ストーカー対策します

「この写真は後ろ姿だけど君達二人で間違いないよな」

「それは間違いありません。先週の月曜日に二人で遊びに行ったのも事実ですが、買い物や食事をしただけで、そんないかがわしいことは一切していません」


 月曜日の放課後、藤島君とともに生徒指導室に呼び出しを受けました。図書委員の仕事がありましたが、大事な話だからそれは誰かに代わってもらえと言われ、仕方なくほかのクラスの委員に代務をお願いして指導室に向かうと、そこには男女が手をつないで歩いている写真とともに、先週の月曜日、私と藤島君が都心の繁華街で不純異性交遊をしていたという、事実無根の中傷が書き連ねられた差出人不明の告発文。


 たしかにあの繁華街は風俗店とか夜の街にも近いが、写真の場所はごく一般の店舗が並ぶエリアだし、ましてや真っ昼間。どこをどう切り取ったらそういうガセネタが生まれるのかというくらいに突拍子もない話です。


 生徒指導の先生は私のストーカー被害の話も知っており、この告発文がそいつの仕業ではないかと思っているが、学校宛に届けられたということで、念のため真偽だけは確かめたいと呼び出したそうです。


「俺も『んなアホな』ってくらいにしか思えんが、証明できるものはあるか」

「それだったら買い物したときのレシートを家に控えているので、どの店に何時にいたか分かりますし、行き帰りの電車の時間はICカードで乗ったから記録を調べれば時間も分かるはず。それらを調べれば、俺たちがラブホに行って不純なことをしている時間など無いことは証明できるはずです」

「そこまで断言できるなら大丈夫だろう。いや、疑ってすまん。外部からの告発だから真偽はともかく校長や教頭あたりがピリピリしてな。悪く思わんでくれ」

「いえ、先生には色々相談も聞いてもらってるので」

「それなんだが、警察の方にもう一度相談に行った方がいい。回数は多ければ多いほど効果があるみたいだからな。校長には俺から事実無根だとキッパリ答えておくよ」




「いやはや……まさかこんなことになるとはな」

「藤島君ごめん。私に関わったばっかりに……」

「陽花が謝ることじゃないって何度も言ってんじゃん」


 でも……誰があの写真を撮ったんだろう? あのおじさんは前の駅で降りていたのに。


「陽花、黙っておこうと思ったんだが、あのおっさん、ターミナル駅にいた」

「えっ……」


 藤島君もちらっとしか見えなかったそうですが、確実にあの時あの場所、同じ駅で目撃したと言います。それが事実なら、おそらく私たちが電車の中で終点まで行くことを聞いており、前の駅で降りて先に行く急行に乗り換え、待ち伏せしていたということ。


