隻眼迷宮編.63.隻眼迷宮その3


【――殺しなさい】


 まさか隻眼がここまでの戦力を隠し持っていたとは思いませんでしたが、恐らくは人間達に攻略進度を誤認させ、宣戦布告されると同時に戦線を押し返す意図があったのでしょう。

 どれだけの時間を掛けてこれ程の戦力を用意したのかは分かりませんが、今やそれらは全て私の一部です。

 即座に『配置』によってダンジョン内に伏せられていたゴーレム達の一部を地上の街へと転移させ、そこに住む人間達への殺戮を命じる……今や地上部分は私の支配下にあり、そこで得られるDPは全て私達の物となる。

 であるならば、この戦争の最中で隻眼に奪い返される前に略奪してしまいましょう。本拠地から持って来た分も無限ではありませんし、例え奪い返されても相手の収入源を潰す事が出来ます。

 そして私の領域下で死ぬという事は、それ即ち――アンデッドに成るという事。

 物理的に接続していないダンジョン同士ではDPや戦力の融通が難しいので、こうして少しずつ手勢も増やしていきましょう。


【さて、隻眼はどちらを優先するでしょうか】


 ダンジョンとしての大きな動きがあり、また自らの収入源でもあった地上部分に急行するのか……それともまず先に勇者達を片付けようとするのか。

 どちらであっても私は構いません。前者であればその隙に勇者達を利用しながらダンジョンを攻略するだけですし、後者であるならば勇者達との潰し合いを漁夫の利を狙って待てば良い。

 まぁ、どちらも後回しにして私達の攻略を優先するという可能性もありますが……向こうに置いて来た配下達の視界を通して把握した状況や、ピッタリと止まった侵攻から考えてもそれはほぼ無いでしょう。


「――どうやら、こっちを優先するみたいだぜ」


 アークのその呟きに反応するよりも早く砦全体が大きな衝撃に襲われる。

 咄嗟の事で動けない勇者達とは違い、聖騎士の二人は即座に私達を庇うべく前に出て行く。


「――出て来オォォオイ!!!! 裏切り者ガァァァァアア!!!!」


 盛大に崩れた壁の向こう、土煙が晴れていく先に居たのは……おや、何時ぞやの魔眼さんじゃないですか。これは予想外ですね。


「レザーさん彼は?!」


「……分からないが、宣戦布告と同時に襲って来たのだから隻眼の関係者だろうね」


 にしても物理的に繋がっていないダンジョン同士では『配置』を使えないというのに、些か帰って来るのが早いですね。

 もしや、これも何かしらの魔眼の力でしょうか?


「(どうする?)」


【そうですね、ここは顔でバレる前に――】


「テメェは?!」


 姿を晦まそうと、そう言い終えるよりも先に隻眼のマスターと思われる男性とバッチリ目が合ってしまう。


「いや、見た目が変わって……あぁそうか、手を結んだ訳じゃなく紛れ込んでいたのか」


 あぁ、これはもう完全にバレてしまいましたね……心配し過ぎなくらい警戒し、計画を練っていてもやはり思い通りにはいかないものです。

 そうですね、やはり初邂逅した時にきっちりと殺しておくべきでした。相手が隻眼だとは分からなくとも、不確定要素を一つ消せたのですから。


「舐めた真似してくれやがって、とりあえず全員ここから出て行け――ラド


【あれは――】


 恐らくは隻眼が保有するルーン文字を視認した直後――周囲の景色が一変し、一瞬遅れて無理やり転移させられたのだと理解する。


「なっ?!」


「空っ!?」


 しかも転移先が上空とは……眼下にルツェルンが確認できますが、このまま隙を晒しながらただ落下するだけでは不味いですね。


【アーク、変わって下さい】


「……いいのか?」


【えぇ、相手が転移能力を持っていると判明した以上は足止めが必要です】


 私のアンスールも未だ完全ではありませんし、相手のルーンも際限なく無法を働けるほどではないでしょうが……それでも一旦冷静になられ、ゲリラ戦法に徹されると非常にやりづらいです。


【本当に予定通りに行きませんね】


「ダンジョン攻略なんてそんなもんだ」


【そもそもアークが他のルーン文字について覚えていたら、こうはならなかったんですよ】


 他の文字の効力について覚えてさえいれば、それらを考慮して対策も予め考えられた筈ですのに。

 それがまさか教える直前になって【……悪ぃ、覚えてねぇ】ですからね、愚痴の一つも零したくなるというものです。


【まぁ、今はともかく入れ替わりますよ】


「あいよ」


 さてさて、一緒に飛ばされてしまった勇者達はどうしますかね……ここまで隻眼の彼にはコチラの予定を狂わされて来ましたし、ここは嫌がらせの一つでもしたいところです。

 ふむ、そうですね……あの状況では仕方がなかったのだろうとはいえ勇者達まで一緒に来ていますからね、今度は私達のルーンの恐ろしさを実感して貰いましょう。


「とりあえず着地は任せました」


【ったく、ダンジョン使いが荒いご主人様だぜ】


 入れ替わると同時にアークを顕現させ、私を抱き留めて貰います。

 地上の街が私のダンジョン領域となっているからそこ出来る芸当ですが、相変わらず鎧と炎という見た目なのに不快感が一切ありませんね。

 勇者達は各々が優れた身体能力によって危なげなく着地していっているのを見ると、何だか私との初期能力の差に複雑な思いを抱いてしまいます。


「っ! ……やっぱテメェが神核しんぞうだったか」


「神田さん!?」


「やっぱり……」


 アークと入れ替わった衝撃なのか、それとも炎みたいな身体に触れたせいなのか……染めていた私の髪と目が元の黒へと戻ってしまいます。

 それによって露わになった私の本来の姿に敵も味方も面白いくらいに動揺してしまって、少しばかり煩わしいですね。


【あっ、わりぃ、魔術が解けちまった】


「この際ですから、もう良いです」


 さて、とりあえずはこの場をわかり易くしてしまいましょう。


「【皆さん、お久しぶりです】」


 ルーン文字は刻まれる触媒の質が高ければ高くほど効きが良くなる。


「【アークは私の能力の一つで、私が眠っている間に助けてくれる存在です】」


「ほーん? じゃあその後ろに浮いてる厳つい奴が本来のアークって事だな?」


「【その通りです】」


 それは宝石でも魔石でも、魔獣の死骸でも何でも良い――なら、ダンジョン自身はどうなのでしょう?


「【あれが隻眼のダンジョン本体です、能力の代償で私は長い間表に出て来れません……早めに決着を付けましょう】」


「あ、あぁ! みんな! 神田さんの言う通りだ! ここは力を合わせてダンジョンを倒そう!」


 隻眼のダンジョンと思われる方のみに見える様に、相手を小馬鹿にする様に舌を出す――


「――ッ!!」


 私の舌に刻まれたアンスールの文字を正しく認識してくれた様で何よりです――やはり、交流するなら自分の舌を回してこそですよね。

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