隻眼迷宮編.60.開戦


 ――ダンジョン同士の主導権争いには幾つかの法則ルールが存在する。


 一つ、宣戦布告した側の悪魔ダンジョンとそのマスターが直接乗り込まなければならない。


 これは言わば釣り合いの問題であり、通常時の防衛と違いダンジョン同士の共食いでは攻め手側が有利になり過ぎるからである。

 ダンジョン内に拠点を築き、そのエリアでこれ以上の改造をされない様に苦心する人類側と違い、ダンジョン同士の争いでは占領したエリアを丸ごと自分の手足とする事が出来るからだ。

 そのエリアで罠を増設できない、直接配下のモンスターを配置できない、そんな事はダンジョン側からすれば些細な問題でしかない。

 人類に拠点を築かれたのであれば、その分だけさらに地下に潜りつつ隣接するエリアからモンスターを放てば良いし、これ以上の進軍を許さない様にこれまでの戦闘データから効果的な罠を後から増設すれば良い。

 少なくともこれを繰り返すだけで、隻眼のダンジョンは発見されてから千年も持ち堪えた。


 しかしダンジョン同士では勝手が違う。文字通り自らの手足を奪われるのだ。

 制御の効かない自身の手で首を締められ、勝手に動く自らの足で死地に飛び込むかの様に……奪われた罠やモンスターはそっくりそのまま侵略者の尖兵へと早変わりし、そして場合によっては窒息・・する。


 だからこそ、釣り合いを取る為に攻め手側は自らが乗り込み敵地で討ち取られるリスクを、不在時に本拠地を別のダンジョンに攻め込まれるリスクを背負わなければならない。


 二つ、お互いに身体の主導権を奪い合う性質上ダンジョンの構造は丸裸にされる。


 これはルールというより、自然とそうなってしまう仕様と言った方が正しい。

 例えるならば握手した手が癒着し、神経までもが相手と繋がっている様なものである。

 どちらが先に相手を吸収できるかの綱引きである為に、自然と二つのダンジョンは相手の身体を奪おうと命令を送り続けお互いに影響を受けてしまう。

 必然と攻め込んでいるダンジョンの玉座が何処にあるのか、攻め込んで来ているダンジョンの本体が何処にあるのか、そういった情報が瞬時にお互いに共有される。


 そして三つ目――






「【あー】」


 ほぼ同時に、私とアークからなんとも言えない力の抜けた声が出る。


「? アークさん?」


 たった今、私達は隻眼と繋がりました。お互いがお互いの腕を引っ張り合う様な、身体の主導権を奪い合う綱引きが開始され、そして開幕で地上部分を奪われてしまったみたいですね。

 完全に想定外の事態ではありますが、まだ深刻な事態とまではいっていない様です。それよりも勇者達が大手を振って活動しているというのに、隻眼側から何もアクションが無い事に合点がいきました。

 悪魔とマスターが出払っているのですから、臨機応変に細かな対応など出来る筈がありませんでしたね。


「んにゃ、何でもないぜ」


「そうですか、ここはもうダンジョンの中ですから気付いた事があったら遠慮なく言ってくださいね」


「あぁ」


 隻眼のマスターが何者であるかは未だに不明ですが、ここ数日の情報収集では領主やそれに近しい重要人物が街を離れたという情報も、暫く表に出て来ていないという情報もありませんでした。

 つまり領主か、その一族の誰かがマスターという私の推測は外れていた? ……いえ、影武者が居るとか、表に出していない隠し子がマスターだとか、そもそも領主一族自体が遥か昔にダンジョン側が用意した傀儡という線もありますね。

 どちらにせよ、全くの無関係という事は無いでしょう。


「(どうする?)」


【……相手はまだ、私達がここに居る事を知らないはず】


 不意打ちによって地上部分は奪われ、強制的な開戦によってダンジョンの構造は丸裸になってしまいましたが、悪魔とマスターが何処に居るのかという正確な位置まではよく分かりません。

 恐らくですが、ダンジョン本体とは半ば独立した動きが出来る存在だからでしょうか……いえ、シンプルに釣り合いの問題かも知れませんね。

 どちらも分かる、もしくは侵略者にしか分からないでは攻め込む側が有利になり過ぎ、防衛側しか分からないでは今度はコチラが有利になり過ぎる。故にどちらにも分からなくしている、が正しいのかも知れません。

 どちらにせよ相手の位置は分かりませんが、宣戦布告してきた側なので私のダンジョンに居る可能性は高いでしょう。

 そして逆に相手は私達がダンジョンの奥底で自分達を待ち構えていると、そう思っている筈です。


【であればこのまま当初の予定通りに布石を打ちつつ、相手が気付いた時には手遅れな深度まで侵食してしまいましょう】


「(一部予定を早めて奪われた分を奪い返しても良いと思うが?)」


【それだと私達がここに居るとバレてしまいますし、自分達の本拠地を落とされる前にと攻略を急がれるかも知れません】


 宣戦布告した側であり、最初に戦果を挙げたのも向こうですから、自分達の本拠地に逆侵攻されたからといって急に引き返すとは考えづらいですね。物理的な距離もありますし。

 まさか勇者達と手を組んでいるとも思わないでしょうし、相手よりも侵攻できていると考える可能性が高く、そう考えているのなら先にゴールするべく攻略速度を上げようとする方が自然です。


「(油断させて一気にっていう事か)」


【そうです。相手を焦らせるならば最も効果的なタイミングで……侵攻よりも防衛に回った方が良いと考えるであろう時に盤面をひっくり返します】


 相手がどのような手段で一気に領土を切り取ったのかは分かりませんが、私のアンスールの文字も使い方によっては同じ結果が得られるのですよ。


【さて、その為にもきちんと私の代わりに交流・・して下さいね】


「(……はぁ、人見知りなマスターを持つと大変だぜ)」


【いやまぁ、何らかの方法で嘘を判別されて信用を得た今なら入れ替わっても問題ないでしょうが、私にアークを演じる事は無理ですよ】


「(へいへい)」


 一度でも疑いを持たれてしまえば、一回でも『本当にアークさんですか?』などと問われてしまえば終わりなのですから油断は出来ません。

 何よりも、コチラからは相手が嘘判別の手法を使っているのかどうかさえ感知できないのですから尚更です。常に使われていると思うべきです。


【では、私は今の内に何時でも権能を扱える様に準備しておきますね】


「(おう、頑張れよ)」


 さてさて、なるべく長い時間を維持できれば良いのですが――

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