第1話

「うぅぅ」


 木に体を預けて眠る女性が魘されている。何か悪い夢を見ているようだ、すると突然、


「うわあああ!!」


 と、叫びながら飛び起きる。荒い息を吐きながら女性は自分の状態を確認する。頭は寝起きのわりには冴えている。呼吸が荒くはあるが、体のどこかに異常があるようには見受けられない。何処にも異常はなく至って健康、正常の肉体状況のようだ。何かとてつもなく悪い夢を見ていた筈なのにどんな夢を見ていたのか覚えていない。


 夢の内容を思い出そうとする。

 ▶︎思い出せないなら仕方が無い。


 思い出せない。違和感を感じるが、それよりも寝ている間に大量にかいたのであろう汗が気になる。近くに川があったはずだ、体を拭こう。そう女性は思い、荷物を持ち立ち上がる。釈然としない気持ちを切り替えつつ川へ向かう。すぐ後ろの森に入り、少しした辺りで水の流れる音が聞こえる。抱えていた荷物を置き、バックの中から綺麗に畳まれた布を2枚取り出す。今まで付けていた装備を外し、衣服を薄手にする。畳まれた布を水につけ、湿らせる。湿らせた布でまず顔を拭き、その後に身体を拭く。その後、もう1枚の布で顔を拭き、身体の水気を取っていく。水気を取り終えた布を元々入っていた所とは別の袋に入れる。一連の行動を終わらせた女性は座り込み「はぁ」と溜め息を吐く。その溜め息には呼吸が落ち着いたことに対する安堵と嫌にリアルに感じられたあの夢の内容を思い出せない事への不甲斐なさが含まれているように思える。そして女性は川を覗き込み水面に映る自分の姿を見て、思考していく、

(私の姿は先程身体を拭いたおかげでマシにはなっているが全体的にまだ汚い。最近1度も身を清められなかったのだろう。)


 ▶︎自分の顔を見ていく。

 服装を見ていく。


(顔は綺麗だったのであろう面影があるが無粋にも右目の下辺りに肉を削られたような跡が残る。髪は銀色で毛先の方は黒くなっているようだ。年齢はおよそ23程であろう。)


(✓)自分の顔を見ていく。

 ▶︎服装を見ていく。


(服装は今は袖がなく肩や脇が見える白のシャツを着ている。両腕には手の先から肘の辺りまである包帯のようなものが巻き付けてある。これは特殊な物のようで濡れたり燃えたりすることは無い物のようだ。)


 服を着ながらまだ思考は続く、


(その上から動きやすいのを意識した水色をアクセントにした白い上着を着て、そしてケープを羽織っているようだ。下の服も動きやすさを意識したズボンを履いている。)


 客観的に自分の見た目を見終えた女性は自分のことについて、思い出しまとめ始める。


(私の名前はヘルナ、ラクサンテの街にあるギルドに登録して世界を旅して回っている旅人だ。旅の目的は復讐のため。ーーーーにヤツに復讐することだけが唯一の私の目的であり、私の覚えている昔の記憶だ。)


 そうやって考えをまとめていると森の奥の方から声が聞こえてきた。


「逃げるよノルン!」


 その声が聞こえた数秒後ガサガサとした音が近くで聞こえ始めた。武器を呼び出し構える。そして次の瞬間、草木の間から飛び出してきたのは2人の亜人族の少年と少女のようだ。警戒は解かずに見つめているとその2人はヘルナに気づかず、また駆け出していこうとする。が、突然亜人族の少年の方の首に枷が嵌められ引っ張られる。少年は咄嗟の判断で手を離し少女を突き飛ばす。少女の理解が及ばないうちに少年は引っ張られていく。少女は数秒固まるがやっと理解したのか名前を呼び、少年を追いに戻ろうとする。


「コルーーーーッ!!」


 すると、奥の方から苦しげながらも少年であろう声が聞こえた。


「来るなノルン!そのまま逃げろ!」

「嫌よ!貴方も!」

「僕のことは諦めろ!お前だけでも生き残るんだ!」

「ッ!」


 それ以降少年の声は聞こえなくなった。少女は泣きながら駆け出していく。


 少年の方に行く。(⚠︎)

