私が君の背中を押した

和泉 有

私が君の背中を押した

 私は死んだ。

 気が付くと私は『私』を見ていた。『私』の目の前にはトラックが止まっていた。そのとき「あー、死んだんだ」と感づいた。死ってこんなにも急に来るものなんだ。痛いとか悲しいとか全くなかった。ただただ自分の身に何が起こったのかわからなかった。






 その次の日。私のお通夜があった。

「遥!なんで。どうしてなの?」

 母親の声が部屋全体に響く。他人のお通夜でこんなこと言ったらいけないことだけど、自分のことだからはっきり言う。まさにカオスだった。そのカオスの状況だからこそ誰しも静かに私の遺影を見ていた。それしかすることがない。いや、それしかしたらいけないんだ。

 私の遺影の写真はいつ撮ったんだろう。こんな写真があっただなんて知らなかった。私は『私』の棺の上に座っていた。

 一人一人が『私』の顔を見に私の方へ来た。私の親戚は泣き、私の友達も泣き、それ以外のクラスメイトや私とあまり接点がない人は困惑していた。

 私には死んだ時の記憶がない。気がついたら、私自身を見ていた。知ってるのは交通事故っていうのだけだ。トラックの運転手は即座に捕まった。運転手曰く、私が急に飛び出して来たらしい。私の不注意で運転手は今拘置所にいる。なんか悪いことしてしまったな。

 死んでからまる1日が過ぎていたが、私はまだこの世をフラフラしている。まるで不幽霊のように。いや、本当に不幽霊なのかも知れない。






 死んでから数日が経った。私はまだ成仏ができていない。死んだ人ってずっとここにいるのかな?

 私は今、いつも行っていた学校にいた。自分の席はわかりやすかった。なぜなら、机の上に一輪の花があったからだ。そう、白い綺麗な花が。私はその花を嗅ごうとしたが、何も感じなかった。

 今、教室では当たり前のように授業をやっていた。私の得意だった英語。英語の先生はいつも通りハイテンションだったが、みんながそれについてこれてなかった。本来だったら、注意するが注意のしようがないので、1人だけ授業をしてる感じだった。

 私は目線を感じた。なんだろうと思い見ると、美優が私の机の花を見ていた。美優とは親友でずっと一緒に遊んでいた。美優と私は好きなものがよく似ていた。食べ物や服、音楽とか、色々一緒だった。それに好きな人が一緒だったときは本当にびっくりした。そんな子が周りに居たら当たり前だが、友達にもなる。

 そんな美優が悲しそうに私の机を見ていた。もちろん私も悲しい。もっと、美優と一緒に居たかったからだ。でも、それはもう叶いはしない。私の不注意で両親はもちろんこんな身近で大切な人も悲しんでしまっている。私はやっと、自分の立場がわかったような感じがした。

 いつの間にか授業は終わっていた。クラスメイトは静かに次の授業に行こうとしていた。この状況はいつか終わる。私のことは忘れはしないと思うが、頭の本当の端っこにいってしまうのだろう。私は早くそうなって欲しい。いつまでも私のことを気にしてほしくない。彼らには自分のことに集中してほしい。でも、この花が枯れるまでは無理なことなのかも知れない。






 私は自分の家に向かった。何かあるのかもと思ったからだ。家はとても静かだった。でも、鼻が啜る音だけが家中に響いていた。一人っ子の私は親に甘えさせれて、時には厳しく育てられた。そんな子が急にいなくなったら、私だったらどんな反応をするのだろう。もっと、ひどい反応をするのだろう。やっぱり、親っていうのは強いものだ。父は母を元気付けながら、仕事の復帰を目指している。母は母で気持ちを切り替えようとしている。でも、1人になると涙が溢れるみたい。こんな両親、私は見たくない。

 私は自分の部屋に向かった。整理も何もしていないいつも通りの私の部屋だ。棚には本や教材などたくさんあるが、私は1枚の写真を手にした。

「美優」

 私はボソッと独り言を発した。2人で撮った写真。ピースをして笑顔で私の方を見ていた。やばい泣きそう。もっといろんなところに行きたかった。徐々に死の悲しさや悔しさが溢れてきた。もう、何をしても私が生き返ることはない。そう、何をやっても。

 やっぱり部屋には思い出がたくさんある。どれも忘れはしない大切な大切なものたち。たまに前世の記憶を持って生まれる子がいるらしい。きっと、前世に大切なものを忘れられずに生まれかわってきたんだろう。私も来世に行っても忘れないのだろう。こんな大切なものを忘れるわけがない。いや、忘れたくない。でも、ずっとここに居たって悲しいだけだ。

