15.最大の近道は最悪の遠回り

「ぜぇ…はぁ………」




「走りを止めるな!!残り15周、鍛え抜かれた身体は心をも制す!」






 M地区にて、公営自警団の本拠地。


 本日もカイリは本拠地を囲う道路を延々と走らされている。


 本日……そう、公営自警団に入団させられてより三日、カイリはその自らの凡庸な体躯を鍛えるように叩き上げられているのである。






 事の発端は三日前のセカンズの、グラムへの提言から始まり祖母のウネもそれを承諾。


 あれよあれよという間にカイリは公営自警団のコミュニティへ泊まり込みで参入させられてしまったというわけだ。


 もちろん臨時での入団であるため、期間は二週間というのを最低限の約束としている。


 が……蓋を開けてみれば予想以上に過酷も過酷。




 メンタルトレーニングと言えば瞑想や座禅などのイメージが強く、カイリも同じくそう想定していたのだが、この三日間は体力トレーニングばかりであり現実はそう甘くなかった。








『精神を磨くためにはその精神を保つうつわ自体が強固でなければならん!!君にはまず我々のトレーニングに同行し、その身体を慣らしていただこう!!!』




 そう言って公営自警団の指揮官はカイリに使命を突きつけた。


 フィジカルを強くし、体幹を鍛え抜くこと。それをした上で精神を更に鍛えるのだとのお達し。




「なんで……ヘェ……トレーニングなんか……能力……フヒィ…関係……ある………?」




 カイリは息を切らしながら現状を懐疑的に思慮する。


 精神の問題がなんでまたこんなへとへとになるまで走ることに繋がるのか。


 セカンズの言っていたことが本当に正しかったのか。




 走る足の歩幅が徐々に小さくなり、限界だ、耐えられない、などと弱音が脳裏に出てくるようになった頃_______








「オマエ、ヘバッテナイデ。ハヤクココニ慣レナヨ。」


「斗桝クン、能力が使えてもフィジカルが足りないようではダメでやんすよ」




 団員の一部がカイリを追い抜きながら、ランニングで疲弊した彼にエールを送る。




「なんなんだよ………俺はこんなことしたくて………………」






 疲労からか、団員の声援が嫌味にしか聞こえていないカイリ。


 思っていた事と真反対の現状にも納得がいかず、足を止めそうになる。


 セカンズを信じたのが間違いだったのか。


 そんなことがつぶさに頭を駆け巡った。




「カイリ!みんなに追いつくように頑張って!!!ボクも負けてられないや!」










 グラムだ。この団体の『エース』であり、カイリの親友が走るスピードを緩めて話しかけてきた。


 おそらく警備の外回りで帰ってきたばかりなのだろう。


 疲労困憊のカイリとは真反対で、グラムは悠々自適な表情である。






「………何だよ冷やかしか?」




 陽がさんさん照りつける暖かな青空の下で、嫌な気分を抱えるカイリは冷ややかな目線を彼に押し付ける。






「ち、違うよー!!一緒に頑張ってるカイリを応援してるだけだから!じゃ行くね!」




 グラムは本拠地内に戻る。


 彼の想う心は純粋だ。しかし彼の特性故に、相手との距離を推し量ることができない。


 グラムの無邪気さは、人によってはその嫌な感情を更に増幅させてしまう。




「………………うぜえ」




 カイリは、ランニングの最中だが、立ち止まってしまう。


 機嫌を悪くした彼は、走ることもうざったく思ってしまうようになる。






 結局その日のランニングでは苛立ちを抑えられず、日は南中、昼休憩の時間を迎えてしまう。


 昼休憩は40分。昼食を糧にし団員は次のトレーニングへと移行する。が………


















「もう辞めます」


「なんで!!?」






 時は同刻、場所は指揮官室にて。


 団長に自らリタイアを志願するカイリと、それに驚くグラム。


 グラムはともに懸命にトレーニングをしていた仲だと思っていただけにショック。








「ほう、やはり耐えられなくなったか!無理もない!」


「そうです。それと、ここじゃなくてもオレが欲している物は他でも手に入ると思って」




 指揮官にカイリは理由を説く。


 実際、自警団での内容は本拠地周回のランニング、ウェイトトレーニング、基礎的な戦闘訓練…………と他にもフィジカル的な訓練は数多いが、メンタルトレーニングと称するものは一日30分の瞑想のみ。