 ▶︎少女の方に行く。


 少年の方に行くのは危険な気がする。追うなら少女の方だろうと思い、ヘルナは駆け出す。少女ノルンを追いながら森の中の違和感に気付く、亜人族の少年と少女が逃げていたことも十分異常だが、その他にも、こんなに森の奥まで来ているのに魔物が一体もいないのは可笑しいのである。この森には、虫のような姿をした魔物と獣のような見た目をした魔物が生息している筈なのでそいつらの姿が見えない事も十分異常なのだ。これは何かがあったなと考える。そう思考している間に少女の背中が見えてきた。いくら亜人族とはいえここまで来るのにも結構な距離走っていて体力を消費していたのであろう少女に追いつくのは容易かった。


 ▶︎呼び止める。

 捕まえる。


 少女の前に回り込み呼び止める。


「おい、お前この森でな「ひっ!」…」


 ヘルナが言葉を言い切る前に少女は悲鳴をあげ、別の方向へと逃げようとする。即座に逃げようとする少女の腕を掴み、振りほどかれないように手に力を込める。少女は振りほどこう暴れる。少女の力はかなり強く、油断するとこちらの腕が持っていかれそうだった。少女はどれだけ暴れても自分の腕を掴んでいる手が離れないのを見て段々と疲れ始め最後には弱々しく腕を引っ張る程度の力になっていった。

 抵抗をやめ俯いた状態の少女にヘルナは、逃げ出すことは無いだろうと判断し手を離した。そして、もう一度問いただす。


「おい、お前この森で何があった。詳しく話せ。」

「え?」

「質問に答えろ。」

「は、はい!」


 少女は自分も連れていかれると思っていたのか質問してくるヘルナに驚いた顔を見せたが、直後に強い口調で再度言われたことでおずおずと喋り始めた。


「私は、見れば…わかると思いますが亜人族です。私達は、住処で畑を耕したり、この森で狩りをしたり、近くの街に行って仕事をしたりしていました。街の方達とも…仲良くさせてもらっていたと思います。私は街で働いていたんですが…今日も街に行って仕事をしようと家を出た時外の方から鎧を身に纏った人達が来て、外に1番近かった同族に何か枷のようなものを付けて拘束してきました。それを見た別の同族が何をするんだと言って掴みかかろうとして、その人も同じように枷を嵌められ拘束されました。すると、奥の方から鎧を来た人達のリーダーらしき男が歩いてきました。鎧の集団の前の方に立つと男は「今からお前達は、我々の国の所有物になってもらう。抵抗してきてやむ無しとなった場合は、容赦無く殺すので抵抗しないことをを薦める。」と言ってきました。それを聞いて怒った1人が武器を持って立ち向かって行ったのですが、その男にやむ無しと判断されたのでしょう。男が持つ剣のような槍のような武器で同族を一瞬で殺してしまいました。皆それを見た瞬間、恐怖のあまり蜘蛛の子を散らすように逃げ出しました。私もそうです。他の人がどうなったのかは分かりません。一緒に逃げていた人がいたんですがその人もさっき捕まってしまって、その後は貴方に捕まって今に至ります。」


 事の経緯を言い終えた少女は、何をされるのか分からずビクビクとしながらヘルナの返答を待っている。

 そんな少女にヘルナは、


「そうか情報提供感謝する。後は好きにしろ。」


 そう言い森の奥の方に向かう。少女は何もされなかったことに驚き、ヘルナに何もしないのか聞こうとそちらを向くともう既にそこに姿は無かった。





 ヘルナは森の奥にあるであろう亜人族の住処に向かいながら考える。抱える荷物や服装を見るにあの後回収しに1度戻ったようだ。

(あの少女が言っていたリーダー格の男が持っているという武器…もしかしたらその男ヤツに繋がる手がかりかもしれない…)

「起きろ、シャクア」

 そうヘルナが言うと突然ヘルナの手に先程までなかった筈の鞘に入った1本の剣が現れる。ヘルナが剣の持ち手を握り、回すと鞘から時計が時を刻む音が聞こえ始めた。カチッ…カチッ…となる音を無視しヘルナは剣を抜く、1本の剣のように見えるがこの武器は短剣と長剣に別れた日本の武器のようである。見た目は時計の短針と長針に似ている。その武器を腰に下げ、息を落ち着かせたヘルナは、荷物から小瓶を出し一気に飲み干す。そして、小声で何か呪文のようなものを唱えた。