 私はリビングに行くため下に降りようとした。ここの階段。ずっと、ずっと使うと思ってたのに。なんでこんなに早く使えなくなったんだろう。リビングではまだ鼻が啜る音が聞こえた。ガチャっと玄関が開く音が聞こえた。父親が帰ってきた。それと同時に啜る音がなくなった。母親は急いでご飯の準備に入った。そこにはいつも通りの時間があった。私はそのどこにも居ないけど。






 私は学校にいた。夜の学校って少し行ってみたかったが、幽霊とかが怖くて行けれなかった。でも、幽霊になった今ならいけると思って来てみた。

 真っ暗な校舎には当たり前だが、誰もいなかった。自分の教室に入って自分の席に座った。花が邪魔で黒板が見にくかった。もう黒板なんて見ることはないのだけど。引き出しの中を確認したら、1枚の写真があった。誰が入れたのだろう。そこにはクラスで仲が良かった子達がみんなでピースサインをしていた。このクラスが始まってすぐに行った校外学習に撮った写真だ。私も美優も笑顔でピースをしていた。やばい泣きそう。幽霊になってもこんな感情だけは生きているんだ。花の匂いも嗅げない。誰かに気持ちを伝えられない。一緒に大切な人と居れない。それなのに感情だけは生きていた。全てを失った私はこんなのが残ってしまった。

 月明かりだけがこの真っ暗な校舎を照らしていた。それに私のことも。月はとても神秘的だ。死んだ人は月に還るとか星になるとか言われることがある。私は月に還りたい。全てを受け止める気がするからだ。でも今の私は何者でもない。この世を彷徨い、人から怖がられる物になってしまった。この月の明かりが消える頃には私は何者かになっているのかな?いやなっていないだろう。何回もこの明かりを見てきた。そして消えて、また光った。その繰り返しだ。いつか月に還る時。この花も一緒について来てくれるのだろうか。






 私は私が死んだ交通事故現場にいた。そこには、数え切れない花束やお菓子ジュースがあった。一眼で人が死んだってわかってしまう様に。でも周りはいつも通りの日常が流れていた。

 そんな花束の中に1通の手紙があった。そこには『美優』と名前が書かれていた。私は急いで封を切った。

「遥へ

 遥のバカ!なんで私を置いていなくなっちゃうの?ずっと一緒に居ようって言ったじゃん!それなのにどうして!私。遥がいないとダメみたい。何にも手が付けれないし、ずっと遥のこと考えてしまう。ずっと、一緒に居たかったです。でも、それはもう叶うことのできないものになってしまいました。遥に対して手紙を書くのは初めてだから何を書いたらいいかわからないです。だから、私が思ってることをここに書こうと思います。きっとこれが君に書く最後の手紙だから。

 大好き。本当に大好き。これだけは言わせて。遥が私にとって1番大切な友達。遥がいたから今までの学校生活は楽しかったです。これからももっと楽しい思い出を作る予定でした。

 遥がいたから楽しかった。ありがとう。遥といた今までのことは絶対に忘れません。本当はもっと書きたいことがあるけど、それを手紙のすると紙が何枚あっても足りないし、そんなに書ける能力がないのでここまでにします。今まで本当にありがとう。美優より」

 美優の文字で美優の気持ちが綴られていた。美優は文字を書くのとても苦手な子だった。それなのにこんなに書いてくれた。美優。ありがとう。

 私の体は少しずつ消えていく。これはきっと最後に神様がこれを読んで欲しくてここに残してくれたんだろう。美優の気持ちはちゃんと伝わった。本当になんで私死んでしまったんだろう。ここには未練しかない。したいことはいっぱいある。できないのはもう知ってる。だから最後に美優の手紙が読めて本当によかった。

 美優ありがとう。君が私の背中を押してくれた。






 私と遥は似た者同士だった。何もかもが一緒だった気がする。だから、好きな人が同じだった時はあまり驚かなかった。だって、私たちは似た者同士なんだから。私は親友として。そして、恋のライバルとして接してきた。あの時までは。

 昼休み中。私は偶然、男子たちが話してるのを聞いてしまった。ダメなことは分かっていたが、その中に私たちの好きな人がいたから聞いてしまった。その話の内容はクラスで可愛い子ランキングの様だった。順々に自分が可愛いと思う女子の名前をあげていった。ついに彼の番になった。私は固唾を呑んだ。彼が言った名前は遥だった。その時私は胸がぎゅっと痛くなった。そっか。遥か。でも、次に彼が言った名前は私だった。そう。彼は私のことを可愛いと言ってくれた。私はとても嬉しかった。

 その週間後。私は遥と帰っていた。赤信号になり、私たちは止まり青になるのを待った。その時トラックが来た。私は何も迷いはなく、おもっきり背中を押した。

 

 そう、私が君の背中を押した。

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