アフターストーリー 暇を持て余した剣聖


 剣聖流は電光石火のごとき勢いで、流派を統一し、ソーディアランドを平定され、帝国領に組み込まれることとなった。

 ゲオニエス帝国はあらゆる争いを平定し、その結果として、多くの領土を手に入れた。

 伝説的な活躍をしたアガサ・アルヴェストンは36歳にで帝位を退き、座を弟子のひとり無想の剣聖オキナへと一時的に譲渡した。


 ────そして、3年後

 

 皇帝を引退し、はやくも3年が経つ。

 故郷の土地バリードに帰り、親父とお袋の面倒を見ながら、湖で釣りに熱中する日々だ。

 もちろん、身分など言えるわけもない。

 幸い、アガサという名前は特徴的だが、かつて呪われた土地と呼ばれた帝国領辺境では、珍しい名前ではない。

 

「日がな一日、釣りに明け暮れる。皇帝の余生にしてはいささか凡百にすぎないだろうか」

「あんたがどこの誰かは知らない。だが、あまり俺の身分をばらすようなことは口にしないで欲しいものだ」


 竿がぐいぐいっと引っ張られる。

 ひょいっと引き上げれば、体長4mの湖のぬしが釣れてしまった。

 

「ああ、こんなタイミングで釣れるなんて」


 ぬしを空中でシメる。

 息絶えたぬしは湖面に着水し、波で俺たちをびしょ濡れにした。


 ただ、俺には鎧圧があるので濡れることはない。

 濡れるのは肌から2mm外側の圧の層だ。


 それは、俺に話しかけてきていた隣人も同様だった。


「私のことを覚えているか、アガサ・アルヴェストン。昔、エールデンフォートの山で、今は君のせいで双子穴の山などと可哀想な名前をつけられている山で、空から降って来た君を見つけた」

