第25話 楽しいテスト勉強!(後編)

 (前編の続き)


 二人の会話に一段落ついたころを見計らって、さりげなく声を掛ける。

「どうですか、進み具合は?」

「ああ、うん。ありがとう、こっちは順調だよ」

 俺の問いかけに、先輩はテーブルから顔を上げてこちらに向けた。

 もちろん、今日の勉強会を開くにあたってこの二人に声を掛けない訳がない。楓にとって今回の中間テストは高校生活初めてのテストだ。色々と勝手が分からない所もあるだろうということで、こっちは鷹ノ森高校最強の頭脳がマンツーマンで指導してもらえるというコースだ。

 つまり我が文芸部には今、トライさんが二人降臨している訳だが。

 小夜の方を遠目に伺うと、どこから持ってきたのか頭に「おに」という文字を書いた鉢巻を付けた東雲さんが鬼コーチのごとく半泣きの小夜をしごき倒していた。

 ハハハ……東雲さん、ノッてるねぇ。

 速水部長と苦笑いをする。

 いつもと違う東雲さんを見れること自体は面白いんだけど、勉強会的にはどうやらこっちが当たりだったようだ。鬼コーチを引き当ててしまい、必死に耐えている小夜とは対照的に楓はといえば、マイペースに問題と向き合っている。

 俺と部長が一言二言交わしている間も隣で熱心にペンを動かしている。

 と。

「あっ、そこ間違ってるよ」

「……えっ、ど、どこですか?」

「ここ。disturbがdistubになってる」

「……あっ、本当だ!あ、ありがとうございますっ!」

 早速修正する楓に「ケアレスミスには気を付けてね」と笑顔で返す部長。

 全くの好対照だな。

 部長、めちゃくちゃソフトやん。

 まぁいつも優しげではあるんだけど。

 勉強会、というよりまるで姉弟のようなこのやり取りに俺は微笑まずにはいられなかった。速水部長の楓に対する態度が先輩というよりお姉さんといった感じで、何ともほんわかする雰囲気を醸し出している。

 ああ、一生こっちにいたい……。

「そっちは……って聞かなくても分かるかな」

「ハハハ、すみません…………」

 再び楓が問題を解き始めた辺りで、部長も再び二年生ブースを見やる。

 相変わらず東雲さんが小夜に火を吹いていた。

 小夜が全然はかどってないことくらい、あんだけ図書館で喚いたら分かるよな。

 というか、図書館で喚かせてすみません。

 俺は小夜に代わって部長に一言詫びを入れておく。

 こういう細かい謝罪を俺がしていることをもちろん彼女は知らない。本当に俺って慈しみの心に満ち満ちているよな。さっき人の事を「裏切り者」扱いしたどっかの誰かさんにも見せてやりたいくらいだ。

「まぁ、図書館だから気を付けてもらってね?でも、雨宮さん間に合うのかな。君の話によると、全部分からないと言っていたようだけど……」

「うーん……微妙な所だと思いますけど。だけど、これで今回も前回と同じような成績を取ってしまうとお小遣いが没収されるらしいんで、多分目の色を変えて頑張るはずです…………たぶん」

 確かに目の色は変わってるんだけど。

 あれ、どう見ても「東雲さんが怖いよ~」という方に変わってるんだよな……。勉強よりも東雲さんに気を取られて「内容が頭に入ってきませんでした」なんてことになってないだろうか。

 本当に大丈夫なのか、俺も言ってて心配になってきた。

「まぁ、雨宮さんは東雲さんに任せるとして……君はどうなの?」

「僕ですか?」

 今日の主役は小夜と楓なので、俺が聞かれるとは思っていなかったので少し意外な声を出してしまう。

 俺は、まぁ何というか……。

万年クラスの中央値を取り続けている、ミスター平均値という異名(今考えた)を持つ俺ですから、準備ができているといってもその程度な訳で。つまり言ってしまえば、いつも通りというやつだ。

「俺はまぁ、そこそこですけど……部長はやっぱり準備万端といった感じですか?」

「そうだね。今回はテスト範囲も狭いし、もう一度全範囲を軽く復習してテストに臨む感じかな」

 へぇ~、全範囲をもう一回復習か…………この人レベルが違いすぎる。

 俺なんてテスト範囲を一回やるだけで丁度いいというか精一杯なのに、もう一回復習して臨むとか、どれだけ地盤を固めるおつもりなんだろうか。

 部長の場合は地盤が割れるくらいに固めてる気がする。

「って、遅れましたけどこれ、飲み物です」

「ああ、ありがとう」

 ずっと手に持ったままになっていた、ここに来た理由を部長と楓に手渡す。これを渡したからには俺も戻らないといけないんだけど。

 正直、今の東雲さんに近づきたくない。

 俺にまで小夜の流れ弾が飛んできそうなので、しばらくその場に留まっていると。

「君もこっちで勉強する?」

 部長が俺の意を読み取り、こっちで勉強しないか提案してくれる。

 実際その提案はありがたいし、こっちで勉強したい。自らデッドボールをあたりに行くバッターがどこにいるっていう話だ。

 逡巡する俺に、私が教えてあげるよ?といたずらっぽく目を細めてくる凛様。その眉目秀麗な相貌に思わず酔いしれてしまうが。

 もう一度、小夜を見る。

 彼女は半べそ状態のままで東雲さんの鬼講義を受け続けていた。逃げたそうに体はプルプルしているが、何とか受けているという感じだ。

 俺は一回ため息をつき。

「そうしたいところですけど、ああなってるんで遠慮しときます」

 二人を指さした。

 すると部長もやっぱりといった感じで。

「大変だろうけど、頑張って。もし必要ならば私も手伝うから」

 優しい言葉をかけてくれる。

 さすが速水部長、俺の尊敬する憧れの先輩。

 彼女からのありがたい言葉を頂戴した俺は、意を決して再び戦場へと旅立つのだった。

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俺が書いたネット小説の唯一のファンは、隣の席の美少女でした 春野 土筆 @tsu-ku-shi

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