隻眼迷宮編.61.隻眼迷宮


「――お待ちしておりました、勇者様方」


 ダンジョン内であるというのに、目の前の中年男性は柔和な顔で両腕を広げながら私達を歓迎する。


「私はこの隻眼迷宮に於いて前線指揮官を任されております、聖騎士のコルネリウスと申します」


 そう言って上位者への礼を取った男性は、続けて流れるような動きで私達を砦内へと案内する。

 隻眼という、女神から名指しされたダンジョンの前線指揮官を任されるだけあって魔眼を使わずともその強さを肌で感じ取れますね。

 砦も材質は不明ですが頑丈そうですし、勤めている兵士達も一人一人がひとかどの戦士の様です。


「まさか『不動』のコルネリウスがここの指揮官だったなんてね」


「『白光の剣』のレザー様ですね? お噂はかねがね」


「貴方に知られているなんて光栄だな」


 指揮官とレザーがお互いに聖騎士という事で会話を行い、その後に付いて行く勇者達もそれぞれ近場の者と会話する中でアークだけは興味無さげに冷めた目で周囲を見渡している。

 私が情報収集をする為なのですが、アークからしたら女神陣営の拠点なんて長居したくはないのでしょうね。


「……アークさん、もしかして疲れましたか?」


「あん? 別に疲れてないが?」


 気怠そうなアークを様子を心配したのか、元クラスメイトの一人である……えっと、松井? でしたっけ……確かそんな感じの名前の方から話し掛けられてしまいます。


【無難な対応をお願いしますね】


「(わかってるよ)」


 とりあえず余計な疑惑や敵意は持たれないように、何とか上手く立ち回って貰いませんと。


「本当ですか?」


「あぁ、道中で戦闘も無かったしな」


「確かに少し拍子抜けですね。ダンジョン攻略と聞いていたのに、やる事は築かれた砦を巡るだけですから」


 アーク達の言う通り、この隻眼のダンジョン内に於いてダンジョン勢力との戦闘は一切ありませんでした。

 足を踏み入れたエリアは全て人間達によって制圧済みとは聞いていましたが、まさか全く妨害が無いとは思わず……隻眼も無駄な戦力の消耗は抑え、未踏エリアで迎え撃つ構えでしょうか?

 もしくは定期的にモンスターを間引いているとの事ですし、勇者一行が来ると知らされて砦側が予め大掃除したのかも知れませんね。


「楽が出来るならそれで良いじゃねぇか」


「でも一ヶ月も陽の光も届かない場所をただ歩くだけというのも気が滅入って……」


「そうかい」


 むしろ戦闘も無いのに、歩くだけで一ヶ月も掛かる広さというのが凄まじいですね。

 罠だらけの閉所をほぼ無限に湧いてくる人外の兵士を相手にしながら戦線を押し上げ、外から資材を運びながら砦を建設してと……これだけの広さがあれば攻略に数千年も掛かる訳です。