「ラチェット・エフェクトだったか」

「そうだ。覚えていてくれて嬉しい」


 俺はぬしと岸辺にひっぱりあげ、新鮮な魚肉を包丁でさばく、

 ぐつぐつと煮える鍋に引き締まった身をいれていく。


「くせが少なく、あっさりしてる」

「いただこう」

「ラチェット」

「なんだ」

「あんた何歳だ」

「いきなり年齢を訊くのか

「前に会った時と変わってなさすぎやしないか」

「今年で39だ」

「俺と同じだ」

「熟達の剣気圧の使い手は皆、見た目が若い」

「ああ、だから、そういえば、あのじじもやたら元気だった」

「?」

「気にしないでくれ。こっちの話だ」

「そうか。もちろん、過信はできない。だいたいこれくらいをピークにあとは衰えていくと言われているからな。アンチエイジングは大切だ」

「覚えておこう」

「逆に訊きたい、アガサ」

「なんだ」

「年齢が同じなのに、君の方が若い気がする。というか、君はびっくりするほど以前と変わってない」

「俺が一番剣気圧が強い。単純明快な理論だ」

「ああ。そうだな。単純な理屈だ」


 俺とラチェットはよく味の染みた汁をすする。

 刺身も併せて食べる。美味だ。湖のぬしは一匹と言わず100匹くらい共存してほしいと切に願う。


「だから、その力は保存されるべきだ」


 ラチェットはそう再び話を切り出した。


「なにがいいたい」

「君の遺伝子がほしい」

「以前、狩人協会を名乗るエージェントに似たようなことを言われた。あんたも?」

「ああ。私も狩人だ」


 狩人協会。怪物を絶滅させることを目的とした正義の英雄集団。

 人間国を拠点に、人類生存領域にまぎれこんだ厄災どもを狩ってると聞く。

 いろいろと秘密があるらしい。たとえば、科学と魔術の研究が盛んだが、それを外にはもらさず、内部だけで独占してる……とか。詳しい事は知らないが。


「遺伝子学とかいう珍妙な魔術に使うのか」

「ああ。その遺伝子から君とそっくりな才能ある人間をつくりだせるかもしれない」

「そうか。夢のある話だ。だが、残念なことに、俺の遺伝子に価値はない」

「そうなのか?」

「ああ。そうなんだ」

「いや、納得できない」

「俺には40人の子供がいる。みんななぜか女の子だ」

「……。それはすごい」

「全員の名前を言える。誕生日も。好きな食べ物も、嫌いな食べ物も。みんな可愛いんだ。だが、それを面と向かって言うのは、気恥ずかしくてな」

「……。それで」

「剣で斬り結ぶことでしか話せないのが悔しい」

「……(どういう不器用さなんだ)」

「長女の話からしようか。彼女は最初の子供で、俺の嫁に似て、とても美人なんだ」

「待て、なにを普通にはじめようとしている」

「?」

「私はなにを聞かされようとしてるんだ。話がそれてるぞ、アガサ」

「ああ、そうだな、話がそれたな。何の話だった」

「あんたの遺伝子に価値がないという話だった」

「ああ、そうなんだよ、ラチェット、誰も剣の究極をわかってくれないんだ」


 俺が剣の究極に至ったのは、俺の才能や遺伝子が優れているとかいう話ゆえではない。

 俺は俺の秘密をラチェットに話した。


「俺の子供たちは本当に可愛い。美人しかいない気がする。そろそろボーイフレンドを連れて来る時期なんだが、会いたくなくてな。こんなさびれた田舎に立て籠ってるんだ。会わなければ、結婚はしないだろう? 名案だと思わないか」

「話がそれてるぞ、アガサ」

「ああ、しまった。ついな。娘たちのボーイフレンドは俺にとって火急の問題なんだ。そして、より火急の問題が、俺と戦って勝った男としか交際を認めないと娘たちに伝えたら、みんな俺に構ってくれなくなってな、話しかけても無視されたんだ……」

「アガサ……話が」

「わかってる。それてる」

「……」

「こほん……。どうしても優れた才能が欲しいなら、剣聖流の天才剣士たちをあたればいい。俺が彼らほどの年齢だったころは、力もないのに吠えていた負け犬だった。それに比べたら、彼らは当時の俺がどれだけ吠えようとも、決して届かない高みにすでに到達しているだろう」

「わかった。せっかく帝国まで来たんだ。あたってみよう」

「……」

「……。寂しげな顔をするのだな。以前会った時は、そうではなかったと思うが」

「寂しいわけじゃない。だが、人間という種にすこしの哀愁を感じる」

「アガサも人間では」

「いいや。もう違う」

「……」

「俺は悪魔だ。だから、もう皇帝を退いた。悪魔が統治者では臣民に示しがつかないからな」

「悪魔となると、困ったな。私は狩人だ。君を殺さなくてはいけなくなる」


 ラチェットの眼差しが鋭くなる。

 だが、すぐに覇気は消えた。


「どうして悪魔に。理由を訊いてもいいか」

「約束のため。友たちの信頼に応えるため」

「そうか」

「俺を狩らなくていいのか」

「やめておこう。ただの阿呆に見えるほど娘たちを愛している君を殺したくない。それに君はおそらく私より強い。率直に言って、みすみす死にたくはない」

「ありがとう。俺もいい人間を斬りたくない」

「そうだ。ひとつお願いをしていいかな」

「俺にできることなら。命惜しさに人間をやめた、さもしい悪魔を見逃してくれるお礼に」

「それもそうだが、19年前、双子穴の山に落ちた君に帰り道を教えた恩もあるだろう。あの時、アガサ、君は言った、褒美をくれると」

「今、思い出した」

「それはよかった。それじゃあ、いくつかお願いを聞いてもらえそうだ」


 ラチェットはご機嫌に手記を開いて、聞きたいことをメモしていく。


「悪魔になった人間と話す機会ははじめだ。インタビューをさせてくれ。どういう手順で悪魔になったのか。審査はあるのか。資格は必要なのか。悪魔に強制的に悪魔化させられるのと何が違うのか。君は貴重な資料だ。象牙連盟についても教えてくれ。狩人協会は怪物たちを知り尽くす必要がある」

「いいだろう。インタビューを受けよう」

「それともうひとつ。君はさては暇なんじゃないか」


 よくわかったな。

 

「おそろしく暇だ。時間が余ってる。本当は暇じゃないが、いまは娘たちが連続で巣立ってしまうという現実から逃げたくて暇なんだ」

「よかった。それじゃあ、すこし狩りに付き合ってくれないか。君が人間側だと信じてお願いする」

「ああ。それもまた永遠のなかの一時の楽しみだろう」


 長い命を手にいれた。

 怪物狩りに興じるのも悪くはない。

 

「怪物たちの中には、君に恨みを抱いている者たちも多い」

「いたか、そんな怪物」

「ナダの血脈という言葉に聞き覚えは」

「あー……」

「そういうことだ。彼らはこの20年間で勢力を編成し直した。帝国の北側の小国で目撃情報があったらしい。私はその行きがけにここに寄ってみたんだ」

「そうか。ならあんたの旅に付き合おう。そいつらはたくさん斬らせてくれるから楽しい」

「はは、これは心強いな」


 俺とこの日より、ラチェットの吸血鬼を狩る仕事に付き合うあうことになった。

 

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【完結】 帝国騎士学校の追放者、異空間で千年鍛えてやりかえす ファンタスティック小説家 @ytki0920

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