秋といえば、、、。

増田朋美

秋といえば、、、。

もう9月半ばなのに、まだまだ暑くて、秋というのには程遠い日だった。大きな災害もあって、まだ安全に暮らせる季節がやってくるには、まだまだ手間がかかるなという印象である。

それでも、人間の日常生活は、途切れることなく続いているだろう。暑いとぐちをこぼしながら、それでも、変わることなく続いていくのである。

人間だけではない。ほかにも、この世界で生きているのは、動物たちも居る。彼らを人間が飼育していることもあるし、野生として、自分たちの力で生きている動物もある。

その日、杉ちゃんは、二匹の「障害フェレット」を連れて、エラさんの動物病院を訪れた。

「こんにちはあ。」

と、杉ちゃんが、動物病院の入り口のドアを開けると、ちょうどエラさんが一匹の犬の診察を行っていた。立派な黒の柴犬で、杉ちゃんも思わず、はあと思ってしまうのであった。近くには飼い主と思われる、女性も居る。エラさんは、そうねえと言って、その柴犬のカルテを眺めていた。なんだかとても深刻そうな感じなので、

「あれれ、一体どうしたの?なにか深刻な顔しちゃって。」

と、杉ちゃんがいうと、

「そうですね。ウイルス感染とか、そういうことではないと思います。ですが、肝臓が悪いということも確かですし、心臓も、少し肥大していますね。具体的に病名はこうとは言えませんが、もしかしたら、先天的な奇形があるのかもしれません。」

エラさんは、飼い主と思われる女性にそう言っていた。

「このワンちゃんは、どこで購入されたのですか?」

「ええ。ペットショップですが。」

と、女性が答えると、

「どちらのペットショップですか?実は、昨日も同じような症状を呈したワンちゃんが来たんです。」

エラさんは冷静に言った。

「そのペットショップは、もしかしたら、ペットの専門店都筑さんではありませんか?」

「ええ、まさしく、そこです。そこは、いろんな犬が売っていて、人気のあるペットショップだと聞いているけど。」

エラさんにいわれて、女性は、困った顔で言った。

「へえ、どんな犬が売ってるの?」

と、杉ちゃんが口をはさむ。ここではじめて、エラさんも彼女も、杉ちゃんが来ていることに気がついたようであった。

「ああ、ごめんね、予約入ってたわね。ごめんなさい。この柴ちゃんの診察が長引いてしまって、もう少し待って。」

エラさんは杉ちゃんに言った。

「いや、いいんだけどさ。どうせ僕たちは、フェレット二匹の診察だからさ。まあ、気にしないでワンちゃんの診察を続けてください。」

「申し訳ないわね。もうちょっとだから、杉ちゃんはそこで待っててね。」

杉ちゃんがそう言うと、エラさんはにこやかに笑ったが、直ぐにその顔を真顔に変えて、

「いずれにしても、似たような症状で二匹犬が来てるんです。一匹だけだったら、あまり問題にはならないかもしれませんが、二匹同じ店から購入した犬が、同じ症状で、病院に来ているということは問題だと思います。それは、もしかしたら、ペットショップ側の、まずい商売だったのではないでしょうか?」

と言った。

「まあたしかにねえ。商売ってのは、難しいからね。ブームに押されすぎて、犬を供給しきれなくて、そういう欠陥のある犬を売りつけちゃうんじゃないの?」

と、杉ちゃんは言った。

「ええ、そういうことだと思いますね。犬を飼うことを求めている人は、たくさん居ると思いますが、それが多すぎてしまうんでしょうね。犬を飼って癒やしを求めようと言う人が多いから、うる側も、生産が間に合わないということでしょうね。」

エラさんは、困った顔で言った。

「いずれにしても、これからは、定期的に通院していただかないと困ります。一日似一度は、餌に薬を混ぜて、与え続けてください。直接飲ませるのは、嫌がるでしょうから。これからは、普通のペットとしてはいられないと思うけど、」

「ああ、大丈夫大丈夫。正輔も輝彦も、歩けないけど、ちゃんと、生きてるから。それにね、障害のあるペットを飼うと、ほかの人にはできない感動があるから、また楽しいよ。それでいじめたり、捨てたりしちゃだめだよ。それは、ちゃんと、飼い主を全うしてな。」

エラさんの話に、杉ちゃんはそう付け加えた。

「そうね。ある意味、運命的なものもあるかもね。障害のあるペットを飼うって、みんな、嫌そうな顔をするけど、でも、杉ちゃんみたいに、感動があるなんて前向きに考えられたら、最高よ。」

