星夜に誓いし約束の花

「よろしくな、春翔」


ざけんな!

と心で叫んでいた。

オレとあいつの関係はここで終わりとどこかほっとした気持ちだったのに、また休んだのだ。

なぜだ?

昨日学校に来て、今日学校に来るためのハードルは下がっているはずなのに。

今日もまた天ケ瀬の家の扉をノックする。

予想通り返事はない。


「また、あそこか」


木々の合間を抜け、この前の花園であいつの姿を見る。

今回は隅の方で木陰に入り、眠っているようだった。

黄昏の光が彼女の銀髪をきらきらと輝かせる。

うっかりするとその魔性の美しさに囚われてしまいそうになる。


「おい、天ケ瀬。起きろったら」


オレは彼女の肩を軽く揺さぶる。

すると一筋の髪が零れ落ち、オレの手に触れた。


「っ!」


思わず手をどけてしまう。

意識しないようにしているのにオレの心は許してくれそうにない。


「あ・ま・が・せ!」


彼女はようやく起きたのか、ゆっくりと瞼を開ける。

そしてぺこりと頭を下げる。

さながらおはよう、といったところか。


「起きたところで悪いが、これ」


板についてきたような気がするな。このやり取りも。


「お前寝てるとき無防備すぎだろ。ほとんど人が来ないとはいえ、絶対に来ないとはいえないぞ」


天ケ瀬は横に首を傾げる。

寝ることの何が悪いのかと。


「いや昼寝自体はいいんだが。ほら、そのお前みたいな奴が寝ていると危ないっていうか」


天ケ瀬は首を傾げていたが、やがてぽん、と手を打つとメモ帳に書き始めた。


”藤崎くん、わたしのことが好きなの?”


「はあっ!?」


なんだか某有名な曲のサビ入りみたいな声が出てしまった。

このままうっせぇわとでもいえる神経があればよかったのにな。

天ケ瀬は悪戯っぽい表情でさらに追撃を加える。


”いつもわたしのもの届けに来てくれるし。そういえば入学した時からわたしのことを見ていたような”


「んな訳ないって。お前の気のせいだ」


オレにそんな記憶はない。

というか無意識で天ケ瀬を見ていたなら、それはオレ自身がオレを軽蔑する。


”冗談”


「……笑えない冗談だ」


オレは溜息とともにその場に座り込む。

どうしてか、オレたちの住む街を一望できるこの丘の花園は落ち着くんだ。


「どうして今日、来なかったんだよ?」


”どうしてだと思う?”


「分からないから聞いてるんだよ」


”わたし、実は藤崎くんのことが好きなんだ”


「はあっ!?」


本日二度目だ。

そして後に続くのは。


”冗談”


「……まったく受けないぞ、それ」


両手を顔の前で合わせてごめんねと笑いかけてくる。

ああ、まったくもって笑えない冗談だ。


“きっとわたしが学校に行ったら藤崎くんはここに来てくれなくなるでしょ? それが嫌だったの”


オレは心底驚くことになった。

今、彼女はペンを動かしていなかった。

つまり、この話題になることを予測してあらかじめ答えを書いておいたのだ。

それ以上にオレが来なくなるからという答えが胸につかえる。


「それは、どういう……」


“好き、これは本当”


「っ!?」


オレの心臓は壊れたのかと思うほど連打を刻む。


“藤崎くんのこと、前から好きだったんだよ。さっき言ったよね、わたしのことを藤崎くんが見てたっていう冗談。あれは逆なの”


「ぎゃ、く?」


それって天ケ瀬が、オレを入学した時から見ていたということ。

なんだよ、それ。

意味が分からない。


“わたし、藤崎くんと同じ中学校だったんだよ。不登校だったけど”


「それとオレに何か関係でもあるのか?」


オレは天ケ瀬のような生徒がいたとは記憶していない。


“一度だけ、勇気を出して中学に行ったことがある。わたしの噂が収束していなかったその時に。12月7日のあの日、わたしは藤崎くんに救われたの”


オレには覚えがない。


“きっと藤崎くんにとっては何でもない日常のことだったんだろうね。わたしが廊下で先輩に絡まれていたところを君が助けてくれたんだ。噂があればそれを利用しようとする人もいる。その人からわたしを助けてくれた”


「オレはそのときなんか言ってたか?」


“『大丈夫か? お前も色々大変だと思うけど頑張れよ。何かあれば相談に乗ってやるから』”


「……紛れもなくオレだ」


中学時代、中二病を発症していたオレはキザなセリフを好んで使っていた。

一生の黒歴史をまざまざと過去から掘り出された心地だ。


“高校に入って藤崎くんと同じだって知って嬉しかったんだよ。でもあっというまにわたしの噂が広まって、何も話せないまま今日まで”


少しだけ居心地悪げに笑う。

間もなく日は沈み夜闇が支配するだろう。


「オレもお前のこと最近気になってはいたんだ」


口から出たのは心の底に溜まっていたもやもやの原因だった。

意識しないように丸めておいたそれ。

もう、無視も捻じ曲げることもできない。

今この機会を逃せばオレは一生打ち明けることはないだろう。


「オレも天ケ瀬優衣が好きだよ」


――好きだから、引き受けてもいいと思った。

――好きだから、すぐに帰らず言葉を投げた。

――好きだから、こんなにもやもやした。

――好きだから、こんなにも満たされるような気持ちになる。


“じゃあ、キスしてよ”


