紅い花

高黄森哉

公園にて

 公園から子供が消えて久しい。ここ十年で少子化の波は、遂に可視化されたようだ。ここ十年でこんなに変わってしまった。三年前に中学校が廃校になったのも原因だろう。

 私は、異性を愛さない。だから子供を望めない。そんな私にとって公園は、癒しの場だった。高校の時から、未来の幸せな家庭像を想像出来なくて、子供を見に通っている。そのためか、不審者と見間違われたこともあった。そんな私はもう三十歳だ。

 溜息をつきながら、くたびれた会社の制服の皺を手で伸ばす。さーて、夕飯、何にしようかな。


「すいません。ここいいっすか」

「いいですよ」


 私は、ベンチにもう一人座れるように座りなおした。世間話をしようかなと、その人の顔を見てドキッとした。その人はニ十歳くらいだろうか、中性的な顔つきで健康的な肉体をしていた。次に短パンから見えるカモシカのような足をなぞるように見た。


「ん、なんか、落ち着かないでスか?」

「え、あいや。その、良い筋肉だな、みたいなね」

「ああ、あざっす。……………… そういえば、さっきボーっとしてたみたいですけど、何考えてたんスか」 

「ん? 今日の晩ご飯なににしようかな、とか」


 そう、実は私は結婚していた。これは恋愛感情に基づく決定ではなく、単に世間体を気にした結果だった。だから、私たちの間に、いまだに子供がいないのは、そういうことなのだ。プラトニックである。


「いつも、公園にいまスね」

「君こそ、いつもジョギングしてるね」

「なんか、話しかけよ―かなー、なんて思ってたんです」

「そうなんだ。なんか、ありがとう」

「へへへ」


 話す種が欲しくて公園を見渡すと、ベンチの丁度真後ろの花壇にササユリが揺れていた。私はそのササユリを見て、学生時代の部活動を思い出していた。


「ササユリを見ると、部活動を思い出すな」

「へえ、美術部すか」

「いや、植物デッサン部だね」

「へーえ、もしかして文化センターに飾られてる、あの絵っスかね」


 そうだ。あの文化センターに飾られてる絵は私の描いた絵だった。懐かしい。何故、ササユリを描いたのかは忘れてしまった。


「よく知ってるね」

「一度見たら忘れないタチなんで。名前も思い出せるっすよ」その人は、あなたの名前は、といいながら指を私へビシッと向けた。「佐々木翼さん」

「残念」

「あれ? うーん、記憶違いかなー」

「いや、君の記憶は正しいよ。でもね、結婚したんだ」

「あー、なるほど。それで」


 すると名前の分からないその人は、はにかんだ。諦めに見えたのは私の希望が反映されているからだろうか。させてもいいなら、自嘲的な笑みを浮かべたと表現しようかな。世の中うまく行かないな、とその人は思ったと勝手に頭の中でナレーションした。


「先輩、実は先輩のこと、中学の時から知ってました」

「あれ、君は何歳かな」


 若く見えるがそうでもないのかもしれない。私が三十だから二十九か八だろう。


「二十一っス。でもほら、毎日公園で遊んでもらって」


 ああ、思い出した。いつも公園に一人で来てたあの子だ。

 

「そうか、大きくなったね。あんなに小さかったのにな。美少年になったね」


 ところで、美少年は本来性別を問わないことをご存じだろうか。私が送る、今日の豆知識である。


「へへへ。美少年か、そんなことないっスよ。先輩だって、イケおじになりましたね」

「そうかな。まだ三十だけど」


 そういって笑うのは永谷翼だ。

 

 もう一つ豆知識。

 第750条に、夫婦は結婚のさい、夫か妻の氏に統一する、といった内容が定められている。


 私が妻の苗字に変えたのは、愛してないのに結婚した罪滅ぼしであった。


 ササユリ、その奥にはバラが風に揺られていた。

 

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紅い花 高黄森哉 @kamikawa2001

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