さよなら、君よ。
たぴ岡
さよなら
朝起きて、カーテンを開けて、窓の外を眺める。「朝」とは言ったが、正午を迎える頃なので正確には昼なのかもしれない。真っ白な明るい世界は僕の部屋とは対照的で、目も眩むような景色だ。
僕は君がいなくなった今も、相変わらずこのつまらない日常を過ごしている。君のいないそのコンクリートを眺めている。もしかしたらそのうち、何事もなかったみたいにひょこっと現れて、こんな時間なのに僕に向かって「おはよう」なんて言ってくれるかもしれない。ニカッと笑って「まだ寝てたのかよ」なんて言ってくれるかもしれない。そんなことあり得ないってわかっているけど。
それでも僕は現実に蓋をして、君がまだ僕の目の前に出てくる可能性を信じているんだ。馬鹿みたいでしょう? そうだよね、僕もそう思うよ。
君は、僕とは正反対だった。暗くて友だちなんてひとりもいなくて、機械いじりだけが生きがいの僕。明るくて一度でも話せば「親友だ」と言ってやれる上に、成績もよくて運動神経だって良い君。どうして僕と君はこんなにも違っていたのかな。君が羨ましくてたまらないよ。いつの日か僕は君になりたいとさえ思った。何の努力だってしてなかったから、不可能のままなんだけど。
――君がいなくなったあの日から、僕の世界は閉じられた。
誰とも話す事なく、誰とも目を合わせることなく生きている。死んだように生きているんだ。君がいないと僕の人生は無色だ。君の色がないこの世界は楽しくもない。生きている意味なんて見いだせない。もしかしたら僕はもう死んでいるのかもしれない、なんて馬鹿なことも考える。だけど君のいない世界を憂うことができてしまうんだ。これは僕が生きている証明になり得るだろう? つまらないけど、僕は生きている。
しばらくこの部屋から出ていない。たぶん両親は心配しているんじゃないかと思う。ずっと前、君がいなくなってすぐの頃は、母が粘り強く僕の部屋に訴えかけていたっけ。「母さんはあなたが心配なの」とか「あなたがいないと私も生きていけないわ」とか、ドラマみたいな台詞を吐かれた記憶がある。父も何か言っていたかな。「お前にはまだ未来があるんだ」とか「そんなことをしていてもあいつは喜ばないぞ」とか。
わかっているんだよ、本当は。僕は今、両親にとってのたったひとりの息子だし、もっと親孝行すべきなんだ。君がここにいたらこうやって言うだろうね。「私よりお前の方が親のことを想ってやれるだろうが」って。君らしいや。
「なあ、姉さん。僕にできるかな」
部屋の隅に追いやられた僕と君のツーショット。これしかなかったんだ、君が映っている良い写真は。どうしてもっとたくさんの思い出を作っておかなかったんだろう。僕は今でも後悔している。あの日君が走って出て行ったのは、家出をする決心をしたのは、僕が君の全てを否定したからだろう? 「お前なんていなくなってしまえばいい」って叫んだからだろう?
あれは本心なんかじゃないんだ、君ならわかってくれていると思うけど。あれはただの嫉妬だった。何でもできる君に憧れるあまり、それが裏返ってしまったんだ。君を羨むあまり呪ってしまったんだ。こんなに大好きな家族を、あんな風に罵ってしまうなんて。それにもう謝ることもできないなんて。僕はとんだ大馬鹿者だよ。
「姉さん、ごめん。やっぱり僕には何も出来ないよ」
開けた窓からふわりと風が入ってきて、僕を撫でていく。それが何だか姉に甘えていたあの頃を思い出させた。双子なのに僕は甘えてばかりで、泣いてばかりで。強い姉は僕を抱き締めて慰めてくれた。優しくて柔らかいあの感じ。もしかして今の風は……なんて考えて首を振る。
「わかってるよ、わかってる」
君がいなくなって何ヶ月、あの日以来の涙の温度を感じる。もう枯れ果てて流れることはないと思っていた。それでもやっぱり僕は人間なんだ。感情は消えてなんかなかった。
ずっと触らなかったドアノブに手をかける。あれはきっと僕への最後の挨拶だったんだ。君なりの僕へのエール、だろう? それなら僕はそれに応えないと。
真っ暗なこの部屋に廊下からの光が差した。
さよなら、君よ。 たぴ岡 @milk_tea_oka
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