目をつむり、天ケ瀬は受けの姿勢を取る。


「ん……」


これはオレのものじゃない。

天ケ瀬の吐息だ。

柔らかくて繊細で。


ぎこちない、優しくも甘いキス。

ただ、唇が触れるだけの。


「天ケ瀬、いや優衣。お前の言葉を聞きたい」


優衣は驚いたように目を丸くする。

そして首を勢いよく横に振る。


“そんなことしたら今度はどんな不幸が降りかかるかわからない! せっかく想いが伝わったのに”


「いいんだ。優衣は本当は人との関わりを求めているはずだ。そうじゃなきゃいつも寂しそうにしていることがおかしい。そのヘッドフォンだって寂しい感情を押し殺してまで他の奴らを傷付けないように気を使ってなんだろ?」


“……人を見てないようでいてしっかり見てたんだね。――わかった”


「わたしは春翔くんが好きだよ」


オレは全身の血が沸騰する感覚を得る。

冬の六花を思わせる涼やかな声色。

わずかにうるんだ同じく銀の瞳。

紅潮した真っ白な頬。

……悶絶。


「ねぇ、本当に大丈夫? 顔が赤いし――なんで口元を隠すの?」

「いや何ともなくはないんだ。少しお前の姿に見惚れて、口元が緩んだだけで。というか赤いのは優衣もだろ!」


何をいうんだ、オレは!

キザな昔の自分が戻ってきたように感じた。

優衣はその白い肌がはっきりと赤く変わっている。


「それは、やっと好きな人に気持ちを渡せたから……! は、はずかしいんだよ……!」


オレは優しく彼女を抱きしめる。

大胆な行動ではあったが拒まれることもなく、彼女もオレの背に腕を回してくれる。

何秒、あるいは何分そのままでいたのだろう。

言葉は交わさずともそのぬくもりが心地よかった。


「ねえ、春翔くん。花園を見て」


オレは抱擁を解き、花園に視線を移す。


「すごい……」


一輪一輪の花から小さな光の球が夜空に上がっては消えていく。

まるでファンタジーの世界にいるようなそんな幻想的な風景が広がる。


「わたしの魔法の力をここの花に分けてあるんだ。だから夜になると貯めた力を少しずつ開放するの。わたしの大好きな景色なんだ」


光の球を追って視線は自然と上向く。

その先には三日月が昇っていた。


「今日が満月じゃないのが少し残念な気もするな」

「わたしは三日月も好きだよ。そして春翔くんといる今この瞬間がわたしの一番」

「よくそんなことを平然と……ってそんな湯気が出そうなほど恥ずかしいなら、無理に言わなければいいのに」

「い、いいの! わたしはずっと独りだったんだから! 距離感も微妙なの!」

「ならこれからはそんなことないな」

「え……?」

「これからはオレが藤の文字に誓って傍にいるから」


これくらいキザな方がオレらしいのかもしれない。

天ケ瀬は突然光を流す。

花たちが解き放つ光のせいでそう見えたが、これは涙だ。


「泣いて、いるのか?」


オレは人差し指で割れ物に触るように、優しく拭う。


「だって……! だって、わたしはいつも独りだった! 誰もわたしに手を差し伸べてはくれなかった……! 諦めかけてたところに、好きな人の手が伸ばされてきたんだよ……!? 我慢できるわけがない……!」

「ああ、そうだな。気が済むまで泣けばいい」


淡い月の光が幻想的な花園に二人の影を造る。


一人はゆっくりと手を動かしその背中をなでる者。

一人はその手に身を委ね肩を小刻みに揺らす者。


孤独、寂しさ、優しさ、嬉しさ、切なさ。


感情の渦が混ざり合って、一つの形を浮き上がらせる。

それはきっと何よりも尊くて、何よりも大切なもの。


だんだんと天ケ瀬の嗚咽が小さくなってきた。


「もう冬だ。風邪、引くぞ」

「……うん、そうだね。今日、泊ってく?」

「いやまだ遠慮しておくよ、こういうのは順を追ってだろ?」

「……うん」


オレと優衣は立ち上がる。

視線の高さが上がると、眼下の夜景もはっきりと見えた。

これ以上ない幸福な時間に包まれているな、と感じる。


「そういえばどうして藤に誓って、なの?」

「藤の花言葉は『優しさ』『歓迎』そして『決して離れない』だからだ」

「わたしを照れ殺しにしようとしてるよね!? その手はくわ――春翔くん!?」



♢♢♢



二人の影が去っていく。

途中で少年の方は倒れてしまったようだ。

魔法の呪いは絶対だ。

だが、もし少年が諦めずに少女を愛し続けたのなら――。



天ケ瀬優衣に魔法を与えた何者かは、二人の若き人間の顛末を観測する。

その結末がハッピーエンドで終わるのか、あるいはバッドエンドで終わるのか。

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藤と声呪いの魔法使い 冬城ひすい @tsukikage210

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