最終夜
「昔々、或るところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある日、おじいさんは裏庭にトマトとキュウリを採りに、おばあさんはスーパーマーケットにお買い物に行きました」
「それ、昨日のじぃじとばぁばじゃん」
息子が嬉しそうに突っ込みを入れる。
「そっか、昔じゃなくて昨日だね。
じゃ、昨日、
おばあさんがスーパーマーケットでお買い物をしていると、果物売り場に、何やら大きくもない、かといって小さい訳でもない、中くらいの桃が『2個 1280円』と書いて並んでいました」
息子は笑いを堪えて聞いている。
「おばあさんは『ちょっとお高いわね』と思いましたが、『でもマサキちゃんが来てるから、買って帰りましょう』と言って、その桃を買って帰りました。
おばあさんは桃を冷蔵庫にしまって、おかあさんと一緒にお料理をしながら、おじいさんの帰りを待ちました。
おばあさんとおかあさんがお料理をしている間、おじいさんはいつの間にか帰って来ていて、お風呂に入って、その後、マサキもおとうさんと一緒にお風呂に入りました。
お風呂で、おとうさんがマサキに言いました。
『今日、金太郎はお酒を注ぐ係だよ。おとうさんに1杯注いだら、じぃじに2杯注ぐんだよ』
金太郎は、あ、間違った。マサキは『分かった』と頷いたあと、訊きました。
『あれ?僕は金太郎なの?』
おとうさんも訳が分からなくなっていて、マサキが金太郎なのか、桃太郎なのか、はたまたゆで太郎なのか、困っていました。
するとおかあさんが言いました。
『そこは、ゆで太郎でしょ!』
おかあさんの魔法で、マサキはゆで太郎にされてしまいました」
息子はゲラゲラ笑っている。
話としては、別に面白くも何ともないのだが、子どもにとってはツボがあるのかもしれない。続きを話すことにする。
「ゆで太郎になってしまった桃太郎で金太郎のマサキは、お風呂から上がると、おとうさんに言われた通り、おじいさんに2杯注いだらおとうさんに1杯だけ、おとうさんに1杯注ぐとおじいさんには2杯、お酒を注ぎました。
ゆで太郎がお酒を注いでいると、おじいさんはみるみるうちに酔っぱらい、何だか随分楽しそうになっちゃいました」
息子が笑い過ぎて苦しそうにしているところに妻もやって来た。
「今日も『新しい昔話』の続き?」
息子が頭を振って「ちがうちがう」と否定する。
「今日は『昨日』のむかしばなし、だよ」
「???なに、それ?」
私は「良いから良いから」と言って、妻にも息子の傍らに横になるように促した。
「随分楽しくなっちゃったおじいさんは、おとうさんにもお酒をどんどん勧めますが、ウコンの力を飲んでいるおとうさんは全く、ちっとも、これっぽっちも酔っぱらいません。
おとうさんは思いました。『今日こそ勝てる!』『もう少し頼むぞ、ゆで太郎!』
ところがゆで太郎はお腹いっぱいで、もう無理でした。
それを見ていたおばあさんが、ゆで太郎に言いました。
『マサキちゃん、桃が冷蔵庫にあるから取りに行きましょう』
?
あれれ?おとうさん、また間違ったかな?
ゆで太郎に『マサキちゃん』っておかしいなぁ。
マサキは、ゆで太郎?金太郎?桃太郎?
まぁ兎に角、おかあさんからゆで太郎にされてしまった金太郎で桃太郎なマサキは、喜び勇んで台所に向かいました」
妻も最初から聞いていた訳ではないのに、息子につられて笑い転げている。
「台所から桃を持って戻ったゆで太郎は言いました。
『おとうさん、ももは大きかったけど、ちょっと小っちゃかったよ』
おとうさんは笑いを堪えて言いました。
『それは、中くらいって言うんだよ』
ゆで太郎は『中くらい』を覚えた。レベルが1上がった。タラララッタタ―♪
おばあさんも台所から戻ってきましたが、その手には大きな包丁が握られていました。
包丁の刃が、キラリンッと光りました。
それを見たおかあさんが叫びます。
『やめてぇ!』
おばあさんはニヤっと笑うと、その大きな包丁で・・・桃を・・・丁寧に剥き始めました。
綺麗に桃の皮をむき終わったおばあさんは、桃を切り分けて言いました。
『まだ種だったねぇ。もう少し待ったら、桃太郎になったかもしれないのにねぇ・・・知らんけど』
ゆで太郎はちょっぴりがっかりしましたが、桃を美味しく頂いて、お腹いっぱいになって、離でぐっすり眠りました。
じぃじも酔っぱらって、ぐっすり寝ました。
ばぁばもお片付けをしてから、ぐっすり寝ました。
みんなお腹いっぱいで、楽しい気分でぐっすり寝ました。
そして次の日、ゆで太郎とお父さんとお母さんは、じぃじとばぁばから、裏庭で採れたキュウリとトマトとナスをお土産にどっさり貰って帰りましたとさ。
おしまい」
「さっき食べた!」
「そうだねぇ。お母さんの作ったナス味噌とカプレーゼ、美味しかったよねぇ」
「あら、ほんと?嬉しい。生のバジルが無かったから、キュウリで代用のイタリア国旗だったけどね」
「さ、明日から学校だ。おやすみなさい」
「はーい、おやすみなさーい」
妻と私は部屋の明かりを消して、もう一度息子に「おやすみ」と言ってから、部屋を後にした。
リビングキッチンに戻って妻が言う。
「でも、あれよね。鬼退治に行って、お土産、キュウリとトマトとナスって・・・」
「いやいや、それだけじゃないさ。俺は、もっともっと沢山貰ってきたよ・・・」
妻は私の言葉に少し考えてから、「そうよね」と笑った。
おしまい
新しい日本昔ばなし ninjin @airumika
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