隻眼迷宮編.59.侵略


「ほ、本当に神田さんじゃないのか?」


 アークさんを一目見てそう動揺するのは松井まつい陽介ようすけ――この班のリーダーだ。

 自覚していたのかどうかは分からないが、彼は地球に居た頃から神田さんに惹かれていた節がある。

 だからこそ、自分が気になっていた相手と瓜二つの別人が現れて困惑しているんだろう。なまじ本人がまだ見付かっていないし。

 迷子とその捜索を今もしている二人が帰って来たら一応神田さんの情報が無いか聞いてみようかな。


「おう、俺様はアークってんだよろしくな! ……にしてもこの部屋くっせぇな」


「そ、それはすまない……」


「男子の部屋だから仕方ないわよ、私達の部屋に男子をあげる訳にもいかないから我慢してちょうだい」


 これだよ、この物言い……まるで和久井みたいに思った事を素直に口に出すこの性格でもう俺達の知る神田さんではない事がよく分かる。

 顔はよく似ているけど、俺の事を桜庭さんではなく大輝と下の名前で呼び捨てするなんて事も彼女では有り得ない。

 というか松井と同じく委員長の桐谷さんなんか、女性でありながら粗暴な男性のように振る舞い初対面で馴れ馴れしく下の名前で呼んでくるアークさんの言動に頬が引き攣っている。


「……少しいいかな?」


「なんですか、レザーさん?」


「彼女の顔は君たちの言う行方不明の勇者様と瓜二つなんだよね?」


「えぇ、そうです」


「……私、彼女とこの街で会ったかも知れない」


「『えっ?!』」


 まさかの予想外の方向からの情報にその場に居た者たちが全員驚いたような顔をする。


「君たちが受け取る筈だった資料を渡されてしまった人物が彼女だと思う。ちゃんと髪も目も黒色だったよ」


「……そんな偶然が」


「でもそうか、神田さんもダンジョンを攻略しようとしてたのか」


 驚きはしたが、それでも彼女もきちんとこの世界に来ていて俺達と同じ様にダンジョンを攻略しようとしているのが分かって何処かほっとした。

 まだ召喚前に起きた事件の事とか不安要素はあるけれど、それでも今も無事に生きている可能性が高くなって良かったと思う。


「今は何処に居るんだろう?」


「組合が薦めた宿に泊まってる可能性が高いと思うよ、メモを見てたし」


「なるほど、それじゃあ自分達のメモをもとに手分けして探してみようか」


「桜庭の言う通りだ。ここは未だに一人で頑張っている神田さんを保護するべきだと思う」


 保護、か……松井は神田さんの事になると冷静に判断できなくなるところがあるからと、稲田先生から俺にだけこっそり伝えられた彼女の家庭環境の事を思うと、もっと早くに行われるべきだったと考えてしまう。

 まぁ、今さらそんな事を考えても詮無きことで、今はただ彼女が地獄みたいな家庭から解放されている事を祝ってあげよう。

 そこまで仲が良かった訳じゃでもないし、急に家庭環境の事に言及されても困るだろうから心の中でこっそりとだけど。


「居ないと思うがな――」


 そんな根拠不明のアークさんの呟きに首を傾げつつ、俺達は二人一組になって神田さんの捜索に乗り出した。






「――やっと着いたな」


 ここがかの悪名高き神核しんぞうのダンジョンか。

 都市を丸ごと呑み込んだとは聞いていたが、まさか住民を全て虐殺しているとは思わなかった。

 神核しんぞうがダンジョン内に生きた人間を留めて搾取する利点を知らないとは思えないし、何かしらの理由があんのか?


「お前はどう思う?」


【そうだな……生前の人格を受け継いでいるのなら、今も人類に対する強烈な憎悪を抱いている筈だ】


「なるほど、感情的な面で殺したって事か」


 まぁ、これから先の収入源が無くなって困るかもしれないが即座に纏まった元手を用意できるという利点もある。

 それをどう活かして、損失やデメリットを埋めるのかは分からねぇが。


「コンラート坊ちゃん、周囲に教会関係者が沢山居ますよ」


「当然だな」


 神核しんぞうの目覚めに世界中の神素や魔素が騒ぎ立て、何かしらの加護を得ている者は天啓だって受けているだろう。

 一般庶民、果ては動植物に至るまで規模の大小や自覚か無自覚かの違いはあれど、本能や魂の奥底に根差した根源的恐怖を思い出した程だ。

 かの伝説の大悪魔には女神だけでなく、世界中の全てがトラウマを抱いているらしい……そんな本丸が本格的に動き出したとあれば教会が黙っていられる筈がない。


「まだ勇者達は育ち切っていないと聞くし、あれは攻略よりも偵察や監視が目的だろうな」


「そうなんですかい?」


「ダンジョンが氾濫した時にすぐに報告を飛ばせるように、または無謀な挑戦者が挑んで養分にされない為のな」


「……私達とは偉い違いですね」


「ふんっ、同じ女神からの指名手配とはいえ神核しんぞうは今も俺達人類を恨んでいるだろうからな」


 数千年前に何があったかは知らねぇが、何をどうしたら女神が恐れる程の悪魔の恨みを買えるのかねぇ……いったい僕達のご先祖様は何をやらかしたのやら。


「ちなみにププラはどうだ? まだ人類に対する恨みはあるか?」


【私か? そうだな……吐瀉物程度の嫌悪感はあるが、それだけだな】


「じゃあ完全復活したらどうするつもりなんだ?」


【先ずは何世代にも渡って私に協力してくれたお前の一族に対して報いる】


「そんで?」


【それで――】


 何処か恥ずかしそうな、言いづらそうな雰囲気が脳内に溢れるという奇妙な感覚に背中がむず痒くなる。


【――世界を見て回りたい、だろうか】


「お、おう」


【出来ればお前か、お前の子孫と一緒にな】


「……考えとく」


【ふふっ、よろしく頼むよ】


 けっ、コイツが本当に世界を破滅へと導いた悪魔の一部とか言われても信じられねぇな。


「とりあえず教会の奴らには気付かれない様に潜入するぞ」


「私達はどうしましょう?」


「お前達は離れたところで拠点を作り、近場の人里から物資を供給し続けられる体制を用意しろ」


「了解です」


 一回の侵攻で玉座の間まで辿り着けるとは思えねぇし、そうなると出来るだけ節約する為に食料や日用品にDPは使いたくない。

 コイツらは戦闘技能こそ無いが、こういう後方支援に関しては優秀だから任せても大丈夫だろう。


「――《召喚》」


 本拠地のダンジョンからゴーレムを喚び出し、部下達の護衛として置いておく。


「コイツらを死ぬ気で守れ」


『――』


「よし」


 ぼんやりと伝わって来る了承の意思に満足気に頷き、早速ダンジョン攻略へと取り掛かる事にする。


「――ラド


 ルーン文字が刻まれたルビーを砕き、その場から元トリノ市上空へと転移する。


「――《召喚》」


 ゴーレムを召喚した端からラドで街の外周ギリギリへと飛ばし、そのまま地上へと落下させていく。


「―― ウイルド


 ゴーレム達を触媒として、ダンジョンマスターなら誰もが使える基本的な文字――ブランクルーンを発動する。


「……地上部分の制圧は完了だ」


 空絶眼で作った大気の足場から都市を見下ろしながら、地上部分が僕の一部となった事を――相手の身体を切り取った事を悟る。

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