第2話 決意


 王宮の一室へと案内された健介は、キュリエを問い詰めるように詰め寄った。


「……おい、どういうことだ」


 あれから流れるように話は進み、健介はキュリエと共に魔王討伐に行くということで纏まってしまったのだ。最初に乗り気な態度を取ってしまっただけに、二言を挟むことができなかった。威光を放つ国王陛下に口を挟めるほどの度胸が健介にはなかったからだ。


「……乗り気だったじゃない」


 そう言いつつも健介から視線を逸らすキュリエ。


「……夢だと思ったんだよ」

「は?」

「夢だと思ったんだよ!しょうがないだろ!」


 いきなりあんな状況になって、素直に飲み込める方が頭のねじが外れている。少なくとも、地球の感覚ならば。

 健介の嘆きを聞いても何も言わないキュリエに対して、健介はため息交じりに首を振った。

 変にキレている場合ではない。この状況に対して聞きたいことがいくつもある。


「そもそも、アンタはクロなんだよな?」

「……そうね。あなたからはクロって呼ばれてたわ」

「どうなってんだよ。猫じゃなかったのか?」

「私もわからないわよ。勇者を探しにい世界に行ったはずが猫になってて……」

「それで俺に拾われた、と」

「ええ」


 無茶苦茶だ。と言いたくなったが、そんなことを言っても仕方がない。キュリエがわからないというなら、キュリエにとってもトラブルだったということだろう。


「……つまりは、俺に助けられたってことだよな?」

「そうね。路頭に迷ってたところを救われたわ。ありがとう」

「……その仕打ちがこれか?」

「……」


 バツが悪そうに目を逸らすキュリエ。

 いや、こう言っては何だが、良い世界に連れてこられたこと自体はそこまで遺憾ではないのだ。猫の恩返しとでもいうべきか、あの社畜生活よりも快適な暮らしを提供してくれるのならやぶさかでもない。

 しかし、先程の話を行くにそんな状況ではないはずだ。


「魔王がどうのって言ってたよな?」

「ええ」

「魔王ってあれだろ?なんか魔法とか使ってくるんだろ?」

「……そうね」

「それを俺に倒せって?人選ミスすぎんだろ!というか地球来んなよ!そんな人材地球上にはいねえよ!」


 健介の悲痛な叫びに、キュリエは目を丸くした。


「嘘。だって地球って、人類が支配している世界なんでしょう?」

「まあ、そりゃそうだな」

「それに、ケンスケも色々凄い魔法を使ってたじゃない。温度を変えたり、水を操ったり。他にも別世界を映し出す鏡とかもあったし……」

「……そりゃ電化製品ってやつだよ」

「デンカ……何?」


 キュリエの盛大な勘違いを察した健介は、ため息をつかざるを得なかった。


(魔法。魔法か……)


 キュリエにはエアコンやらテレビやらが、魔法に見えていたということだろう。


「それに、いつも忙しそうに働いてたじゃない!それって健介がすごい人だからでしょ!」

「ちげえよ!それは俺が底辺だからで……って否定すんのもなんか悲しいな……」

「そんなわけないじゃない!あんなに美味しいものまで普段食べてて……」

「……地球じゃそれが普通なんだよ」


 常識に乖離がありすぎて会話が成立しない。

 健介は頭を抱えたくなったが、自分に喝を入れた。


「とにかく!俺には無理だ!地球に返してくれ!」

「……無理よ」

「は?」

「三年は無理。ゲートを開けるのは三年に一度だから」

「三年……」


 長すぎる。

 いや、長さが問題なのではない。今すぐ帰れないというのなら……


「クロ……じゃなくてキュリエか。キュリエの方からあの王様にさ……やっぱ無理って……」

「無理に決まってるでしょ!っていうか、本当にケンスケって魔王を倒せないの?」

「当たり前だ。三秒も走ったら息が切れるぞ」

「なんで自慢げなのよ……」


 キュリエは呆れたような困ったような、そんな表情をした。

 しかし、今はキュリエに気を使えるような余裕もない。


「おい、じゃあ本気で俺に魔王討伐しろって言うのか?」

「そうね。陛下も、王国の皆もそのつもりで……」

「いやいや、無理無理無理無理」


 出会ったこともなければ未だにどんなやつか聞きすらしていないが、魔王という響きからすでに拒否反応が出てしまう。

 そもそもあんな甲冑を纏った連中がいても異世界の人に頼るということは、あれでも歯が立たないということだろう?一介の現代社会人に何ができるというのか。


 しかし、そんなことをグチグチ言っていても現実は変わらない。いや、これが現実ということすら認めたくない。夢よ覚めてくれ。


「……っつっても、しょうがないよな」


 自分に言い聞かせるように、小声で呟く。


「……よし、わかった!」

「……!やっぱりやってくれるのね!?」

「ああ、やってやる……三年間!魔王を討伐するフリをすりゃあ良いんだろ!」

「……はい?」


 二人の間に沈黙が訪れる。

 やがて、キュリエの方から口を開いた。


「……フリ?」

「フリだ」

「討伐じゃなくて?」

「ああ。今更無理でしたって言う度胸もねえし、魔王の討伐なんてもっと無理だ。キュリエもいることだし、なんか仲間を集めてそいつらに魔王とまではいかなくともそれなりの活躍をしてもらえば誤魔化せるんじゃないか?」

「……」


 キュリエは健介の作戦を聞いて絶句した。

 ───なんて馬鹿なのだろうと。


「……あ」

「なに?」

「いや……そうだな。そもそも、俺がこんな人間だってバレて一番困るのはキュリエだろ?国民全員の期待を背負って出てみれば、任務失敗もいいとこだしな」

「それは……」

「だけど俺も鬼じゃない。クロとしてキュリエと過ごしてきた三年間の愛情もある。討伐するフリくらいはしてやろうってわけだ」

「……絶対今思いついた口実でしょ」


 キュリエは健介に聞こえないように小声でそう呟いた。

 しかし、健介の言うことは事実だ。健介の言うことが全て本当なら、トラブルがあったとはいえ人選ミスもいいところなのだ。その責任はひとえにキュリエにある。


「というわけで、魔王討伐のフリ同盟結成だな」

「……はぁ。わかったわ」

「んん?どうしてそんなに不本意そうなんだ?」

「……よろしくお願いします!これでいいんでしょ!」


 半ばキレ気味にそう言い放って健介を睨むと、健介はオロオロと首を振った。


「あ、いや……ご、ごめん」

「なにが?」

「いや、その……これからまた三年間一緒にいるわけだし……そんなつもりはなかったっていうか……調子乗りましたっていうか……」

「……」


 どもったように言葉を続ける健介を前に、キュリエは再びため息が出そうになったのを抑え込んだ。

 それと同時に、ふと三年前のあの日に途方に暮れていた私を保護してくれた時のことを思い出した。


(なんだかんだ言って、困ってる人を放っておけない人なのかな。今回だって、私が助けられてる側だし。……まあ、それを差し引いてもどうしようもない人っぽいけど)


 キュリエがクロとして健介と過ごしていた三年間では、健介はキュリエのことを猫としてめでる対象でしかなかったし、キュリエはすごい魔法使いなのだという色眼鏡付きで健介のことを見ていた。

 そんなすれ違っていた三年間だが、それでも二人の間に絆があるのは間違いない。キュリエはいつの日か見た健介の覚悟を決めた表情を見ながら、少しだけ穏やかな気持ちを感じていたのだった。


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アラサーから始める異世界召喚 ~魔王を討伐してくれと言われても、パンピーには厳しいです~ @YA07

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