デートします

「パッツパツじゃん」


 そして創立記念日の祝日である月曜がやってきました。


 いつもの時間に駅で待ち合わせをすると、向こうからやってくる藤島君の姿にちょっとドン引きします。


 彼の服装はTシャツ、チノパンにスニーカーというラフな格好。発達した胸筋とか腕周りが太いせいかTシャツのサイズが若干小さめに見えてしまい、フンってやったら某格闘系漫画みたいにシャツがビリビリビリって破れそうです。


「制服着ていても何となく分かったけど、筋肉がすごい……」

「お腹も6つに割れてるぜ。見るか?」

「また今度にするわ……」


 そして二人で改札を通ると、横目にいつものおじさんが視界に入ります。


「今日もいたな」

「私たちは祝日だけど、世間的にはただの月曜日だもんね」

「陽花が私服だったからちょっと戸惑ってたぜ。『あれ? あれ?』ってな」

「そのためにわざわざこの時間にしたの?」

「それもあるが、乗るのもいつもの電車だぜ」


 藤島君に促され、いつものホームのいつもの乗車位置で、いつもの電車に乗ると、普段は立ってガードしてくれるのに、今日は私の横に座りますので話を始めます。


 正式にお付き合いを始めたからというわけではありませんが、彼が横にいてくれるだけで安心します。しかも今日は不思議とおじさんの視線が向いてきません。


「行き先は?」

「遊ぶところ、買い物するところ、選択肢が色々ありそうだから終点のターミナルまで行こう」

「特に目的は決めずにブラブラするのね」

「気になるところがあれば寄る感じでいいんじゃない」


 そのうちにおじさんが途中のそこそこ大きな駅で降りました。なんか歩きながら何かをぶつぶつ言っていたのが気持ち悪くて仕方ありません。


「随分と長いこと乗っていたな」

「そうだよね。この距離なら急行の方がずっと早いのに」


 おじさんが降りたのは急行なら終点の1つ前に止まる駅。ウチの最寄りからだと各駅停車なら倍近く時間がかかる距離をわざわざ各駅停車に乗るというのは……ねぇ……


「陽花狙いとしか思えないな」

「そうであって欲しくはないんだけど……」

「まあ……あのおっさんの降りる駅が分かったところで、だからどうしたって感じだけどな」




 それから数分。そのまま終点まで乗って到着したのは都心のターミナル駅。繁華街も近く、遊ぶ場所には事欠かない街です。


 ただ、現在朝の9時過ぎ。お店が開くまで少し時間があるので、近くにあるコーヒーチェーン店に入り、開店まで時間を潰すことにします。




「しかし、あのおっさんの顔ったら、めっちゃキョドってたわ」


 いつも乗っているときも、おじさんは藤島君が視線を向けると途端に目を逸らすそうで、今日私の隣に座ったのは、常に自分の視線を向けて「お前、こっちは気づいてんだぞ。変なマネしてるとただじゃおかねえ」ということがはっきりと分かるようにアピールするため。パッツパツの服装も腕力では勝てそうにないと分からせるためにあえて選んだようです。


「わざわざそのためにあの電車に乗ったの?」

「うん。こっちは警戒してんだぞってのを分からせるためにね」

「あんまり挑発しないほうがいいんじゃない?」

「様子見だよ。これで諦めればよし、エスカレートするようならもう一度警察に相談して、みんなで警戒を強めるだけだ」


 それでわざわざそんな薄手のTシャツを着てきたということ?


「ん? 俺、これが普通だよ」

「藤島君って筋肉見せびらかす露出狂タイプ?」

「露出してねえし」

「十分すぎるよ。道すがらすれ違うお姉さんたちの視線に気づかなかった?」


 そうです。ここは都心のターミナル駅。通勤時間のピークからはやや遅めですが、それでも仕事に向かう方は大勢おり、若いお姉さんからマダムまで、藤島君の胸筋をガン見している女性がたくさんいましたよ。


「そうかー、そんなにこの胸筋に惹かれるかー」

「そう言いながら胸筋をピクピクさせないでよ……」

「陽花はこういうの嫌いなのか?」

「嫌いじゃないけど……独り占めしたい方、かな。彼氏だったらなおさら私にだけ見せてほしい……」

「ぶっ! ゲホゲホッ……」


 私の言葉に藤島君は突然飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになってむせてしまいます。


「大丈夫?」

「お、おう大丈夫だ。独り占めとか私にだけとか、ちょっとドキドキしてしまった」

「付き合いたいって言いだしたのはそっちなんだから、これくらいで驚かないでよ。あーあー、Tシャツにシミが……」

「これくらいおしぼりで拭けば大丈夫だ」

「そうはいかないわよ……そうだ。この後、藤島君の服を見に行きましょう」


 ガッシリしたいい体格なんだから、普段からこういう軽装しかしない、服もそんなに持っていないというのは非常にもったいない。


「服かぁ……あんまり興味ないな」

「ええ~、カッコよくコーディネイトした藤島君も見てみたいなぁ」

「見たい?」

「見たい」

「そうか……なら行くか」




 私にお願いされて気をよくした彼と男性服のお店に行き、店員さんのアドバイスなども受けつつあれでもないこれでもないと着替え続けて小一時間。


「こんな感じですか?」

「うん、良く似合ってる。彼女さんの清楚な雰囲気ともよくマッチしているわ」


 店員さんだからまあ褒めないわけはないんですが、藤島君の服装を褒めるついでに彼女さんなんて言われ方をしたので、少し恥ずかしくもあります。


「陽花はどう思う」

「Tシャツだけよりこっちの方がずっとカッコいいかな」

「じゃあすいません。これ一式、このまま着ていくんでタグだけ切ってもらっていいですか」


 藤島君即買いです。上下一式で決して安い値段ではありませんのに、もしかしてお金持ちのボンボンなのでしょうか。


「あとで陽花の服も買いに行くからな」

「いいっていいって! そんな高いもの買わせるわけにいかないよ」

「いやー、買わないと爺さんに怒られるんだよ」


 彼のお爺様は空手の師匠でもあり、以前は大きな会社の社長をされていた方。私のために練習時間を削るため、今までの経緯も話していたそうです。


「ほら、今までずっと割り勘だったじゃん。その話をしたら、『初デートくらいは全部お前が面倒見るくらいしろ!』って少なくない金を持たされてね。だから遠慮せずに受け取ってもらえると嬉しい」

「買ったことにしておけばいいんじゃない?」

「買った証拠にレシート持って来いってんだ。だから買ったフリは無理」

「しっかりしたお爺様ね」

「ああ。そんな爺さんがいてくれたからこそ、親父も俺も恵まれた環境で育ててもらえたんだよな」


 それならばとお言葉に甘えて、私用の服を買いに行ったり、小物とか雑貨とか、色々なお店を回りました。


 今まで彼はそういうお店とは全く縁がなかったようで、物珍しそうに眺めていました。もしかしたらつまらなかったかなと気にして聞いてみたら、私と一緒にいるだけで十分楽しいよなどど言ってくれるので、益々惚れてしまいます。


「また一緒に出掛けてくれる?」

「藤島君の練習の邪魔にならないなら、いつでもいいよ」






 そうして楽しい1日が過ぎ、翌日からまたいつものように学校へと通う日々が始まりましたが、あのおじさんが同じ電車に乗っていません。


 翌日も、その次の日も金曜日まで4日連続で姿を見かけません。


 私と藤島君はさすがに諦めたのかと少しほっとしたのですが、その翌週、安どする私たちを再び恐怖の底に突き落とす事件が発生しました。

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