「そうですか。すごいですね。そんなふうにポジティブに考えられば、苦労はしないわよ。」

と、飼い主さんが言った。

「苦労しないじゃなくて、もうしょうがないものはしょうがないだろ。それを、グチグチ言ってもしょうがない。それよりも、そういうペットを持てて、幸せになれるように考えるんだな。」

杉ちゃんは言った。飼い主さんは、杉ちゃんの腕に抱っこされている二匹のフェレットを見た。一匹は前足が一本足りておらず、もう一匹は後ろ足二本がついていない。こんな障害のあるペットの世話をよくできるなという顔をして、飼い主さんは、大きなため息を付いた。

「まあ、たしかになんで自分だけが当たり前の犬を持てないんだとか、そう言うことも思うかもしれないが、でもね、当たり前じゃない人生、当たり前じゃないペットを持つのも、悪いことじゃないよ。」

杉ちゃんは、カラカラと笑った。

「そういうことです。杉ちゃんの言うとおりです。当たり前じゃない人生は、悪いことではありません。私も、それは声を大にして言いたい。日本人は、そういうところに、敏感すぎるところがあるから。」

エラさんは、ここは外国人らしく、しっかりといった。

「じゃあ、花ちゃんの薬を出しておきますから、また二週間に一度来てください。花ちゃんの調子が悪くなったら、いつでも電話くださいね。あたしたちは、いつでもいるから。」

そういうところは、医者らしくエラさんはしっかりと言った。

「わかりました。私も、やれるところまでやってみます。」

「よろしくおねがいしますね、渡辺さん。」

エラさんはそう言って飼い主さんを励ました。ということは、飼い主さんは、渡辺さんという名前だということがわかった。

「そうか。渡辺花ちゃんか。」

と、杉ちゃんは、でかい声で言った。

「それでは、お薬はこちらね、じゃあ、また、二週間したら来てね。」

エラさんは、彼女に薬をわたし、花ちゃんという柴犬を、診察台からおろした。

「ありがとうございました。またよろしくお願いします。」

エラさんは、一見すると、かわいい柴犬にしか見えない花ちゃんが、渡辺さんと一緒に帰っていくのを眺めながら言った。

「大変だったね。犬も、流行りすぎて、生産が追いつかなくて、かわいそうな犬が出てしまうんか。なんか、人間の子供も似たようなところがあるんだろうな。ほら、よくあるじゃないか。あまりにも子供が欲しくて、やっとできたと思ったら、子供が自閉症だったとか。それと一緒かな。」

「まあ、そうかも知れないわね。でも、そういう人は、一生懸命やろうとしてくれるんじゃないのかな。一生懸命生きようとする人は、不運なことがあっても、きっとやり抜けるような気がするのよね。あたしは、そう思うな。」

エラさんは、自分と同じ女性に対して、そういう気持ちを持っていた。女性というのは、そういうところがあると信じたかった。

「そうかなあ。」

杉ちゃんが心配そうにそう言うと、

「杉ちゃんいつも言ってるじゃないの。人間にできることは、あったことに対して、それをどうするかを考えることだって。それは、杉ちゃんだけじゃないわよ。ほかの人だって、それは言えると思うの。」

エラさんは、にこやかに言った。

「それを考えれば、ちゃんと、人間やっていけるわよ。」

「そうだねえ。じゃあ、正輔と、輝彦の診察、やってくれるか?こいつらも、待ちくたびれちまうようだから。」

杉ちゃんがそう言うと、

「はい、わかりました。じゃあ、こちらにいらしてください。」

エラさんは、杉ちゃんを診察台まで案内した。正輔君、輝彦君も、どちらにもからだに異常はなく、健康そのものだとエラさんは診察した。

それから数日後のことだ。今日は、それまでの暑さが引いて、少し涼しくなってくれたようだ。それに、夜が来るのが日が経つごとに、早くなってきているような気がする。そういう事をあまり気にしない杉ちゃんであっても、今日は日が暮れるのがはやいなあと言って居るのだから、確実に季節は進んで居るのだと思う。

多分、時間的に言ったら、そんなによる遅い時間ではないと思うのだが、もう秋になって、夜の来るのが早くなっているのだろう。杉ちゃんが、店を出て、家に帰ろうとすると、もう日は沈んでいて、月が出ていた。杉ちゃんの膝に乗っている正輔くんたちは、真っ暗な中を帰るのは怖いとおもったのだろうか、二匹ともチーチーと声をあげた。