「…ぜ…りて…去る」


 すると、ヘルナの周りに風が起こり始めた。ヘルナは巻き起こる風を気にせず走り出す。荒れた山道を一瞬で駆け抜け亜人族の住処であろう場所が見えるてくる。木の後ろから亜人族の住処の様子を窺う。外から見て、家が荒らされた形跡は無く、たくさんの人が逃げ惑ったような後も無い。場所を変え広場のような場所を見る。


「あれは…何だ?」


 広場には何かを祀っているかのような彫像が置かれその前には祭壇のような物がある祭壇には先程見た少年が横たえられている。少年は眠っているのか気絶しているのかは分からないが意識は無いのは分かっている。それ以外に人の姿はなく、先程質問した少女が言っていた。鎧を身に纏った者達や、そのリーダー格であろう男の姿も見えない。隈無く当たりを探し、あの少女が逃げるために嘘を言ったのでは?と疑い始めた頃動きがあった。誰かが走ってくるのが見える。方向的にあの少年の元のようだ。どうしようか考える、


 あの少女と同じく少年の元に向かう。

 ▶︎怪しいのでまだ様子を覗う。


 あの少女が本当の事を言ったのか怪しいので様子を覗うことにする。



 少女は少年の元に着くと少年を揺らし始めた。


「起きて!一緒に逃げよう!今なら誰もいないから逃げられるよ!お願い起きて!」

「…」

「お願いだから起きて!」


 そう必死に呼びかける少女に対して無情にも少年はなんの反応も返さない。反応を返さない少年を少女は引っ張り抱える。


「さっきは助けてもらったから、今度は私が助けるよ!」


 そう言いながら、少女は少年を抱えた。そして、移動しようとした次の瞬間、バタンッと周りの家の扉が開き鎧を着た者達や何か虚ろな目をした亜人族達が出てきた。少女が驚いている間に、虚ろな目をした亜人族達が前を鎧を着た者達が後ろを囲んだ。


「ね、ねぇ皆どうしたの?何でその人たちと一緒に私を取り囲むの?」

「ね、ねぇってば!何か言ってよ!怖いよ!」


 少女が必死に呼びかけるが反応は返ってこない。少女が呼びかける中亜人族達はジリジリと近づいていく。何度も呼びかけ、反応が無いことに恐怖を感じる少女が後ろに1歩下がった瞬間、取り囲んでいた者達が一斉に飛びかかる。それを見た少女は目を瞑る。


(ごめんなさい。私じゃあ貴方のように助けられなかったみたい。わざわざ自分を犠牲に逃がしてくれたのに…ごめんね…)


 目を瞑りそう心の中で謝罪した瞬間、ブォン!と鈍く風を切り裂くような音が聞こえる。


「おい、お前こいつらはお前の同族とやらじゃなかったのか?」


 その声が聞こえ目を開ける。

 少女の前には先程自分に何もせず去った女性が立っていた。


 少女が目を開けこちらを見る。信じられないものを見たかのような反応をするがハッとなりすぐに返答を返した。


「分かりません!確かに同族の皆なのに呼びかけても全く反応してくれないんです!」

「そうか、亜人族の方は殺さないでおいてやる。」


 そう言いヘルナは拳を構える。先程吹き飛ばした鎧を着た奴らと亜人族達がノロノロと起き上がりまたこちらに向かってきていた。飛びかかってくるのを躱し、掴みかかってくるのをいなしながら舌打ちをする。


(チッ…こいつら意識と一緒に痛覚も持ってかれてないか?どう動きを封じる?痛覚も無いなら叩き起すのは無理だ。武器を使って殺す訳にはいかないし…このままだとジリ貧だな。何か策を考えないと。)


 そう考えながらも武器を使いだした鎧を着た者達と亜人族達の攻撃を弾き、躱し続ける。


 キンッ!キンッ!ドサッ!キンッ!

