シワだらけの愛

逆霧@ファンタジア文庫よりデビュー

シワだらけの愛。

 嫁が認知症と言う診断を受けてからもう10年になる。


 妻は、長生きした母の介護を買って出てくれて20年近くの長い期間介護をしてくれた。

 母の最期を看取ったのも妻だった。

 苦労かけたねと、言うと嫁は、ちっとも苦労じゃなかったわよ、自慢の義母を最期までしっかり看れた事は私の自慢なの。と笑って答えた。そんな妻が自分には自慢だった。

 95で亡くなった母を見送ると、私達は既に70歳を迎えていた。

 老老介護ねと笑った妻だったが、張り詰めていたものが切れたのだろうか。日に日に機嫌が悪い日が多くなり、顔から表情が消えていく。


 それから程なくして認知症という診断を受けた。


 これからは自分たちの時間を楽しもうと話していた矢先だっただけに私はショックでたまらなかった。

 退職後、シルバー人材センターなどで仕事は続けていたがすべてやめて、妻と一緒にいようと思った。私は仕事人間で家のことは何もしてこなかった古いタイプの男だった。今の若い人たちに聞かれたら怒られるかもしれないが、私が若い頃はそれが普通だと思っていた。実際周りの同僚たちもそんな感じだったんだ。

 今の私は、少しずつ料理も覚え妻と一緒に台所に立つようにしている。これがなかなかに楽しいんだ。


 今の薬は大分良くなっているようで、病気の進行は止まったように思う、しかし元々おしゃべりだった妻は寡黙な女性へと変化していた。

 1日に数度見せてくれる笑顔に私は幸せを見つけ。妻がどうしたら笑ってくれるのだろうかと試行錯誤する毎日だった。


 結婚記念日の日、お見合いで結婚した私達が初めて外食をした老舗のお蕎麦屋に行った。

 何を食べようかと聞くと、たぬきそばが食べたいという。始めて訪れた時も妻は同じものを頼んだなあと思い出す。美味しい?と聞くと、美味しいと笑う。今日は最高の結婚記念日だ。


 東京にいる長男が、もうじき定年だから実家に帰るよと言うようになった。

 妻の事を心配し仕事を辞めてこっちに戻ろうと言われたこともあったが、70代の頃はまだまだ元気なつもりでそっちはそっちの生活が有るだろう、こっちの事は気にするなと断っていた。そろそろ強がる年齢じゃないのかなと思う。最近は週末にやってくる息子と家のリフォームの話もするようになった。


 今度、勤が一緒に暮らそうって言っていたぞ。またこの家もにぎやかになるな。そう言うと妻は笑ってそれじゃあ家の掃除をしないとね、と答えた。今日は調子が良いみたいだ。いつもより笑顔が多いな。

 どっちが先に逝くことになるか解らないが。自慢の嫁と最期まで一緒にいるのをあの世での自慢話にしたいなと思っている。

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