 物資の輸送や砦の建設の際にも護衛などに人手を割かれるでしょうし、人類側が本気でダンジョンを攻略しようとしているのが伝わって来ますね。


「さぁ、ここが作戦会議室です。ここまで辿り着くのでお疲れでしょうが、ダンジョンの雰囲気が何処かおかしいですので早目に情報共有を行いたいと思います」


 なるほど、隻眼のダンジョンが現在戦争中という事は知らなくても不穏な空気は感じ取っているようですね。

 指揮官に促されるままに、勇者一行がゾロゾロと室内へと入っていく。


「まず最初に紹介致します。コチラが封魔師のコレット殿です」


「紹介に預かりました、封魔師のコレットと申します」


 部屋の奥に座っていた女性が柔らかい声を発しながら立ち上がる。

 向こう側が薄らと透けて見える布で顔を隠し、厚手のローブ……とういうよりは法衣と呼んだ方が正しい衣服を纏った格好をしています。

 彼女がダンジョン攻略に欠かせず、またダンジョンを封印する役目を負った人物ですか。要注意ですね。


「では現在の隻眼迷宮の状況ですが――」


 全員がそれぞれ自己紹介を終えたところで、指揮官が本題に入る。


「通常であれば毎日のように押し寄せて来ていたゴーレムの軍勢が数ヶ月前から一切姿を見せなくなり、偵察に出した兵士達も誰一人として帰って来ていません」


「一人もかい?」


「えぇ、そうです。そのため我々は追い込まれた隻眼迷宮が自らの領域を取り戻そうと反抗作戦を考えているのではないかと警戒しておりました」


 ふむ、この様子ですと隻眼はかなり前から私達へ目を付けていた様ですね……私がアークに喚び出された後か、それとも前なのかは分かりませんが。


【何か狙われる心当たりはありますか?】


「(そうだなぁ、俺様を吸収できれば優勝に近付くのは間違いねぇだろうが……)」


【心当たりはあれど、確信的な物はないと】


「(そうなるな)」


 まぁ、いいでしょう。指揮官の話の続きを聞きますか。


「しかし、こうして勇者様方が最前線に到着するまで隻眼迷宮に動きはありませんでした」


「もしかして息切れしてる?」


「かも知れません。ここ数百年はダンジョン内での死者は少なく、領主一族も潔白である事が証明されていますので上の街から人々が搾取されている線も考えづらい」


【……】


 チラリと封魔指揮官の女性を覗き見してみますが、特に変わった様子はありませんね。

 封魔師はダンジョンを封印する事ができ、また玉座の間が何処にあるのか探る事が出来るとの事でしたが……どの範囲がダンジョンの領域なのかを知る事は出来ないという事でしょうか?

 あくまでも現在地から玉座の間までどのくらい離れているのかを知れる程度? やはり本拠地が近くなければ、カシムという剣士の様にダンジョンの気配は感じ取れないのでしょうか……彼も既にダンジョンの領域内に足を踏み入れておきながら、下水道への入口を前にしてやっと気付いたくらいですからね。

 勇者を前にブラフを張る意味も無いとは思いますが、結局のところは本人でないと真相は分かりません……アークという部外者が居るからとこの場では濁しているという可能性もありますし。


「つまり本当に今が攻略するチャンスなんだ」


 何とかの剣と呼ばれていた女性のその言葉を聞き、勇者達の間で安堵の空気が流れる。


「良かった……女神様に名指しされる程に危険なダンジョンだって聞いてたから、それの何処が最初に攻略するに相応しいのよって思ってたのよ」


「既に攻略寸前なら安心だね」


 まぁ、はい……勇者側の事情は概ね把握しました。

 勇者達に自信と経験を積ませると同時に、隻眼などという有名ダンジョンを召喚されて早々に勇者達が攻略したと世界に喧伝できる実績が欲しかったというところでしょうか。


「はいはい、安心するのはまだ早いよ。これが罠の可能性もあるんだからね」


「……そうね」


 女性聖騎士の言葉で浮き足立っていた勇者達が落ち着きを見せる。


「それで? 攻略の手順は?」


「隻眼迷宮を攻略する為に必ず制圧しなければならない玉座の間ですが、この砦よりそう離れていない事を確認しています」


「移動される懸念は?」


「ダンジョンに宣戦布告を致します」


【ほう、コチラの視点で見れるのですか】


 ダンジョンが行う戦争は何も同族との主導権を賭けたモノに限らない。

 こうしてダンジョンを追い詰め、攻略をする際に人類は我々へと宣戦布告を行う。

 この際にダンジョン側はそれを拒否する事も出来ず、また玉座の間を移動させる事も出来なくなる。

 しかし予め定められた制限時間までに攻略する事が出来なければ女神はダンジョンへ自らの力の一部を譲渡し、封印の緩和を遂行しなければならない。まさに大詰めという事です。


