隻眼迷宮編.64.隻眼


 ――明確に意識する。


 ここは私の一部だと、周囲に広がる全ては私の手足であると。

 自らの同族から支配権を奪い取ったばかりの手足や耳目を、自らの五感と接続する。

 あぁ、良いですね……この自分自身と再接続する感覚という物は……筆舌に尽くし難い高揚感と満足感があります。


「しんぞおぉぉぉおお!!!!!!」


「五月蝿いですね、聞こえていますよ」


 えぇ、本当に、よくよく聞こえていますよ。先ほどよりもずっとね。


「死ね――ッ!!」


 上段からの振り下ろしを片手に持ったカッターナイフで受け止めつつ、一瞬の拮抗の後に力を緩める事で刃先を滑らせるように受け流す。

 自らと再接続した事で見た目にそぐわない膂力と動体視力を得ており、逆に相手は自らの半身と切り離されているも同然の状態である為に出来る芸当です。


ラド!」


「【二人一組になって一体ずつの早期撃破をお願いいたします。私は本体の足止めです】」


 隻眼のマスターがゴーレムと呼ぶらしい味方をルーン魔術で呼び寄せるのに合わせて、私も勇者達に指示を出して各個撃破を狙っていく。

 現状では勇者達は私を全く警戒していない――正確には警戒する余裕もなければ、本心では仲間だと思っていたいのでしょう。アンスールによる弁舌が想像以上に効きますね。


 ウイルドッ!!」


「足掻きますね」


 私達をこれ以上ダンジョンの玉座へと近付けたくなかったのでしょうが、それはそれとして既に地上の街は私の領域となっています。

 ダンジョンマスターが他ダンジョンの領域内で孤立無援になり、周囲には宣戦布告してきた勇者達まで居るとなるとその不利は計り知れません。

 私にとってアークの様な存在を呼び出す事も出来ませんし、せめて自らの足下や周囲だけでも塗り替えようとするのは当然の動きでしょう――そこを叩く。


「【貴方のお名前は?】」


「コンラート――!?」


 馬鹿正直に答えてしまった自分自身に驚いた様子のコンラートさんの頭を掴み、その顔面へと思いっ切り膝を叩き付ける。


「【年齢はお幾つで?】」


「にじゅう、にっ……!」


 動揺を隠し切れない顔で年齢を暴露する彼へとカッターナイフの刃を伸ばして振るい、しかし弾かれ、そしてがら空きになった鳩尾へアークの拳が突き刺さる。


「ぐぼぉ……!?」


 私の所持するアンスールは交流のルーンです。人の言葉を持たない存在との会話を可能とし、嘘を吐かない限り対話で相手からの信頼を得られるという破格なモノ。

 そして交流を意味するという言葉の通り、相手はコチラからの対話を、交流を拒絶する事は出来ない。私からの質問に対して無意識の内に何かしらの答えを返そうとしてしまう。

 もちろん彼我の力量差によって効きも変わり、いきな(相手の核心に迫る問いを行っても黙秘か拒絶されて終わってしまいます。

 しかしながら名前や年齢を尋ねるのは交流の初歩の初歩であり、そんな簡単な質問を拒絶する事は誰であっても非常に難しく、そうして対話を続けていけば信頼関係が築かれるのは自明の理であり、次第に相手は私への敵意が薄れていってしまうのです。

 後はまぁ、単純に人から話しかけられて・・・・・・・・・・るのに・・・それを無視して別の作・・・・・・・・・・業なんて出来ません・・・・・・・・・よね。失礼ですし。


「【私の事はユーリと……貴方は何とお呼びすれば?】」


 私から対話を強制されながら、果たして本当に領域の引っ張り合いに集中できるものでしょうか? その答えは彼の焦った顔を見れば一目瞭然ですね。


「コンラートでいい! ……くそがっ! 黙りやがれ!」


 突如として私の周囲から空気が消え去る。そういえば隻眼の特性として、マスターに様々な魔眼が与えられるのでしたっけ……初邂逅の時も空気は奪われてましたね。

 相手の呼吸を封じるというのはシンプルでいて非常に厄介な攻撃です。無呼吸で全力戦闘などの激しい運動が出来る訳もありませんし、そして私のアンスールの特性を思えば空気を、声を奪われるのは手札を一枚無力化されたも同然です。


 ――ただまぁ、視界を遮れば問題は解決するのですけどね。


【ダッーハッハッハッ! オラオラオラァ!!】


「チィッ……!!」


 やはり魔眼は強力ですね。アークが投擲するゴーレムの残骸を防いだり、アークの直接攻撃を短距離転移で躱してもいます。


「【出身はどちらで?】」


「この街に決まって――ぶっ!?」


【おっ、綺麗に入った】


 自らのダンジョンから切り離され、ダンジョン本体とも言うべき相手も呼び出せないのにも関わらず、未だに私とアークの攻撃の大半を凌いでいる。

 やはりコチラと違って、何千年もの間ずっとDPを稼ぎ続けて来ただけあってマスターへの強化も怠っていないという事でしょうか。

 いえ、むしろそれだけの存在をここまで弱体化させた、私のレベルにまで引きずり下ろしたと言うべきでしょうね。情報不足により計画通りに行かない事だらけでしたが、それでも刺さるものは刺さっていた様です。


「神田さん!」


 そうこうしている内に勇者達クラスメイトも周囲のゴーレムを排除し終えた様で、段々と私の近くへと集まって来ています。

 この絶体絶命のピンチにあたって隻眼のマスターはどのような手に出るのか……ダンジョン最奥にはまだ温存された兵力はあるでしょうが、この場に持って来るには間に私に奪われた領域が広がっていて現実的ではない。

 転移のルーンやブランクルーンを使おうにも私とアークに邪魔され、それもまた難しい状況です。


「さて、このまま終わるのか否か――」


 私の目の前でアークに殴り飛ばされた隻眼のマスターが空中で手に持った宝石を砕く――転移のルーンで虎の子のモンスターでも召喚するのかと身構える私の周囲の空間が切り取られる。


「――ダンジョン新生ッ!!」

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悪逆のダンジョンマスター 〜極悪少女の異世界蹂躙〜 たけのこ @h120521

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