短編「まりもちゃんとふたりぼっち」
みなしろゆう
「まりもちゃんとふたりぼっち」
少女は寝床にしているコンテナから降りて辺りを見回した。
さっきまで雨が降っていたから、アスファルトが濡れている、トタンの屋根から滑り落ちた水滴が水溜りを作っていた。
少女は大人用のショルダーバッグとジャンパーを身に付け、随分と着膨れしている、背丈から察するに十二歳くらいだろうか。
コンテナの周りを一周する彼女は、明らかに何かを探している。
周囲にはトラックのタイヤや錆びた滑り台、片側が落ちたブランコなどがあり、
元は公園だった所の真ん中にコンテナが横たわっている状態だった。
コンテナには掠れた文字で「緊急支援物資」と書かれている。
荒廃した、と言ってしまえば簡単だが周囲に広がる街並みはどこまでも灰色で、悲壮。
生き物の気配がひとつも無い中で、生きている少女は場違いだった。
少女はタイヤに上って中を覗いたり、ブランコを揺らしてみたりしながら口を開く。
「まりもちゃん?何処に行ったのー?」
少女の呼び掛けに答えたのは、高い鳴き声。
犬の様にも猫の様にも聞こえる鳴き声の元へ、少女は急いで駆け寄る。
鳴き声の主は公園の隅に生えた木の側で小さく丸まっていた。
「こんなとこにいたのまりもちゃん。
雨降ってきたの、そんなに嫌だった?」
少女が語りかけたそれは、言い表すなら黒いモヤで明らかに生き物には見えない。
だがよく見ると黒いモヤの正体は毛であり、丸まったけむくじゃらの獣には、小さい目が二つ、口には牙だって生えていた。
異様な姿の獣に、少女は恐れる事なく手を伸ばす。
濡れてしまった相棒を抱き上げて、少女はコンテナへと戻って行った。
少女の腕の中で、けむくじゃらはくるると鳴く──生きているものがもうひとり、いたのである。
「ごめん、雨が嫌いだって知らなかったんだよ」
コンテナの中には、少女がこの二年間で拾い集めた沢山のガラクタがあった。
壊れた車のおもちゃ、ねじ曲がったフライパン、掌くらいの大きいネジ。
その中から布切れを引き摺り出して、少女はけむくじゃらの体を拭いてやる。
「でもさ、まりもちゃん。もう缶詰が無いから、またスーパーかホームセンターか、街に出て拾って来なきゃいけないの」
言い聞かせるように言うと、けむくじゃらはぷるぷると首を横に振った。
仕方ないなと少女はため息を吐く。
「じゃあ雨がまた降ったら抱っこしてあげるよ。通り雨だから暫く降らないと思うけど」
少女の言葉に、けむくじゃら──まりもちゃんは仕方なさそうに毛繕いした。
地球外生命体エプシムの襲来によって起きた大爆発により、人間の大半が灰になった。
少女は何故だか生き残った──のだと思う、気が付いた時には今も寝床にしているコンテナの中にいたのだ。
首から下げるように身に付けていた通信機から微かに聞こえる内容から、どうにか状況を理解して、自分が無人の街に一人取り残されていることを知った。
「この声が聞こえている者達よ、人類はここまでだ、私達はもう助からない」
電波の向こうの人は最後にそう言いのこし通信機は壊れて使い物にならなくなった。
少女は本当に一人になり、それから二年間、一度も人と会えていない。
廃墟となった街ではエプシムが徘徊して、縄張り争いをしたり仲間の死体を食っているのを見かけた事がある。
何とか息を潜めてやり過ごしているが、多分見つかったら食べられてしまうんだろう。
実際のところは、人が食われているのなんて少女は見たことがないのだけど。
気が付いたら最後の一人だったのだ、奇跡のような確率でもし街の何処かに同じ生き残りがいたとして──その人も自分が最後の一人だと思っているに違いない。
まりもちゃんを拾ったのは半年前の話。
恐らくエプシムの幼体だろうまりもちゃんは、大人のエプシムにおもちゃみたいにいじめられていた。
何だか可哀想になって猫缶をあげてみたら懐かれて、そこから少女が親代わりである。
「エプシムって意外と人を食べたりしないのかな、それともまだ赤ちゃんだから?」
少女は、後ろからぽてぽて付いてくるまりもちゃんに問い掛けてみる。
まりもちゃんは短く鳴いて首を傾げた。
ちなみに、現在のまりもちゃんの好物は変わらず猫缶だ。
「いつになったら大人になるんだろうねぇ」
幼い少女は当たり前に、まりもちゃんの成長を願っていた。
後ろをついてくる怪物が何者かなど、少女にとってはどうでも良いことらしい。
雨が苦手なのはエプシムという種全体がそうなのか、今日は徘徊するエプシムを全く見かけなかった。
何度も行き慣れた道、スーパーの中に入って、裏方に回るとコンテナがあった。
少女が寝床にしているものと同じ型のコンテナは街の各所にあって、特にここのコンテナには食料品が山ほど入っている。
中に飛び込んで、少女はバッグの中から取り出した工具を巧みに使い、積み上げられた箱の一つを開けた。
ショルダーバッグに猫缶と自分が食べる缶詰を詰めて、少女は寝床へと帰ろうと思う。
今日の冒険はここまでだ──歩き疲れたまりもちゃんが、足元で寝てしまったから。
灰まみれの住宅街を抜けて行って、ガラスと瓦礫を避けて歩いていると、
蚊の鳴く様な声が聞こえてきて、少女は思わず足を止めた。
まりもちゃんとよく似た声だ、当のまりもちゃんは少女の腕の中で寝息を立てている。
また鳴き声が聞こえて来て、少女はじりじりと声の方へ近付いていった。
煤けた壊れかけの住宅街の中に、開けた場所があった。
錆びたベンチなどから察するに、昔は多くの人が訪れた憩いの場だったのだろう。
そっと建物の影から覗き込んでみると、
そこには腹から血を出した大人のエプシムと、まりもちゃんと同じくらいの大きさのエプシムがいた。
大人の方は死んでいて、子どもの方は泣いている。
何となく親子かと思い、少女はまりもちゃんを抱きかかえたまま、気付かれないように息を潜めた。
泣いていた子どもが、くるくると喉を鳴らして動き出す。
親の死体まで歩いて行き、投げ出された腕を跨いで体をよじ登って行く。
建物の影から、少女はその様子を見ていた。
視線の先で起こる死別、その顛末を見届けなくてはならない、そんな気がしていた。
子どもが親の死体に噛み付く。
噛みちぎり、食らい付き、
噛んで、戻して、また噛んで、飲み込む。
ガツガツと親を食うエプシムの子どもは、みるみるうちに質量を増して、体が大きくなっていく。
けむくじゃらの体から、長い手足と尻尾が生えて、黒い翼が背中から飛び出す。
子は親を食って、大人になる。
エプシムの生態、その一端を垣間見て、少女は腕の中に目を落とした。
いつの間にか目を覚ましていたまりもちゃんは、親の死体を食い続けるエプシムをじっと見つめている。
少女はまりもちゃんを抱え直して、その場を後にした。
人類を滅ぼした地球外生命体、エプシム。
黒いけむくじゃらの怪物は、コンテナの中で大人しく猫缶を食う。
その様を、人類最後の生き残りもまた黙って見つめた。
──自らの結末を予感する、だけれどそこに恐怖は無い。
どうあれ私たちは、ふたりっきりで終わるらしい。
短編「まりもちゃんとふたりぼっち」 みなしろゆう @Otosakiaki
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