 もしそうであれば、何という執念かと少し恐怖心が芽生え始めます。


「あの写真、俺がTシャツだったってことは、駅に着いてからそれほど時間が経っていないうちだ。アイツが物陰から隠し撮りしていたのかもしれない」

「でも、あの人会社員だよね。仕事に行かなくて……」

「分からん。俺達には想像もつかん異常性だとすれば、常識なんか通用しないかも知れない。それに本当に会社勤めしているかも分からないしな」

「どうしたらいいの……」

「サイちゃん! 大丈夫だった!」


 私たちの帰りを待っていた結衣たちが心配そうにやってきました。


「一体どうしたのよ。優等生のサイちゃんが生徒指導に呼ばれたって大騒ぎよ」

「俺と陽花がラブホに出入りしていたってタレコミが外部からあったらしい」


 藤島君が理由を話すと、集まった全員が「はあ!? 何よそれ!」と憤慨しています。


「付き合ってんだからラブホくらい行くっしょ」

「怒るとこ、そこかよ!」


 結衣の怒りポイントをそこじゃないと藤島君がツッコミます。


「え〜! 付き合ってもう1か月以上経つんだから行ったって何もおかしくないでしょ」

「そもそも行ってないし、付き合いだしたのはこの前のデートからなんだけど……」


 私の言葉に「はい~!?」と驚く結衣たち。だから今まではストーカーから守ってもらうために一緒にいてもらっただけって説明したじゃない。


「ありえん、ありえん」

「サイちゃん藤島ファンの女子に刺されるぞ」

「あれだけ仲良さそうにくっ付いていて、放課後によく二人でお茶してて、あれで付き合ってないとか、藤島君に謝れ!」

「大丈夫だぞ。この前ようやく解決したから」


 どうやら彼女たちは藤島君が私に気があることを知っていて、わざと教えてくれなかったようで、一緒に登校するという話をしたときに「そうか、頑張れ」って温かい目をしていたのは、私の心配じゃなくて藤島君頑張れってことだったらしく、彼の口から正式に付き合うことになったからと聞いて、ようやくサイちゃんに春が来たなどと勝手に喜んでいます。


「ただ喜んでばかりもいられないんだよ。今回のやり口は非常に悪質だ。このまま治まればと願ったが、そう上手くはいかなさそうだ」


 藤島君は結衣たちにそう言うと、私の帰り道に危ないことがないように、誰かが必ず一緒に付いている必要があるから、手伝ってほしいと頼みます。


「もしかして、例のストーカー?」

「可能性は高い。行きは俺がいるが、帰りは時間が合わない日もあるから、そういう日だけでも一緒に帰ってやってくれないか」

「もちろん。サイちゃんに危険が及ばないようにしないとね」

「ただ、相手が何をしてくるか分からないから、俺のいないときは逃げて助けを求めるんだぞ」

「みんな、迷惑かけてごめんね」

「友達じゃない。困ったときはお互い様よ」






 こうして、藤島君に加え、結衣たちも一緒に送り迎えをしてくれることになったのですが、ストーカーの被害は増える一方。


 あるときは学校に「筑紫陽花はパパ活をしている」と匿名で電話が入ったり、卑猥な妄想文を書き連ねた手紙も、もし私を襲ったらというシーンが生々しく書かれていたりと徐々にエスカレート。


 とは言っても事実無根の話なので、先生も真に受けませんし、むしろ威力業務妨害だと警察に相談しているそうです。


 そして警察の方でも、私の家の前を彷徨く怪しい男の情報を近所の方から聞いたこと、相手の手口が悪質ということで、さらにパトロールを厳重にすると言ってくれています。


「まあそれでもお巡りさんが四六時中いてくれるわけじゃないしな。こっちでも防衛策は考えないとな。明日陽花の家まで送ったときに、ちょっと仕掛けを用意させてもらっていいか」

「いいけど、何するの?」

「証拠を撮りたいからね」


 次の日、藤島君は何か機械のようなものをウチの軒先、それも外からは巧妙に見えない位置に仕掛けます。


「カメラ?」

「そう。もし犯人が現れたら証拠になるでしょ」






 それからしばらくは、同じ電車にあのおじさんが乗ってくることもなく、帰り道も藤島君や結衣たちに一緒に付いてきてもらっているおかげで危険な目に遭うこともなく過ごしています。


 相変わらず誹謗中傷の電話や卑猥な手紙は続いているものの、相談に行った際に警察の方――最初にストーカー相談を受けてくれた女性警官――から、詳しくは教えられないが、捜査が少し進展しているので、もう少しの辛抱よとこっそり教えられ、ようやく終わりが見える希望が持てるようになってきました。


 そして後期の中間試験の最終日。その日は試験ということでやや早めに学校が終わり、いつものように藤島君と一緒に家に帰ります。


「そうか。お巡りさんがそんなこと言ってたのか」

「うん。早く捕まってくれるといいんだけど」

「これで全然違う奴が犯人だったら笑えねえよな」

「もう……怖いこと言わないで」

「冗談だよ……ってちょっと待って。あれ……」

「どうしたの? 藤島君」




 もうすぐ家に着くかというところで、彼が急に足を止め、家のほうに視線を向けるので私もそちらを見ると、視線の先には私の家の玄関先で何やら怪しい動きをしている男。


 あれって……まさか……

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