い金の指輪には、ファイアーオパールが一つ埋め込まれている。


『左手の小指にはめてください。

 僕が作りました。

 しばらく連絡ができなくなりそうですが、心配しないで。

 ルビーが元気でいてくれるのを、願っています』


 ブラッドからのカードには、そう書かれていた。

 指示通りに左手の小指にはめた指輪は、ルビーの指にぴったりと合った。



 それを最後に、ブラッドからルビーへの連絡は途絶えた。


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