隻眼迷宮編.62.隻眼迷宮その2


「チッ、クソが……」


 もう何度目になるかも分からねぇ、神核しんぞうのダンジョンへの侵攻から帰還して直ぐに悪態を吐いてしまう。

 玉座の間をわざと浅い階層に配置し、迫った敵勢力を用意しておいた罠に嵌めてまた別の場所に逃げるを繰り返しやがる。

 罠だと分かっていても向かうしかねぇし、ハズレであっても相手の領域を侵略できるから損にはなってねぇが……毎回大量の水によって押し流され、地下水脈を通って海や川に流されるのだけは我慢ならねぇ。

 この激流によって度々ダンジョンの外へと放り出されるし、帰って来るのに多少の時間が掛かりやがる。もう何度地中海に投げ出されたか分からねぇ。


「坊ちゃん、着替えを用意してますよ」


「あぁ」


「押し流されない様には出来ないんですかい?」


「……出来ない事はないが、全て防げる訳じゃねぇな」


 やはり自然の水源を抑えてんのか、水量だけじゃなく水圧も凄まじいモノがある。ゴーレムだけでは壁や栓にはなりやしねぇ。

 それにダンジョン内にわざと支配下に置いていない領域を作り、その場所を経由する事でコチラが把握できない不意打ちや強襲も可能としている。

 そしてその目隠しとも言える領域を塗り潰そうと思えば、手持ちのDPを無駄に消費させられてしまう。

 この土地の支配権を持っているダンジョンと繋がっているから無理やり出来てはいるが、それでも正当な支配者って訳でもねぇから高く付きやがる。


「だが、それもそろそろ終わりだ……都市を丸ごと呑み込んだだけあって大規模ではあったが、全体的に“未完成”といった印象が拭えなかったな」


 もちろん現状でも正面から真面目に攻略しようと思えばさらに時間は掛かっただろうが、所々に詰めの甘さというか、仕上げが終わっていない印象を受けた。

 恐らくだが、未だに改装途中だったのではないだろうか……やはり存在を感じ取ってから速攻を仕掛けたのは正解だった訳だ。


「悪辣な初見殺しや嵌め殺しが多かったが、既に全体の7割を支配下に置いている」


 一ヶ月でよくここまで来たと自画自賛するべきなのか、覚醒したての未完成ダンジョンに一ヶ月も掛かったと反省するべきなのかは分からんがな。

 だが一ヶ月も経って相手は僕を討ち取れず、未だに隻眼の本拠地にも辿り着けてさえいないのだから勝利は時間の問題だろう。


「だから後はゆっくりと確実に支配領域を拡げて――あん?」


 この魂の奥底から不快感が込み上げる感じは……


【どうやら勇者達に宣戦布告された様だな】


「チッ、思ってたよりも早いな」


 勇者達が攻めて来るかもとは聞いていたが、まさか召喚したばかりの奴らをこんなにも早く実戦投入して来るとは思わなかったな。

 予想では一年か二年くらいはじっくり鍛え上げてるものだとばかり思っていが……向こうは何を考えてやがる?


【だがこれで――】


「あぁ、神核しんぞうの奴もちょこまかと逃げられなくなった訳だ」


 相手のダンジョンから追い出されたばかりだからまた一から玉座の間を目指さなければならないが、それでも次かその次の侵攻で終われるというのは有り難い。

 いい加減この追いかけっこや水遊びにも飽きて来たところだ。


「大丈夫なんですかい? 一度戻った方が……」


「馬鹿が、何のために何代も前からダンジョンの難易度を調整してきたと思ってやがる」


「難易度の調整、ですか?」


「あぁ、奴らに『隻眼は攻略寸前だ』と錯覚させる為にな」


 長い年月を掛けてダンジョンの奥深くまで拠点を築かれた辺りから、歴代の隻眼のマスター達の方針は一致している。

 それ即ち敵主力の包囲撃滅であり、女神からの力の譲渡だ。

 女神は悪魔との戦争した影響なのか、地上への干渉が著しく制限されているらしいからな……騙すのは同じ人間達だけで良い。

 現れる敵の質も量も下がり、玉座の間へも目前まで迫ったとなれば奴らは僕の逃亡を制限するべく動く。


「同族と違って奴らは僕の身体ダンジョンを奪える訳じゃねぇ……面倒なタイミングだが、ここで勇者諸共皆殺しに出来れば僕らの勝ちはぐっと近付く」


 勇者達が最下層の罠や玉座の番人を相手にしている内に何百年も温存し、隠し持っていた兵力を総動員する事でダンジョン内に築かれた違法建築物を撤去していく。

 それが終わり次第に勇者達の退路を絶って圧殺する。

 上手くいけば勇者達が持つ女神の加護と大量のDPを獲得でき、戦勝報酬として更なる力の譲渡と封印の一部緩和まで得られる。


「むしろせっかく女神がアシストしてくれたんだから速攻で神核しんぞうを攻略し、新たに取り戻した力を携えて帰還すれば良い」


 そうすりゃあ、当初の予定よりも楽に勇者達を撃退できるかもな。


「――あ"?」


 自らの存在を毟り取られる感覚に全身総毛立ち、一瞬にして怒りで頭が沸騰する。


「ひっ! あ、アンデッド?!」


 そしてほぼ同時に、僕らの周囲を何処からか湧いて来た無数のアンデッドが取り囲んでいた。


【これは……あまりにもタイミングが良すぎるな】


「クソがッ!! ダンジョンの癖に女神と協力してんじゃねぇぞッ!!」


 生前の人格が残ってんじゃねぇのかよ?! てか女神もなんで神核しんぞうなんかと手を結んでやがる!! お前が一番警戒すべき相手だろうがッ!!


「数百年溜め込んだ罠も兵力も全てそっくりそのまま乗っ取られただと?! DP源である街まで全て!?」


 これじゃあ勇者共を挟み撃ちにするどころじゃねぇ、俺たちが消滅する瀬戸際じゃねぇか……やりやがったなッ!!


【どうやら戻った方が良さそうだ】


「グギギッ……絶対にッ!! 絶対に赦さんッッ!!!!」


 おいテメェ、神核しんぞうコラ……お前のマスターはどんな面をしてやがるのか楽しみだな、おい。必ず惨たらしく殺してやる。


「――ププラァア!!」


【分かっている】


 即座にラドを発動させ、その場から自らのダンジョンへと長距離転移を行う。

 部下達には悪いが、お前らの命を気遣っている余裕はねぇ。

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