“数式を使ってある男の恋模様の心境を解答せよ”
みずまち
“数式を使ってある男の恋模様の心境を解答せよ”
夢を見た。よりにもよって学生時代に私が一番苦手だった数学のテストを受ける夢だ。
“数式を使ってある男の恋模様の心境を解答せよ”
そんな哲学かつ理不尽な問題を目の前に私はただ、真っ白なテスト用紙と睨めっこしていた。
“男は(A)の道を行けばこのまま確実に女に逢え、プロポーズをする事が出来る。しかしこのまま(A)のような真っ直ぐな道を選択して良いものだろうか。早急過ぎやしないだろうか。ここは敢えて他の道を選び困難を経験してからしっかりと女の気持ちを見極めて行くべきではないだろうか。男はどうするべきか、x,y,zを使い男の心理分析を計算し述べよ”
問題の下には男らしき棒人形と、その男がこれから歩むべき幾つかの線(みち)。そんな図が印刷されている。
そこには様々な形の線が引かれており、(A)と証明されている線は実にありきたりな真っ直ぐ横に引かれた直線。問題で問われている通り、女へ迷わずストレートにプロポーズをしに行くルートだ。しかしその下には“女の気持ちを見極めて行くべきである”と主張する、(B)、(C)、(D)、(E)の線も選択肢として引かれている。
(B)の線は途中までは直線なのだが丁度中心へきた時に凹んでしまい、まるで落とし穴のような窪みがぽっかりと掘られている。しかしその窪みを這い上がれば行く先は女の元へと直線が再び繋がっている。(C)は直線とは言い難いギザギザになった山の沢山あるルート。まるで男の心拍計を表しているようだ。だが、びりびりになったその線はちゃんと女の元へと繋がっている。
(D)は線が時々切れている。線と線が切れたその間の空白をどうやって乗り越えていくのか挑戦してみろ、と男に試練を与えているようだ。だがその線も女の元へとちゃんと繋がっている。(E)は無。そのまま。最早線も何も無く真っ白な空白が、回答者に『どうぞあなたのお好きな線を引いて下さいまし』と挑発しているかのようにどーんとあるだけ。
さてはて、どうしたものか。
私は鉛筆を握りしめたままじっとしていた。男の気持ちなんて所詮まだこんな子供の私になんて分かるはずがない。しかも人生を左右する時に、こんな状況でこんな子供達にしか答えを求める事が出来なかったこの男に同情する。
子供になってテストを受けていたはずの夢の中の私は、頭の中ではずっと男の同情しか考えられなかった。それなのに周りのクラスメイト達は鉛筆で真っ白いテスト用紙を叩くように書き殴っている。いくら授業通りの数式をこの男の人生に当て嵌めたってこの男の人生がそれで幸せになるはずがないだろう。このガキ共は何て無責任なんだ。自分の価値観を数式で表して他人に押し付けるなどおこがましい。
何時まで経っても解答出来ないでいる私は、そんな理論的な言い訳を頭の中で議論しながら両腕を組んだ。
ああ、鉛筆の芯が用紙にぶつかる音が煩わしい。
よりプレッシャーに迫られた私は用紙に印刷されているxyzの記号を睨んだ。こいつさえなければ。
計算皆無な私がよりにもよってxyzなんて使えきれるわけがないだろう。xyzがないと男の人生は決められないのか? 数学は成り立たないのか? 違うだろう。
深く溜息を吐き灰色の高い天井を見上げて私はお得意の妄想を膨らませた。文系の私は何時も決まってこうだった。
どんな科目のテストの時にだってお得意の妄想を膨らませて、それを文字にして書いていかにも『解答により近い解答らしい非公式の答え』を書く。問題内容から逸れた解答を書かなければ良いのだ。
とりあえず私はまず、プロポーズをされるかもしれない女の方の心情を考えた。男がプロポーズを考えている時には大体、女はもう男よりも先に解答が出ているケースが多い。きっと女は何時まで経ってもプロポーズをしない男に終わりを見て、次の自分の人生計画をちゃっかりスタートさせているか、別にそんな気はなかったのにプロポーズ何て、と軽くあしらうかの二パターンに分かれる。だが問題はこの男と女の恋愛の過程が書かれていない事だ。この問題に書かれていない過程は女にとって一番重要だ。だがこんな子供に自分の人生の分かれ道を問いかけるような男、普通女ならとっくに見切りをつけているのではないだろうか。
いや待て。そんな優柔不断な小心男にだからこそ、純粋な子供の考えでチャンスを与えてやれという我々に下した問題ではないのだろうか?
用紙に印刷された棒人形の男が嬉しそうにうねった気がした。ふっ、と見上げていた天井が辺り一面何とも言えないロマンティックな星空に変わった。
無数の星の中、点滅するようにきらきら光る星もいればじっとこっちを見つめる星もいる。流れる星もいればくるくる回る星もいる。
そういえば人はこうして何かを見上げながら呼吸をしている時には一番本音が出やすいと聞いた事がある。こうして男も女を星空に誘い、二人で本音を語り合ってみてはどうだろうか。答えは星が教えてくれるんじゃないか。
“天体観測”
実に問題とはかけ離れた解答をぱっと脳内に落とした私は現実に戻り、真っ白なテスト用紙に向かった。
息を荒くしながら意気揚々と天体観測、と書きかけたその時、横から視線を感じた。
横に、隣の席に座っていたのはクラスで一番頭の良い男の子だった。その子は私の四文字の解答を見るなりテスト用紙に鉛筆を攻撃し始めた。そして、私には全く理解出来ない数式の上に図を書き表して解答を完成させた。
天体観測、と。
私は目を疑った。しかしそこにはあの忘れ去られていたxyzをも上手く使いこなした上での解答だった。
カンニングだ。間違いなくカンニングだ。だが、奴は私よりも遥か上の真っ当なやり方(公式)で解いたのだ。ただただ唖然として奴の書いた図や数式を眺めている私に、テスト終了のチャイムが鳴った。
了
“数式を使ってある男の恋模様の心境を解答せよ” みずまち @mizumachi
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