 カイリはセカンズの言葉を信用しきれず、この決断に至った…………が。








「ねえなんで!なんで辞めちゃうのカイリ!?ボクが何か悪いことしたなら言って!!」




 彼の袖をくいくいと引っ張り自分に非があるのかと問うグラム。






「………っせえなぁ」


「え…」






「うるっさいんだよ!!!こっちだってお前のこと思ってやってんだよ!!それなのに変なコトやらされて、当のお前は人の気持ちも知らずに!!俺はお前らに……」




 ここではっと我に返るカイリ。


 『お前らに』、ここで言い淀む。






「ぼ、ボクらに…………なに?」






「……………………今日中に帰ります。指揮官、そういう事なので。では」




 カイリはそう言ってゆっくりと指揮官室を出ていく。








「な……………なんで…………?わかんないよ…」






 カイリのその突っぱねたような態度は、グラムにとっては不可解なものであった。




「(…奇妙なものだ!グラムがここまで深入りしている奴なぞそうおらんのに。…見守ってやるか!)」




 指揮官は面白そうなものを見るようにグラムとカイリの関係について着目する。




















「…はあ」




 らしくもない事を言ってしまった。


 カイリは先程のグラムとのやり取りを省みた。


 自分勝手に辞めようとした自らを咎めるでもなく、己に非があったかのように主張するグラム。


 本来ならその優しさに応えれるはずだったのだが。






 入団してから、グラムは警備に当たっていて忙しくカイリもトレーニングで会う暇もない。


 更にそこに自身は過酷なトレーニングを課せられていたことによって鬱憤が溜まっていたのもあってか、心にもない事を言ってしまったような気がする。


 思春期の多感な時期には自暴自棄になる時だってある、致し方ないとは言うが。




 カイリは言い淀んだ言葉の続きを、こう言おうとしていた。


『お前らに頼ってばかりじゃ嫌なんだ、早く強くなりたいんだ』と。








 彼は優しい。それ故に今まで他人の力を頼りにしてメトロからの依頼をこなしていた自分を、弱い、と思っていた。


 瀕死の身を救われたのもグラムの頼み込みがあって、セカンズの能力あって、レンの心臓マッサージあってのこと。


 だからこそ、ある程度までは自力で試練を乗り越えられる力が欲しいと思い、それを手にすることを焦るようになってしまっている。




 ここで二週間横着しているようでは、何も得られない、何も守れないと、そう解釈したのだ。










 早めに見切りを付ければ今からでも別の当てを頼りにどうにかすればよい。


 しかし、グラムには悪く言ってしまったな、と思いながらカイリは用意された泊まり込み用の部屋へ戻り、荷物を纏めようとすると………………








「ちょっと、よろしいでやんすか?」


「ウィ」






 先程ランニングでカイリを追い抜いた団員の二人が、カイリ用の部屋の前で声をかけてくる。


 ひとりは眼鏡の。もうひとりは胴長の。








「アンタらは…」














「まま、ここは何なんで部屋に入りやしょう!斗桝クン、君の部屋に失礼しやすよ」


「オレ、ウマイオ茶、持ッテキタ。淹レテヤル」






 カイリは喋る隙も無く、泊っている部屋へ引き込まれる。










「軽く自己紹介しときやすね。自分がスラッグ。で、こっちの胴長男はパウンド」


「ヨロシク」




 カイリは二人の紹介に、どうも、とだけ言っておく。






「斗桝クン、率直に言いやすが、たったの三日でやめちゃうんでやすね」




「…いや関係ないだろ。どっから流れたんだその情報」


「噂とは勝手にやって来やすからね~」






 なんだこいつら、と心の中で懐疑的に思うカイリ。


 しかし、帰ってくる答えは意外なもので______








「三日でそう検討できるなら、まともな人間なら正解でやんす」


「………………そうなのかな?」


「ド正解でやんすよ。ここに恩でもない限り継続なんて出来やしやせん」






 正解、と言われてもいまいちピンとこないカイリ。


 スラッグは分かっていない彼にその真意を説く。






「知らないでやしょうけど、ここの人間は全員がチップを服用した人たちの集いなんでやんす」


「え、そりゃ犯罪組織をとっちめるにはチップで能力を開花させた奴が…」




 カイリが続けて話そうとするが、スラッグが食い入るように話す。






「実は!…実のところ、能力がまともに使えるのはグラムっちと臨時でいる君だけなんでやんす」


「え?………じゃあ貴方がたは」




「自分やパウンドを含めた我々は能力無しで犯罪組織と戦っているのが現状でやんすよ」










 公営自警団の事実をスラッグが打ち明ける。


 パウンドは自身で淹れた茶を飲みながらじっと話を聞き、その隣で驚いているカイリ。






 この本拠地は元は病弱な患者が集まっていたリハビリ施設であった。


 公営自警団という団体が創設した頃に、その病弱であった彼らに団体はチップを渡し肉体を回復させ、リハビリ時以上の身体能力を手に入れさせた。




 回復した彼らは団体に感謝という形で、自らをその戦闘力として体を預けることにし、施設の持ち主は施設と職員を丸ごとその養育に使ってくれと言い、別の施設に転院した。




 ______これがこの自警団の本拠地としての発足。


 しかし、今までチップを服用した人間のなかで能力として発現した者は一人、グラムのみ。


 他の服用した人員は身体機能の向上程度で特殊な能力は発現せずじまいであり、そのチップで回復した身体を培い戦うしかほかなく、日々研鑽しているのだとか。






「…そうだったのか、それであんなしんどい思いしてまで鍛えて」




「要はここはチップで助けられて、その恩を返したい人の集まりでやんすよ。まあ、グラムっちは人よりもちょっと変わってるというか、彼の場合は特別な感じはしていたでやんすが……」








