砂漠渡りと長月

卯月

変身、キャットフォーム!

 気持ち良く眠っていたのに、何かが強烈にピカッ!! と光って、あまりの眩しさに目が覚めた。

「なによ、いったい……」

 ムニャムニャ言いながら目を開けると、真っ暗な部屋の中、枕元で、指輪がうっすら紫に光っている。

(……コイツ、さっきここで発光したな!?)

 壁掛け時計(夜光塗料付き)を見ると、午前1時過ぎ。何でこんな時間に起こされなきゃいけないのよ……まだ夏休みで、明日学校なくて良かった。いや、もう今日か。

 と思いつつ、視界の端で、何かがヒラヒラしていることに気がついた。寝る前にきちんと締めたはずの窓とカーテンが、中途半端に開いている。

「あーあー、またあんた、勝手に開けたね……」

 ママが魔法界から持ってきた、ピンク、青、黄、緑、紫の石が花の形に並んだ指輪。窓を開ける能力があるなら閉めることもできそうなのに、過去の経験上、閉めてくれたことは一度もない。仕方がないので、ベッドから降りて窓に歩み寄り、

「……え?」


 月が、変だった。

 今夜は満月のはずなんだけど、長い? 縦横がおかしい? 上下にびよーんと引き延ばしたみたいになってる。楕円っていうんだっけ。

 思わず、振り向いて指輪に話しかけた。

「……まさか、解決しろ、って言うの?」

 起こされたってことは、そういう意味だろうけど、

「いやいやいや、無理でしょアレは」

 猫を助けたとか、落とし物を拾ったとかいうのとは、レベルが違う。しかし、指輪が強烈な紫の光を放った。


(ちょっとー、またこのパターン!!)


 また指輪が勝手に、右手の人差し指にはまってる!

 着替えてもいないのに、頭に何かのってる感触がある!

 真夜中なので叫ぶのはガマンして、急いで鏡を見ると、頭に猫耳がついている。しっぽもあるけど、猫そのものというより、全身パープル系のけもフレ? ていうか、電気けてないのにここまで見えるの、変身凄い。

 指輪が一応、近所を起こさないよう気遣いしているみたいなので(あたしは容赦なく起こすくせに……)、窓からこっそり外へ出る。指輪が引っ張る方へ、音もなく屋根から屋根、街路樹へとジャンプして移動。月はどんどん変になって、びよよよーんと夜空に指でいたずら描きしたみたい。

 公園外周の木にさしかかったとき、


「ひゃっ!?」


 何か光るものが飛んできて、慌ててかわして着地。見ると、公園の砂場の前に、実写版ジャスミン姫みたいな赤い服の女の子が立っている。

「射線に入らないで!」

 怒られた。

「ごめん……」

「今度こそ!」

 女の子が両手で何かを構えると、赤い光球が発射されて夜空へと一直線。さっき飛んできたのはアレか。光球は、びよーんと長い月に当たって、

「え?」

 シールみたいに、夜空から長い月がはがれると、地面に落ちてくる。女の子が捕まえようとしたけど、そいつは空中で急に方向転換して逃げて、

ったぁ!!」

 つい身体が反応してジャンプ、両手で確保した。

 ……翼が生えた、小型犬サイズのドラゴンみたいな生き物だけど、コレ何だ。

「そのまま!」

 女の子が駆け寄ると、手に持ったコンパクトをドラゴンの前にかざす。真ん中の赤い宝石がピカッと光り、ドラゴンがみるみる縮んで吸い込まれた。

「……今の、何?」

「〈砂漠渡り〉。幻で、砂漠を旅する人を惑わす生き物」

 コンパクトを閉じながら、女の子が答えた。夜空の月はもう、普通の満月に戻っている。

「私たちの世界とこの世界の間に穴が開いて、生き物が何匹か、こちらに落ちてしまったの。人を襲う生き物ではなかったのが、不幸中の幸いね。

 誰にも見つからないうちに捕まえるつもりだったのだけれど、この世界に、〈指輪世界〉からも魔法使いが来ているとは思わなかったわ」

 ――あたしはそんなところから来た覚えはないけど、多分、ママの出身地だな。

 あたしと同い年くらいのその子は、お嬢様みたいに上品に、頭を下げた。

「今回は、協力してくれて有難う。でも、これは私一人の仕事だから」

「……何匹か、ってことは、他にもいる?」

「ええ」

「一人で大丈夫?」

「大丈夫。そのために、この世界に来たのだもの」

「……こないだ、そのコンパクト、川に落としたよね?」

「どうしてそれを!?」

 女の子がめちゃくちゃ動揺した。

「この世界に来るなり、落としてしまって! 現在位置はわかるから、川の中なのは知っていたけれど、水に入れなくてどうしよう、どうしようって困っていたら、位置が川から移動して! 行ってみたらコウバンってところで!」

「うん、拾ったの、あたしだから」

「そうなの!?」

 女の子が、あたしの両手を握る。

「有難う! あのまま川の中だったら、私、変身することも役目を果たすこともできなくて、ずっとこのままだったらどうしようって……」

 女の子の目にみるみる涙があふれ、うわーんと泣き出した。

「あたし、笑香えみか。……手伝おうか?」



 九月一日、新学期。

 小学校のウチのクラスに、外国から転校生がきた。名前はカレン。

 一見しっかりしてそうだけど、ちょっと抜けてる。



〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂漠渡りと長月 卯月 @auduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