第4話 魔法学校と女学校
ブラッドが魔法学校に入学した頃、ルビーも女学校に入った。
成人する前に同年代との一緒に学ぶことで、これから王国を支えていく貴族の絆を培っていくのだ。
女学校は王都の中にあるので、ルビーはアーヴィング家の邸から通った。
お茶会などで築いてきた友人関係が、女学校でさらに親しくなり、また広がっていく。ルビーは、新しい生活が楽しかった。
それでも、ブラッドがいないのは寂しい。
ときどき届くブラッドからの手紙が、ルビーの生活を彩っていた。
『元気ですか』
で始まる手紙は、学業のことに触れ、最後は
『ルビーに会いたい。会える日が待ち遠しい』
でいつも締め括られていた。
ブラッドは最初、長期休みは毎回、その間に数回、プラムローズ邸に帰ってきた。
帰ってくると必ず、ルビーとの時間をとった。
「それでね、ランチから教室に移っても、みんなわたしの顔を見てにやにやするだけで、何も言わないの。『何か変?』って聞いても何も言わないし。
ランチで一緒にいなかった人たちも、わたしの顔を見てちょっと笑って、そのあとわたしから目を逸らすのよ。
授業をしに教室に入ってきた先生は、わたしの顔を見て、目を見開いたの。それから口を開いたんだけれど、結局何も言わないのよ」
はぁとため息をついたルビーを、ブラッドが「それで?」と促した。
「授業の終わりに、先生が言ったの。
『ルビースターさま、鏡を見た方がよろしいですよ』って。
それで慌てて手鏡を出して眺めたら……
鼻の頭に、トマトソースがべったり。
友人たちしか見ていないからって、ホットドッグを口にいっぱい頬張ったのがいけなかったのかしら」
ブラッドは堪えきれずに吹き出してから、笑い声を上げた。
「笑わないで。
ランチを一緒に食べた友人たちが、おもしろいからってそのままにしておこうと、わたしに何か言いそうな人に向かって『シーー』ってやっていたんですって。
それに付き合うみんなもみんなよね。先生まで」
笑いを堪えながら言ったブラッドの感想は、
「ルビーの友人は、みんな楽しいね」
だった。
そんな話を、ブラッドはうんうんと聞いてくれた。
ブラッドもルビーに魔法学校の話をした。
「いろんな書物を読んで半分独学で学んできたけれども、一人の先生から習うと系統だてて教えてもらえるから早く理解できるね。家庭教師も悪いわけではないけれども、学校の先生はさすが国でも有名な先生方だから」
「魔法陣も、その人の個性がでるんだよ。僕も理想の魔法陣を描く先生に巡り合ったら、その先生の真似をして、いつか僕らしいものを描くんだ」
「魔法はいろんなことができるんだよ。こんなことをしたいと考えたら、それに向かってどう魔法を働かせればいいかを考えるんだ」
ルビーが瞳を輝かせて聞いているので、ブラッドも嬉しそうに話をしてくれた。
どちらかの邸にいるときは、習った魔法を披露したりもした。学校に入る前から魔法は使っていたが、学校で習い始めて魔法が洗練された。
ブラッドは、アーヴィング邸に手ぶらで訪れるようになった。
挨拶をし、それからおもむろにルビーに手を向けると、その手の中に、花束が出現する。
「たまには白一色なんて、どう?」
ブラッドの手には、鈴蘭がいっぱい握られていた。
「かわいい」
嬉しそうに受け取るルビーに、ブラッドはどうだと誇らしげな顔をした。その表情を見て、ルビーは大きな笑顔を浮かべた。
王都の中心街に従者や侍女をつれて訪れるのも続いていた。ルビーやブラッドが友人から紹介された店を、二人はあちこち行った。
ケーキを一口ずつのお裾分けは、頬を染めながらも相変わらず続いていた。そのあとのゆったりと流れる時間も学校に行く前と同じだ。
恥ずかしそうに手をつないで歩く二人を、従者と侍女が微笑ましく見守っていた。
王都のカフェでデートしていたある日、ブラッドに声をかけてきた少女がいた。
「ブラッドさま、お会いできて嬉しいですわ」
彼の名前を呼んだ少女を、ルビーは見上げた。長いツヤツヤと輝く黒髪をハーフアップにし、華やかな化粧を施された顔は美しかった。その横に、友人らしき少女が立っている。
ブラッドはいつものように、返事をせずそちらを向くこともしない。
「ブラッドさま、こちらはどなたですの?」
それでも返事をしないブラッドを気にせずに、少女は今度はルビーに顔を向けた。
「はじめまして。わたくし、キャロル・ヒーリーと申します。ブラッドさまの魔法学校の同級生ですのよ。
ブラッドさまは魔法学校でも優秀で、わたくしも手取り足取り魔法を教えていただいておりますの。
あなたはもしかして、魔法が使えないというブラッドさまの婚約者かしら」
キャロルと名乗った少女の口元は弧を描いていたが、ルビーを見る目は笑っていなかった。
「邪魔だ。失せろ」
ブラッドは小さいが鋭い声でキャロルに言った。
「ブラッドさま、たまたま会ったご縁ですもの。ご一緒させてくださいな。
それにキャロルと呼んでください。何回もお願いしましたでしょう」
キャロルの声は甘える猫のように媚を含み、その手はブラッドの肩に触ろうとしていた。
ブラッドは、無から怒りを堪える表情へと変化していた。それはルビーだからこそわかるものではあったが。
こんなに冷たい圧が出ているのに、それでもブラッドに声をかけるなんて、この人、怖いもの知らず。
ルビーは自分に関係のないことのように、ブラッドとキャロルの様子を眺めていた。
周りのテーブルにいた人たちは、何が起きているのか息を潜めて見守っていた。
肩にかかったキャロルの手を、ブラッドは跳ね除けて、立ち上がった。
「ヒーリー嬢、僕に構わないでください。
僕はあなたの相手はしないと、何回言ったらわかるのですか。
それに、僕を名前で呼ばないように何回も言ったはずです。そう、何回も」
その声は冷たく、瞳は凍えそうな光で輝き、見つめた相手を氷の矢で貫くようだった。
キャロルはあとずさり、「ひぇ」っと叫んだ彼女の友人はキャロルの腕をつかんで、彼女を引きずるようにしながら逃げ出した。彼女たちはカフェから出て行った。
ブラッドは席につき、周りのテーブルからは、詰めていた息を吐き出した音が聞こえた。
「ルビー、ごめんね。僕のせいで変な女に絡まれて。
あいつとは、なんの関係もないからね。
気持ちを切り替えて、もう一つケーキ食べる? なんなら僕と半分こする?」
恋人に甘くささやきくブラッドの、先ほどとのギャップに、周りのテーブルでは人々が目を丸くしていた。
離れている時間が長い分、ルビーもブラッドも二人で過ごす時間を大切にしていた。
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