「特別な感じ、とは」






 スラッグの、グラムへの評価にカイリは追求する。






「アイツ、友達居ナカッタッテ言ッテタ。仲間欲シカッタカラ入団シタッテ言ッテタ」


「アイツハ皆ニ認メテ貰ウタメニ、トレーニング、ヤタラ頑張ッテタラ能力ガ芽生エタッテ、言ッテタ」






 答えたのはスラッグではなく、横で茶を嗜んでいたパウンド。








「パウンドの言う通り、グラムっちは身体がひ弱だったそうで、チップを服用してからは皆と対等に『遊べる』ようになりたくて入団したらしいでやんすよ。そして鍛えているうちに超能力が使えるようになった、と」




 自分を認めてくれる友達が欲しかった…その執念だけで彼は過酷なトレーニングを乗り切り、能力を昇華させたのかもしれない。






「……………でも、一筋縄ではいかなかったんでやんす。グラムっち、他人との距離感があんまり分からずに突っ走ったり、コミュニケーション能力が欠けてるというか……そこは能力が開花しても治らなかったそうでやんす。そのせいかここの人間も声に出さないものの良く思ってない者もいるんでやんす」






 スラッグはグラムの経歴をすらすらと語る。


 本人から直接聞き出したのか?と思うくらいの情報を、彼はカイリに教える。






「しかし、グラムっちは最近妙に機嫌がいい日が多いんでやんすよね~なんでも、定食屋の子が自分に対して『何とも思わず』接してくれるって」




「!」




 自分の事だ、とカイリは即座に判断する。




「あれは今まで警備で外に出た時に、ろくに一般市民にも相手にしてくれなかったでやんしょうなぁ。あそこまでにこやかに話されるとどんな人柄なのか一度会ってみたいでやんす」


「オレモ、ソウ思ウ」




 うんうんと頷きながら茶を嗜む二人。








「……………………」




 カイリはひとりグラムの事を思い出していた。


 彼がやたらと己に接してくる理由が分かったかもしれない。




 発達障害の彼はコミュニケーションが苦手であり、心を開いても距離感の近さを受け付ける人間が今までいなかったのであろう。


 しかし、斗桝カイリが偶々かもしれないが、それを受け止めた。


 カイリの持ち前の優しさと懐の大きさは、彼を懐かせるのには十分な材料だ。




 実質今回の、セカンズの無茶な提言を団長にも通してくれたのは他でもないグラムだ。


 友達と認めてくれた仲だからこそ、自身に良くしてくれているのかも、とカイリは思った。


 セカンズの提言も、カイリの事を想っての事だろうし。








「謝ろう。謝ってくる」




 カイリは扉を押し開け、一目散にグラムの下へ向かう。




「気を付けるでやんすよ~、斗桝クン、いや定食屋さん」


「茶………ウマイ」






 手をふりふりと振りながら定食屋、もといカイリを茶の席で見送るスラッグと、しみじみと茶を味わうパウンド。


 彼らがそう喋るころには、もうカイリは見えなくなっていた。














「______グラム。ちょっといいか」






 カイリはグラムが夕方の警備から帰ってくるのを本拠地の門の前で待っていた。


 丁度午後六時ごろに、グラムは夕焼けを背に歩いて本拠地の門内へ入ろうとしている。


 そこで、グラムはカイリの視線に気づき、立ち止まる。






「…………カイリ。もう今日中に帰るんでしょ、遅いから送っt_______」






 ぎゅっ。


 カイリがグラムに優しく抱擁……ではなく両肩に手をかける。






「…………カイリ?」


「……その、本当にすまん。イラついてお前の事、蔑ろにしちまった」




 カイリは更に続ける。


「オレがこんな三日坊主になるくらいの辛さなのに、お前は友達欲しさに苦しかろうが躍起になってたんだってな。すげえよお前のメンタル。そりゃ能力もお前を認めるわけだ」


「………ううん、そんなこと」






 グラムの言葉を遮る。


「そんなことある。お前を見習わなきゃいけねえ、セカンズの言ってた通りオレの目指す先はここにあるみたいだ」




「!!………それってもしかして!」




「ここで鍛えて、…お前には及ばないかもだが強靭な精神を残り11日で、手に入れて見せる。だから三日坊主はやめだ」








「~~~~~っっ!!!そうだよカイリ!!一緒にトレーニングしよ!!!強くなろ!!!!!」




 グラムは感激し、カイリの頭を掴み胸中に抱く。






「痛い痛い痛い!!!!」

 カイリの顔はグラムの胸に痛みを覚えるくらいぎゅうぎゅうと押し付けられる。

 バンバンと彼の背を叩くも、カイリの言葉は耳に届かず拘束は解放されることなく頭蓋を締め付けられる。



「待ってストップ!!!!!一旦離れろグラム!!!痛い!!」


「ふふん………♪♪♪」



 グラムは続ける意志を見せたカイリを嬉しく思う一心で、抱きしめる事をやめない。

 二人の背後を疑似太陽は微笑ましく思うかのように二人を照らし、没していく。

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Antimatter Man《アンチマン》 @Yawarakabe

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