黒人コンプレックス
高黄森哉
黄色人種の憂鬱
その学者が話しているのはある男だった。その男は強烈な白人コンプレックスを抱えていた。始めは精神科に通っていたのだが、一向に症状が良くならず、たらいまわしにされた挙句、紆余曲折あって人類の歴史に詳しい学者に行き当たった。
「なんて、イエローは醜悪なんだろう。低い鼻、黄色い肌、扁平な面、小さい眼、えらの張った頬、侏儒」
「それは、進化の結果だよ。絶対的な価値観ではない。落ち着き給え、有田君」
「先生は、人類を研究されているのですよね。ならば、黄色人種の欠陥に気づいてるはずだ」
「いいや。そもそも人間に欠陥なんてない。あったとしても個人の問題だ、人種を巻き込むべきではない」
「嘘だ。誰がどう見ても白人が最高峰なんだ」
「それは作られた価値観に過ぎない」
「いいや、違う。俺は必ず白人と結婚する。忌まわしい黄色の血を薄めて、子孫を幸せにしてやるんだ」
学者は、男のことを少し理解できた。そもそも何故、強烈に白人のことをうらやむのかは答えが出ている。それは氷河期時代のせいだ、生物の氷河期時代のトラウマがそうさせてるのだ。白い肌は雪と同化して捕食者の眼を欺いた、高い鼻は空気が通るとき十分にそれを加熱できた、青い眼は夜中でも良く見えた。
「しかし、白人にだって欠陥はあるぞ。メラニンが少ないから皮膚がんになりやすいし、眼が青いと日光にさらされた時、眩しい。白人コンプレックスなんてのは氷河期時代の名残だ。人類は自然を克服しつつあるし、次回は氷河期に淘汰圧はかからないだろう。退化していく旧世代の価値観だ」
「いいや、そんなことはない。そんなことはないんだ」
「君自身はなれないだろうが。でもまあ、そんなに好きなら、白人と結婚すればいいじゃないか」
「俺は必ず、俺の子供を幸せにしてやる」
—————— それから、二億年が経った。
人類の文明の発達により、温暖化が過剰に進行していた。地上は北半球でも最大で五十度を記録し、赤道付近では人が住めない地域も出てきた。日本で五十五度の大台を観測したその日、ある男が学者を尋ねてきた。
「なんてイエローは醜悪なんだろう。俺は黒人に生まれてきたかった。色黒の奴が羨ましい。俺の先祖は選民思想をもって、肌が白くなるよう結婚相手を選び続けてきたという。なんで、そんなことをしたんだ。いますぐに自殺したい」
自殺したいと思うのも無理はない。この時代の白人は北半球の端っこに移住して細々と暮らしてるだけの人種に成り下がっていた。オゾン層がボロボロになって、その結果、降り注いだ余りの紫外線に耐えられないのだ。あまりにも深刻なため、WHOは白人であることを障碍に指定したほどだった(因みにその運動を推し進めたのも白人である。障害を口実に医療費を控除させるたくらみであった。多くの国でその優遇に対する批判を生んだが)。
「まあまあ、そう言わなさんな。黒人が美しく見えるのは暑さに適応してるからだからだからな。黒い肌は紫外線を吸収できるし、低い鼻は必要以上に空気を過熱させない。つまりうらやむのは進化の結果だよ。形而下的な美ではない」
「いいや、これは形而下的な美なんだ」
「じゃあ黒人と結婚して、子孫を幸せにするがいい」
「そうか! その手があったか!」
「好きにしたまえ。目標が出来るのは良いことだ。君を自殺から救えたら私はそれで十分だよ」
しかし、黒人が今の環境に適しているか。黄色人種には干ばつにも、さらには氷河期にも適度に、耐性があるのだがなぁ。日焼けといって、メラニンを増やすことが出来るし、それに雪でもそんなに目立たない。イヌイットやアイヌの例を考えると、むしろ適性があるのではとさえ思える。
それに学者は、自分の先祖が似たような患者を担当した逸話を思い出していた。まったく、いつの時代も我々だけは、変わらないらしい。そうも思った。
黒人コンプレックス 高黄森哉 @kamikawa2001
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