「準備は?」


「コチラは何時でも大丈夫です」


 果たして、どのような儀式が行われ宣戦布告が成るのか。


「だったら速攻でやっちまおうや」


 などと考えていると、アークと喧嘩していた不良少年が口を開く。


「宜しいのですか? 長旅でお疲れでしょうし――」


「るせぇ! これ以上の時間を掛けるのは面倒なんだよ!」


「和久井……まぁ、確かに砦から砦へ移動するだけで疲れていませんし、むしろあまり身体が動かせなくて参っていたのも事実です」


 ふむ、勇者達の様子を見れば一部を除いてほぼ全員がこのまま宣戦布告する事に乗り気な様ですね。


「えぇっと、コチラは何時でも行えるように準備は出来ていますが……本当に今からで宜しいので?」


「そ、そうだよ……急過ぎるよ……ご飯を食べて寝て、一晩英気を養ってからでも良いよ……」


「飯なら道中食ったし、勇者になってから全然疲れねぇし、むしろこれ以上じっとしているとキレそうだし」


「私も早くこんな薄暗い場所から外に出たいわね」


「ダンジョンの被害が無くなるのなら早いに越した事はないと思う」


「お前らマジかよ……」


 弱気な女性と、桜庭さん以外の方々はもうやる気満々ですね。


「そ、そうですか……ではコレット殿、宜しくお願いします」


「あ、はい」


 どうやら勇者達は危機意識が足りないというか、地球から呼び出されたばかりでイマイチ地に足が着いてない印象を受けます。

 コチラとしては好都合ですが、地球の日本という国がかなり平和だったと聞いてもこの世界の人に完全に理解して貰うのは難しいでしょうし、もしかしたらこの世界基準の平和だと思われて認識のすり合わせが上手く行っていない可能性がありますね。

 土壇場で自分が死ぬ可能性に怖気付くのは良いですが、ある程度まで進んだところで瓦解して欲しいところです。


「【████████████】」


【全く聞き取れませんね】


「(女神の言葉だ。耳が腐るから塞いどけ)」


【そうなのですか】


「(同時にルーン文字も向こう側には上手く認識できねぇ)」


 まるでお互いにお互いの言葉を拒絶し合っているみたいですね。


「……おや?」


「どうかしましたか? 不測の事態でも」


 アークに言われた通り、耳を塞ぎながら長々と祈っている封魔師の女性を眺めていると不思議そうに首を傾げるのが目に入る。

 宣戦布告とやらは終わったのかと、彼女の言葉を全員が待つ。


「いえ、宣戦布告は終わったのですが……」


 コチラに振り向き、指揮官へと封魔師の女性が応える――


「――玉座の間が二つありますね」


 ……ふむ、どうやら私達も巻き込まれたみたいですね。


【戦争中でダンジョン同士が繋がっていたからでしょうかね】


「(ま、そうだろうな)」


【こうなっては仕方ありません。少し予定を早めましょう】


「(いいのか?)」


【同族との防衛戦で玉座の間を移動できなくなるなど、不利にも程があります】


 結局のところダンジョンとしての規模は隻眼が上ですし、のらりくらりと玉座を移動させながら時間を稼ぐという手段が取れないのであれば攻め手に回った方が良いです。


「(クックック……隻眼が驚く顔を見れねぇのが残念だ)」


【はいはい。ではいきますよ――】


 今まで私達が隻眼のダンジョンを攻略するに当たって何をしていたのか?

 それは動植物達との交渉を行う事と、隻眼のダンジョン内に設けられた各砦内の兵士達に協力者を作る事でした。

 湖畔の都市ルツェルンに向かう道中で、または都市の中で動植物達と交流を持ち、立ち寄る砦内で兵士達にアークを信頼させて布石を打っていた。

 奇しくも隻眼とは考え方が似通っていた様ですが、多分私達が占領する領域の方が大きいのではないでしょうか――


【―― ウイルド


 その、同族との戦争で用いられるブランクルーンを励起させる……地上部分に林立する木々に刻み、方々に散った動物達に与え、砦の兵士達に持たせた文字を起点として一気に陣地が塗り替えられていく。

 その範囲はルツェルンを中心とした広大な地上部分に限らず、人類が長い年月を掛けて築き上げてきた占領地域をそっくりそのまま乗っ取る形で隻眼の大部分を占拠する。


【さぁ、攻守逆転です――】


 後はどうやって勇者達を出し抜くか、ですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る