 武器が当たる音が響く、ヘルナが攻撃を捌き続ける中少女の方でも動きがあった。



「うっ…あぁ…」

「コル!目が覚めたの!良かった!」


 少年が目を覚ましたようだ。その事に少女は喜び声をかけている。すると、虚ろな目をした少年が少女の背から降り、フラフラと立ち上がる。


「ねえコルどうしたの?」

「……」

「どうして返事をしてくれないの?」

「………と。」

「なに?どうしたの?」

「……ないと。」

「コル良く聞こえないわ?なんて言ってるの?」

「殺さないと。」


 そう言いながら少年は虚空に手をかざした、すると槍のようなものが現れ、それを取り出すと少女に突き刺した。


 ドスッ!


「え…?」


 突然の事に理解が追い付かない少女は少年を見る。少年は槍を突き刺したまま少女を地面に押し倒し、更に押し込む。


「ゴフッ…!コル…どう…して…?」


 少女の口と刺された場所から血が流れ出す。少年コルは何も言わず、ただ無感情に見つめ続けている。少女は何度も少年に対して「どうして?」と聞き続け、血を垂れ流しながら血に濡れた手で少年の頬に触り、弱々しく掠れた声で「ごめん…なさい…」という言葉を最後に、手が落ち息絶えた。

 その瞬間、今まで虚ろだった少年の目に光が戻る。少年の意識が戻った瞬間、持っていた筈の槍のようなものが粒子となって消えていく。我に返った少年は辺りを見回し、自分が何かに跨っているのに気づき下を見る。少女の死体を直視し、少年は驚愕の表情に染まる。


「え…?なんで…?死んでる…?どうして…?殺したのは…?僕…?」


 そう言いながら少年は涙を流す。


「ゴメンなさい…ゴメンなさい…これは僕の許されない罪だ!でも、約束は必ず守るから…!」


 涙を流しながらも少年は、立ち上がる。

 すると、どこかから拍手が聞こえる。

パンパンパン

と鎧越しの拍手の音の方に少年が向くと茶髪の優男のような顔立ちの男が鎧を着て立っていた。


「素晴らしいです。こんなにも素晴らしいものを見せられてワタシ滾ってしまいそうですよ!あぁあぁ、そこの少年今どんな気持ちですか?恨み?憎悪?悲しみ?それとも絶望ですか?どれだとしてもワタシにとっては最高ですけどねぇ〜」



 男はそう言いながら少年を見る。少年は男を睨みつけ返事はしない。返事をしない少年を見て、つまらない表情をした男は、ヘルナの方を見る。そこでは少し疲れた表情のヘルナが鎧を着た者達と亜人族を未だに捌き続けていた。それを見て男は喋り始める。


「どうですか?そこの女。かの御方から頂いた力で作った傀儡《かいらい》は?どんなに攻撃しても襲いかかってくるのを止めないワタシだけの最高の奴隷を作る力は素晴らしいでしょう?」

「悪趣味過ぎて反吐がでるな。」


 男が聞いた瞬間間髪入れずにヘルナは返答する。そう言われた男は笑いながら、


「あれ〜?でもでも、そんな悪趣味なもののせいで疲れてきているようですが〜!?如何したのでしょうか?」


 と煽るように言う。続けて男は、言った。


「ああでも、最ッ高でしたよ?生きたままもの言わぬ傀儡にされて意識はあるのに何もできない、ワタシの指示に従うだけの人形にされていく時のこいつらのひょ・う・じょ・う・わ!」

「最悪な野郎だ。だがお前が言ったあの御方について吐いてもらう。」


 嫌悪感丸出しの表情を浮かべたヘルナだが気持ちを切り替え、どうやって傀儡になった者達を止め男を捕まえるかを考えようとする。その時、ある事に、


 気づかない。

 ▶︎気づく。


 ヘルナはある事に気づき、男の後ろを見て驚く、その顔を見て男は少年がいる、後ろに振り返る。するとそこには、怒りの表情を浮かべて男を見つめ、先程消えた少女を殺した槍によく似た槍のようなものを持った少年の姿がそこにあった。


「絶対にお前は僕が殺す!!」

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星霊契約 兎ノ月桜 @tukiusa347

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