第3話 冷たいタカと優しいタカと約束

 二人のデートは、続けられた。

 街の散策のついでに小間物屋で普段使いのアクセサリーを買ったり、リボンをお土産にしたりと、ブラッドはルビーに細かな気遣いをした。




 その小間物店に入ってから、ブラッドは二つの髪留めをルビーの髪に当て、ずっと悩んでいる。

 一つは紫の台に黄色いガラスが並んでいるもの。もう一つは薄黄色の台に赤いガラスが散りばめてあるもの。

「ルビー、君はどっちが好き?」

「どちらも素敵で選べません」

 ルビーは、片方はルビーとブラッドの目の色、もう片方は二人の髪の色だとわかっていた。デザインもどちらもかわいらしい。


 ちらちらと二人を見ていた少女が、しびれを切らしたのか声をかけてきた。

「そちらを選び終わったら、わたしのペンダントも選んでいただけないかしら」

 明らかにブラッドに向かって言っているのに、彼は少女を見向きもしない。


 ああ、また始まった。何度目かしら。

 ブラッドは整っていて目立ちすぎるわ。あれだけ、近寄って欲しくないと体全体で表現しているのに、気がつかない人が多いこと。


 ルビーは小さなため息を漏らした。


 ため息が聞こえたのだろう。ブラッドが少女の方を見た。とても少年が出せるとは信じられないほど冷たい視線が、少女を貫いた。

 少女は一瞬固まった。止めていた息を吐き出して、慌てて店を出て行った。



 なんで、他の少女と話をしている少年が、見知らぬ自分も相手にしてくれると考えるのか、ルビーにはわからなかった。


 ブラッドは、声をかけて万が一話ができたら最高だと、断られるのを覚悟で声をかけたくなるほどの美少年だった。

 無表情でいて、側にいる少女にだけは甘い笑みを浮かべている。話しかければきっと自分にもその笑みを浮かべてくれるのだろうと、淡い期待を持つのは仕方のないことかもしれない。

 結局、どの少女も、女性も、ブラッドに声をかけても無視され、しつこくすると氷の視線で射抜かれて撃退されるのだった。



「もう、決められない。両方買おう」

 ブラッドは二つとも持って店主に渡した。


 そんなブラッドを眺めながらルビーは、わずかであれ色々な表情を見せてくれる自分はブラッドにとって特別なのだと考え、嬉しくなった。


 ブラッドは紫色の髪留めを取り出し、ルビーの髪につけてくれた。

「うん、よく似合う」

「ありがとう」

 満面の笑みのルビーに、ブラッドはほんの少し口角を上げた。




 公園を散策していると、紅鳥がいることがある。紅色はよく目立つ。

 それを見るたびにルビーの顔が曇ることに、ブラッドは気づいた。


 何回か、紅鳥だと気を引こうとしたブラッドだったが、紅鳥をみかけても話題にのせなくなり、やがてブラッドは紅鳥という言葉さえ口にするのをやめた。




 二人が仲良くなっていくのを、ルビーの両親も、ブラッドの両親も、微笑ましく見守っていた。


 ブラッドは、ルビーの両親のアーヴィング夫妻に笑顔こそ見せなかったが、表情は徐々に柔らかくなっていった。

 ブラッドのルビーを大切にする誠実な行動に、アーヴィング夫妻はこの婚約を喜んでいた。


 ブラッドの両親のプラムローズ夫妻は、邸を訪問するルビーを我が娘のように歓迎した。ルビーは、プラムローズ侯爵の無表情に隠された親愛の情を感じとり、プラムローズ夫人のいつも温かく微笑んでいる様子を手本にした。



 * * *



 十三歳の誕生日に、ルビーはブラッドに刺繍をしたハンカチを渡した。プラムローズ家にちなんで、プラムの花と野の薔薇の花の意匠にした。

 ブラッドはそのハンカチをそっと抱きしめて、ルビーに礼を伝えた。



 そのあとに来たルビーの十三歳の誕生日には、ルビーはブラッドから両手で抱えられるクマのぬいぐるみをもらった。薄い茶色の毛並みで、首には金茶のリボンが巻いてある。


「子どもっぽいと言われるか心配したけれども、でも、これを見たときに君に贈りたいと思ったんだ」

「かわいい。抱いて眠るわ」

 それを聞いたブラッドは、ほんのりと顔を赤くした。





 少しずつ、ブラッドがルビーをエスコートすることが増えた。

 一緒に歩いているちょっとしたときにブラッドが手をだし、ルビーはそれにつかまる。混んでいる道路を歩いているときは、ブラッドはルビーの腰に手を回して離れないようにした。

 そんなときは、ルビーの頬がほんのりと赤く染まるのだった。




 カフェでケーキを分け合うのは相変わらずだった。ルビーが食べたいものを二種類頼んで、それぞれが食べる。

 いつのまにか、ブラッドが自分の前にあるものを一口すくってルビーの口に入れるのが、お決まりになっていた。ルビーの顔が蕩ける様子を見るブラッドの顔は緩んでいた。

 お返しにルビーがくれる一口をほおばるブラッドは、まだ嬉しそうなままだった。


 カフェでも特に会話が弾むわけではない。お互いに無理せずのんびりと話をする、そんな時間が流れていた。





 十四歳の誕生日に、ルビーはブラッドにアメジストのタイピンを贈った。濃い紫色のそれは、ルビーの瞳の色だった。


 そしてルビーは、ブラッドからトパーズのペンダントを贈られた。あまり大きくなく、普段使いにできるものだ。それもまた、ブラッドの金茶の瞳の色だった。




 * * * 



 十四歳の春、ブラッドは魔法学校に入ることになった。


 学校では家で学んできたものより、もっと高度な魔法や、他の魔法使いと連帯して魔法を使うことを習う。

 魔術師でもあり魔法騎士でもあるプラムローズ侯爵と同じ道を歩もうと考えたら、ブラッドは魔法学校に行く必要があった。


 魔法学校は、王都から少し離れた場所にある。馬車を使うと半日ほどかかる。騎士学校も近くにあり、相互授業としてそれぞれの在校生がお互いの授業に参加することもできるらしい。

 ブラッドは寮に入ることになった。十八歳の卒業まで、そこから学校に通うことになる。





「ときどき戻ってくるよ。ルビーに会いに」

 ブラッドはルビーの手をとって言った。


 二人の目の前には、草原が広がっている。

 王都の外れ。王都民がピクニックに訪れる場所より、もう少し遠いところだ。

 今はルビーとブラッドと、離れたところにいる二人の従者侍女の他には、誰もいない。


 草原には、白や黄色、桃色、赤、青など、色とりどりの花が咲き乱れていた。並んで立っている二人の足元で、さわさわと揺れている。



「ブラッドが帰ってくるのを、楽しみにしているわ。

 魔法の勉強、がんばってね」

ルビーはそう言って、草原に目を向けた。


「ねぇ、魔法が上手になったら、この草原の上を飛ぶことができるかしら。

 上から見たら、とても綺麗でしょうね」


 ブラッドは目を見開いた。それから首を傾けて視線を上に向けた。考えるときの彼の仕草だ。

「わからないけれど、できるようにがんばるよ。

 綺麗な花畑を、君に見せよう」


 君のために、あの草原を二人で飛べるまで、魔法を極めよう。ルビーの願いを叶えよう。


 ブラッドは心の中でつぶやいた。そして、拳を握りしめた。




 その翌日、ブラッドは魔法学校に向けて出発した。


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