未来を誓い合います
家に帰ると、玄関先で何かをしている怪しい影。
「あれって、あのおっさんだよな」
「やっぱり……そうだったんだ」
「俺が取り押さえてくるから、陽花はすぐに110番して」
「無茶しちゃ危ないよ」
「大丈夫だ。あの様子なら夢中になっててこっちには気づいていない」
そういうと藤島君は気づかれぬよう死角になるこちらとは反対方向に回り込み、そろりそろりと間を詰めていきます。
(そうだ110番しなきゃ!)
<プルルルル…… はい110番です。事件ですか事故ですか>
「怪しい人が家の前に立っているんです」
<怪しい人?>
「(そうだ、あの女性警官に教えられたっけ)実は○○署にストーカ相談に行っていたんですが、多分その相手だと……」
<相手は今そこにいるんですね。場所はどこですか>
「△△2丁目15‐1です」
<わかりましたすぐに向かいます>
(これでよし……藤島君は!)
「コラテメェ、何してんじゃー!!」
警察への通報が終わってすぐのタイミングで、藤島君がストーカーに飛び掛かるのが見えました。
完全に無警戒だった相手は慌てて逃げようとしますが、何故かズボンを下ろしていたため身動きが取れずに、組み伏せられます。
(なんでズボン脱いでんのよあの人……)
最初こそ何とか逃げようと抵抗していた相手ですが、藤島君のガッチリホールドを組み解くことはできず、そのうちに騒ぎを聞きつけた近所の方が続々と現れると、逃げ場を失ったストーカーは観念しおとなしくなり、やってきたお巡りさんが状況確認をすると、器物損壊と住居侵入の疑いで連行されていきました。
「あれも器物損壊になるんだ……」
「あれは継続して使えないだろ。使い物にならないんだから壊れたのと同じだ」
壊されたというのはウチの郵便受けや玄関のドア。正確には壊されていたのではなく、あのストーカーの体液が振り撒かれていたのです。
藤島君はあの男を見つけた瞬間、夢中になってこっちに気付いていないと言ったのは、男が自慰行為をしていたとすぐに分かったから。気持ち悪くて仕方ありませんが、関係者ということで私と藤島君も警察まで同行します。
「陽花はお母さんに連絡して。俺も応援を呼ぶ」
「分かった」
◆
<僕は陽花との愛を確かめていただけだ>
<僕というものがありながら浮気なんて最低だ>
<だけど僕も大人だ。謝って僕のもとに戻ってくるならすべて許す>
<陽花は僕が先に好きになったんだ>
頭が痛い……全部ストーカーの妄想発言です。
お巡りさんの取り調べでは、あのおじさんは私と恋愛関係にあり、将来を誓い合った仲。それをあんなどこの馬の骨とも分からぬ男に浮気したのは許せないからちょっと懲らしめただけ。痴情のもつれだから民事不介入などど言っているそうです。
「完全に話が通じてねえ……」
「民事不介入ってどういうことですか?」
「刑事事件に問えない争いは警察が介入できないって意味なんだけど、今回はストーカー規制法はもちろん、器物損壊とか住居侵入の罪もあるからね。調べが進めば間違いなく刑事罰に問えるから心配しないで」
「でも裁判になったら精神鑑定を要求してくるかもしれないですよね」
「そうね。でもそれを覆すだけの責任能力があるということは証明できると思うわ」
「それなら良かった」
「よく勉強しているわね。彼女のためかしら」
「えっと……まあ、そんなところです」
女性警官の方と難しい用語のやり取りをする藤島君。ふとその時、私たちを呼ぶ声がします。
「拓海、ケガはなかったか」
「爺ちゃん」
声の主は藤島君のお爺様。彼といくらか言葉を交わすと、私に話しかけてきました。
「君が陽花ちゃんだね。拓海がいつも世話になっている」
「いえ、こちらこそ藤島君にはお世話になりっぱなしで……」
「構わん構わん。コイツが望んでやっていること。『陽花ちゃんのために!』ってな」
「爺ちゃん! 余計な事言うなよ!」
「なんじゃい。練習時間を削ったり、ストーカーのことを調べたり、彼女を守るんだとお主が息巻いておるから、ワシも色々と手を貸したのではないか」
「言うなー!」
そうなの? 藤島君そこまで私のためにやってくれたの?
「拓海は馬鹿で一本気なところがあってね。これと決めたことはとことんやり通す性格なんだ。時々それが面倒くさいこともあるが、陽花ちゃんさえよければ、これからも仲良くしてやってくれるか」
「は、はい! よろしくお願いします」
「さて拓海よ。お前は陽花ちゃんを家まで送ってやりなさい」
「爺ちゃんはどうするんだ?」
「こっから先は大人の出番だ。孫の嫁に無体なことをした輩、責任はキッチリ果たしてもらうさ」
孫の嫁って……いや、まだ早いんじゃありませんかね?
