第24話 楽しいテスト勉強!(前編)

 で、あれから一時間後。

「助けてぇ~~、遊馬ぁ~~~ッ‼‼」

「これはデジャヴか?」

 夕べに聞いたまんまの小夜が俺に泣きついてきた。

 ジュースを買ってくる間に何があったんだ。

「逃げちゃダメだよ、小夜ちゃんっ!」

 するとすぐに怒気をはらんだ東雲さんがやってきた。

 何やら様子がいつもと違う。

「ほ、ほたるんがっ、ほたるんじゃない~⁉」

 ひええぇぇ~、と恐れおののく小夜。

 そんな彼女に東雲さんは眉を逆立てた。

「何言ってるの、私は私だよっ!そんなことより早く机に戻って続きするよ!」

 ほら、と小夜の服を引っ張って机に連れ戻そうとする。だが、小夜は俺にギュッと抱き着いて彼女の魔の手(?)から何とか逃れようとする。

 てか、こんな構図は普通におかしい。

 あの温厚な東雲さんが諸悪の根源・小夜を追い詰めてるなんて。

「東雲さん、これってどういう……」

 さすがに東雲さんの様子に不信感を抱いた俺は東雲さんに尋ねようとしたが、彼女の顔を見た途端に納得する。納得せざるを得なかった。

 あ~、そういうこと……。

 彼女の瞳は使命感にかられた炎がメラメラと燃えていたのだ。

 諦めるな!

 お前ならできる!

 そういう、期待に満ちた熱い魂からの叫びが彼女の奥底から溢れ出している。なるほどこれは、ちょっとやそっとじゃ止められる代物じゃない。

 修造が東雲さんに乗り移った今、彼女にできないことはなかった。

 小夜を連れ戻さん、と小さな体で今も目一杯彼女を引っ張っている。小夜も小夜で「もう勉強やだ~」と俺の腕にぎゅぅっとしがみついて離さない。

 責める東雲さん、粘る小夜。

 壮絶な攻防が繰り広げられてはいるが、この勝負、やる前から勝負は決まっている。

「小夜、それ意味ないからな?」

「……えっ?」

 俺に抱き着いて目をきつく瞑っていた小夜は、俺の言葉にゆっくりと目を開けた。もちろんそこは、さっきまで俺達が勉強していた机の前。

 そもそも俺もジュース買ったら戻ろうと思っていたので、俺に抱き着いたところで東雲さんから逃れることは出来ないというわけだ。

 残念だったな、小夜。

「ありがとっ、遊馬君!」

「それじゃあ東雲さん。こいつを頼んだ」

 ほらよ、と呆然とする彼女を椅子にポンと座らせる。

 少し酷かもしれないが、お小遣い死守のためと考えたら東雲さんの鬼のレッスンも安いものだ。うちの講師は優秀だから、

 この苦しみの先に幸せが待っているはず。

 だから頑張れ、小夜!

「遊馬の裏切り者……」

 俺の声援も空しく、ムスッーと睨まれる。

「…………これもお前のためなんだから。これ、置いとくぞ」

 本当に変わり身が早い奴だ。

 勉強会をすると聞いた時はあんなに嬉しそうだったのに。

 昨日の敵は今日の友というが、彼女の場合は昨日の友は今日の敵である。

「東雲さん、ビシバシと教えてやってくれ」

「なっ……ゆ、遊馬ぁ⁉」

「もちろんだよ!さぁ小夜ちゃん、早く因数分解マスターしないと終わんないよ?」

 吠える小夜を無理やり自分の方へと向けさせる東雲さん。

 目が据わっていらっしゃる……。

 二人に買ってきたジュースを渡した俺は、小夜を生贄にそそくさともう一つの席に移動した。

 といっても、少し離れているくらいだけど。

 だが実際に行ってみると、少し離れているだけのはずなのに俺達二年生組のテーブルとは対照的にピシッとした空気が流れていた。まるで勉強を真面目に取り組んでいます、と周りに誇示しているかのようである。

 ……まぁ俺達が特殊なだけで、こっちの方が当然なんだけどね?



(下に続く)

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