「何、大丈夫だよ。毎年のことだもの。日が暮れるのが早くなるのは、この時期ならではだよな。まあ、何も怖いことはない。」

と、杉ちゃんは、車椅子を動かして、道路を移動し始めた。

「ああ、道路から帰ると、ちょっと遅くなっちまうな。信号待ちとかで、時間食っちまう。じゃあ、バラ公園を横切って、近道して帰るか。」

と、杉ちゃんは、バラ公園に入った。バラ公園の中には、街灯が何本かついているので、完全に真っ暗というわけではない。杉ちゃんが、バラ公園の中を移動していると、一人の女性が犬を連れて、池の近くに立っているのが見えた。

「おい、お前さん、犬と一緒に何をやっているんだ。」

と、杉ちゃんは彼女に声をかけた。彼女は、ハッとした顔で、後ろを振り向いた。

「あれれ、お前さんは、あのときの、女性じゃないか。エラさんの動物病院でお会いしませんでしたか?確か名前は、渡辺さん。」

杉ちゃんがそう言うと、彼女は、ぎょっとした顔で彼を見た。

「何、何も恐ろしげなもんじゃないよ。車椅子の人間に、殺人も、何もできないよ。安心してや。」

と、杉ちゃんは言った。

「そうなんですか。ごめんなさい。わたし、そういうつもりじゃなかったんです。ただ、いきなり声をかけられて、びっくりしただけです。」

と、女性がそう言うので、

「そういう事は、気にしなくてもいいよ。それよりお前さん、ここで何をしていたの?池の前で犬を連れて。確かその犬は、花ちゃんとかいう。僕は何でも覚えてることは口にしてしまうタイプなのでね。でも、何も怖いやつじゃないので、気にしないで。」

と、杉ちゃんは言った。杉ちゃんの言い方は、なんとなく乱暴で、ヤクザの親分みたいなところがあった。そういうわけだから、女性、つまり渡辺さんもびっくりしてしまうのだった。

「一体池の前で何をしようと思ったんだ?言ってみな?何をしようと思ったんだよ?」

「い、いや、ただ池の音を聞いてました。時々、こういうときがあるんです。池は今日は穏やかだなあとか、ちょっと、苛立っているなあとか、そういう事を、きくのが好きなんです。」

「はあ、こんな日が暮れるときにか?」

と言い訳する彼女だが、杉ちゃんにいわれて、また困った顔をした。

「お前さんさ、意味ないことを言ってもだめだぜ。池の音をきくなんて、そんな言い訳しても、隠すことはできない。僕が代わりに言ってやろう。お前さんは、自殺しようとした。その花ちゃんと一緒にな。そうじゃない?」

杉ちゃんにいわれて、女性は、もうだめかという顔をした。

「そんな絶望的な顔をしないでもいいよ。僕がそういったのは、当てずっぽうだったんだ。でも、自殺というのは、やっぱり、やってはいけないんじゃないかなあ。自ら自分の人生を閉じてしまうということくらい、悲しいことはないぜ。」

「幸せな人はみんなそう言うわ。でもね、わたしみたいに、死ぬことでしか救われない人間も居るのよ。」

女性は、ちょっと杉ちゃんにきつく言った。

「そうかもしれないね。お前さんがそう思うんだったら。そうなってるだろうな。」

と、杉ちゃんは言った。

「僕は、別に、生きられないやつが居るから、その分まで生きなくちゃだめだとか、ご家族や、親戚が悲しむとか、そういう事は、いわないけどさ。確かに、お前さんの気持ちの中では、死んだほうが楽になれるしか思えないだろうからさ。だから、お前さんの話をきくよ。」

「話を聞いてくれても、結論としては、そういうふうな事を言うんでしょう。わたし、色々治療受けたから、そういう人をたくさん知っているのよ。そういう人って、自分が偉いように見せるために、そういうこというのよね。悲しいことだけど、いくら相談したって、本当にほしいものは手に入らないのよ。」

と、彼女はそういった。

「まあ確かにそうだな。足の悪いやつが、歩けるやつに相談しても、何も意味はないのと同じだよな。」

と、杉ちゃんは言った。彼女の反応はまた少し変わった。

「僕もそういう事、わからないわけでもないからさ、なんとなく、わかるんだよね。そういう偉いやつに対する不信感。だから、僕は、偉いとか、行けないとか、そういうジャッジはしないようにしているんだ。」

「そうなの。わたし、もう人生終わりにしてもいいかなって、思ったのよ。主人は、仕事に一生懸命やってくれてるし、子どもたちも、もう大きくなって、わたしより、友達や恋人のほうがいいっていうし、それで、わたしのことを必要としてくれる動物を飼ったらどうかって、勧められて、その犬を飼ってみたら、犬が重い障害を持っちゃったし。なんで私は、私の事を必要としてくれる人が誰もいないのかなって、思っちゃって。」