「拓海では不足か」
「いえ、そんなことは」
「ならばよいではないか。将来のことは誰にも分からんが、少なくとも今のところは拓海の嫁になる可能性は陽花ちゃんが一番高いんだ。それでよかろう」
「爺ちゃん、勝手に話進めんなよ」
「ほら、さっさと行け。若いもんは若いもんだけでゆっくり話し合ってこい」
そんな感じで半ば追い出されるように警察署を後にしました。
「爺ちゃんが勝手なこと言ってごめんな」
「ううん、なんかこっちこそ色々迷惑かけちゃってごめんね」
「うん。ちょっと孫かわいがりが過ぎるんだよね」
この前のデート資金といい、防犯カメラの費用といい、お爺様は孫に甘いのかと思いきや、空手の練習における違う意味のかわいがりも含まれているようで、一概に甘やかされているだけではないようです。
「さっきお爺様が言っていたのって本当?」
「……本当だよ。陽花を守るためにってね」
「なんでそこまでしてくれるの」
「俺の初恋だから」
「えっ……」
藤島君が私を初めて見たのは中学生の時。練習試合で南中に来たときのこと。すれ違った私に一目ぼれしたそうですが、それ以降コンタクトがあったわけではないので、私はすれ違ったことも覚えていないですが……
「声かければよかったのに」
「いやいや、練習試合に行っておいてナンパとか何しに行ってんのよって話じゃん」
そのときのチームメートに私の小学校時代の同級生がいたので名前だけは聞いたそうです。
「その時に『サイちゃん』の意味は聞いたんだけどな」
「えぇ~、じゃあ知ってて聞いたの!」
今はそのあだ名に慣れましたが、小学生の頃は男子からアジサイ女とからかわれ、中学生になるとふとしたきっかけで紫陽花の花言葉を知った男子経由で、私のことを「浮気性の女」とか「男を次々に変える女」、そこから派生して「ヤリ◯ン」などと酷い呼び方をする人がいたものです。
「だから藤島君にはサイちゃんって言われたくなかったんです」
「俺は小学校時代のアジサイっていう話しか聞いていなかったが、さすがにそりゃ酷いな。」
「浮気、移り気の紫陽花だからストーカーが寄ってきちゃったのかな……」
「そんなことあるかよ!」
泣きそうな声でボソッと呟いた私のことを藤島君が強く抱きしめます。
「紫陽花の花言葉はそれだけじゃない。仲良しとか家族団らんって意味もあるんだぜ。俺は陽花とずっと仲良くしていきたい。出来れば家族になって一緒に家族団らんになりたい」
「藤島君……」
「なあ、そろそろ陽花も俺のこと名前で呼んでくれないか」
「あ……拓海……くん」
「俺はまだまだ半人前だけど、必ず陽花のことを幸せにするから。約束する」
「ありがとう。私も……守ってもらってばっかりじゃ嫌だから、拓海君が幸せになれるように頑張る」
「一緒に幸せになろうな」
「うん!」
ストーカーおじさんの対応については拓海君のお爺様にお任せすることになり、判決が確定したのは年度が明けて3年生に上がってからすぐのこと。
相手側の弁護士は勝ちは見込めないので、減刑の方向で進めたかったのに、被告本人が事実無根と無罪を主張してグダグダだったとか。
さらには拓海君が私の家に仕掛けていた防犯カメラの映像が決定的な証拠となって完全勝利。ストーカーおじさんの罪は一つ一つは軽いものでしたが、悪質ということ、反省の色がないということで実刑判決。刑務所に収監だそうです。
お爺様にはなんとお礼を言っていいかと思いましたが、ただ一言、拓海と仲良くやってくれればそれでいいと仰り、拓海君がまた余計なことをとプリプリしています。
「しかしアイツ、最後まで『僕が先に好きになったんだ!』って言っていたらしいけど、好きになっただけなら俺のほうが先だよな」
「なっただけならね。言われなければ返事のしようも無いもん」
「えーえーそうですね。だから一緒の電車に乗ったときはこれはチャンスだとがっつきました」
「拓海君も成長したのね」
「まだまだこれからだよ。この先もずっと成長していく。そのときも陽花にはずっと側にいてほしい」
「ありがとう。私も拓海君とずっと一緒にいる」
「大好きだよ陽花」
「私も大好きだよ拓海」
好きかどうかは言われなければわかりません 公社 @kousya-2007
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