と、女性は、ちょっとやけになっているような口調で言った。

「そうか、そういうことだったわけね。お前さんが本当に欲しかったものは、お前さんを必要としてくれる人やものと言うわけか。」

と、杉ちゃんは、にこやかに言った。

「そういうことなら、その花ちゃんをうんと可愛がってやってくれないかな。僕の家に住んでいる、フェレットの正輔も、輝彦も、二匹とも歩けないけど、でも、ちゃんと餌も食べて、昼寝もして、一緒に遊んで、ちゃんと役目を果たしてる。いくら、足がなくて痛々しい姿といわれても、かわいいことに変わりないから、ずっと飼っている。そういうもんだよ、ペットってのはな。まあ、人間は、いずれは自立して出てっちゃうことはあるかもしれないけど、犬や猫やフェレットは、待っててくれるもんだから。それを、ちゃんとわきまえていれば、お前さんは自殺する必要もないよ。」

「そうかしら。犬が、そういうことまでしてくれるかな。もう私のことなど、誰も見てくれないっていうか、主人も、子どもたちも皆私の事はいらないというか。そういうふうに、家の中はなっちゃってるのよ。私の家は、そうなっちゃった。みんな、ご主人がいてくれて、子供さんたちも無事に自立して、幸せじゃないかって言うんだけど、本当に寂しくて、なんで、こんなに毎日心にぽっかり穴が空いたような気持ちになっちゃうんだろう。」

杉ちゃんが話すと、渡辺さんも本当の気持ちを話してくれた。そういうふうに、本当の事は、本当のことで勝負しなくてはだめだ。どちらか片方が、嘘の気持ちを話していては、心を通じあわせることはできない。

「そうなんだね。それなら、そのワンちゃんと、一緒に生きてみなよ。きっと、そのからだの悪いワンちゃんは、きっとお前さんのことを必要としてくれると思うよ。よく考えてみな、犬は、どんなことができるか。自分では色々できると思うけどさ、でも、人間ができることより、できることはずっと限られているし、犬のほうができて、人間ができない事もあるんだよ。だから、それをもうちょっと考え直してさ、お前さんもからだの悪いワンちゃんと、もうちょっと生きて見ようと思ってみてくれ。」

杉ちゃんは、明るい声で言った。そういうふうに、新しい事を提案するのが、悩んでいる人にとっては、一番効果的な応答でもあった。死にたい気持ちをいけないと頭ごなしにいうのもいけないし、人は生きたくても生きられない人も居るなどと、説教をするのもいけない。よく助ける人は、そういう間違いをすることが多いが、それはあまり効果がなく、ならこうしたらどうか、と提案するのがいちばんの励ましなのである。

「そうね。あたしも、花ちゃんと何かして、生きてみようかな。」

と、彼女は、小さい声で言った。隣で、柴犬の花ちゃんが、彼女をじっと見ているのが印象的だった。犬は、人間に比べるとできないことがあると杉ちゃんは言ったが、もしかしたら、花ちゃんのほうが、彼女の思っていることを、見透かしているのではないかと思われた。彼女が花ちゃんを見ると、花ちゃんは、思わずご主人の渡辺さんに、すり寄っていった。

「ほら、ちゃんとわかってるじゃないか。犬は、意外に、そういう事は、わかって居るもんだぜ。バカにしちゃいけないよ。」

杉ちゃんにそういわれて、渡辺さんは、ごめんねと言って、花ちゃんのからだを撫でてあげた。花ちゃんもそれはわかっているようで、懸命にすり寄っている。

「良かったな。これから、花ちゃんのご主人として、しっかり生きていってくれよ。」

と、杉ちゃんは、大きなため息をついた。そして、ふと空を見上げると、大きな月が、黒くなった空を照らしているのが見えた。

「ああ、いい月だ。秋といえばやっぱり、お月見だよね。秋の月は、いつの季節に比べると、ほんと、いい色しているし、きれいだよね。まあ、太陽みたいに、明るくて格好いいというわけではないけれどさ。でも、ちゃんと光っているということに意味があるんだな。」

杉ちゃんは、にこやかに笑った。秋の月は、静かに二人の人間を照らしているのだった。それと同時に、夏にはない、爽やかな風が吹いてくる。もう秋なんだねと知らせているのだった。








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秋といえば、、、。 増田朋美 @masubuchi4996

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