14.万能こそ噓で願望こそ真実
「ふう、美味かったぞ」
「お粗末様、喜んでもらえて何より」
カイリはセカンズの食した後の皿を回収し、カウンターに赴く。
セカンズはアフターコーヒーを口にしながら、その顔はご満悦。
セカンズは砂糖多め、ミルクありのコーヒーがお好みみたいだ。
「さて、では楽しい食事も済んだことだし早速説明に入るとするか」
「ああ、頼む。さっき超能力自体がなんとかって言ってたよな?」
セカンズのテーブル席へ向かい側に座り、話を聞く姿勢になるカイリ。
「そうだ。俺たちの言う超能力というのは少年、君からはどう思っている?」
「えっと……ネギーからはチップを服用して適合率が高かったらどうたら」
カイリはネギーが生まれた時に聞いた説明をそのまま口に出す。
ふむふむ、とセカンズはカイリの知識にただ頷き、こう言う。
「そこまで認知しているなら十分だろう。確かにチップが個人と適合して能力が発現するのは事実だ。だが一つ、チップの『特性』について見落としているな……」
「……『特性』、とは?」
チップの特性。
カイリはその知らぬ聞かぬの真実を目の前にし、ごくりと唾を飲む。
そしてセカンズは、その特性とやらを簡潔に____
「"欠陥補正"だ」
と、一言。
「欠陥補正?」
謎の四文字。
この単語になんの意味があるのかカイリは顎に手をやり考えあぐねている。
「いや、簡潔過ぎたな。そうだな……人には誰しもが"他者と比べて確実に足りないもの"がある、それを"欠陥"として捉えてくれ。」
セカンズは話を続ける。
「その欠陥というのは人によって様々だ。精神的、身体的な問題を抱え込んだ人間だけでなく、全ての人類を含めた、個人自身が抱える"悩み"や"願い"等もそれに該当するかもしれんな」
さらにこう述べる。
「そして、チップを服用した者の中には自身が持つ"欠陥"を補填しようとする能力が芽生える傾向がある、という事だ。稀有だが、健常者でも能力が開花する場合もあるがな」
チップを服用した人間は適合率の高さによって疾患が治る……というわけではない。
チップを服用して適合し、何らかの能力が手に入ることでその疾患を"補う"ことが可能になるというのだ。
「重大な疾患を抱える人間には特に顕著にみられる特性らしい。俺もその一人だが、能力によって疾患を抑えられるようになっているのは事実だ。俺の場合はこの場しのぎみたいに使っているがな」
「ちょ……っと待てよ。じゃあネットで万能薬とか言われてるのって……嘘なのか?」
「……どこからそういう風に吹聴されるようになったのかは知らんが、君もネットの情報を易々と信じすぎじゃないか?」
レンが検索し見つけていたチップの情報の事を思い出して、それは全くの嘘だったと改めて考えさせられるカイリ。
チップは万能薬のフリをした『偽善の薬』なのか?と、カイリはそう感じてしまう。
「なんで……そんな、万能薬なんて嘘っぱちじゃないか、そんなもんをなんで政府は認めてんだ!?」
「まあ落ち着け。チップ自体は悪くない、重篤な患者の大半をその効果を以てして助けているのだから。それに高価ゆえに迂闊に手を出す人間は少ないはずだ」
カイリをどうどうと宥めるセカンズ。
セカンズの言うとおり、チップの在り方は間違っていない。
チップで能力を発現し、その能力の効果で自身の命を救われた患者も少なくはないのだ。
最も、適合さえすればの話だが。
「……でも、それが犯罪にも使われて…」
「言いたいことはわかる。しかし、未だ根治の難しい病気も多く、それを能力で克服して助かった人間も居るんだ。そこばかりは政府もチップの有用性を認めざるを得ないだろう」
勢いで立ち上がったカイリも、セカンズの言い分に納得し、再び席に座る。
「……ここだけの話だが、グラムもある"疾患"を抱えていることを知っているか?」
「え…!!?」
セカンズはカイリとグラムの仲を知っている。
だからこそカイリにグラムについての情報を話すことにする。
「あいつは『発達障害』だ。それも重度のな」
「な……なんだよそれ。そんなの聞いたことないぞ」
カイリは思ってもみなかった真実に、心臓を掴まれたような面持ちでセカンズに食い入る。
「病気……ではないが『障害』の一つだといっても差し支えないだろう。と言っても分からないか」
発達障害。
基本的に先天性の、脳機能の隔たりによって生じる障害である。
その存在は普遍的な人間と見た目は変わらないが、他者とのコミュニケーションが全く上手くいかなかったり、一般的な運動や学習が極端に苦手なものまで、本人が生活に苦しむレベルの障害の一つである。
グラムは昔、運動が苦手だったらしい。
こと不器用で、しかも彼は未だ文字も読めない。
それだけでなく、他人との交流においても距離感なども難しく覚えるそうだ。
「あいつは体を動かすことが好きだったそうだ。しかし不器用だったゆえに運動も下手だったし、友達もいなかった……その悔しさやら執念やらがチップを通してエネルギーを変換するといった、身体能力特化の能力になったのかもしれんな。あくまで俺の想像にすぎないが」
知らなかった。いや、知る由もなかった。
グラムはただ少しだけ距離感の近い、ちょっとアホっぽい少年だと思ってたけど。
『あ、うんごめんなさい。ボク計算も読み書きもできないんだ、ダメだよね』
グラムと初めて会った時に放った彼の言葉。
彼のその言葉は、自身が発達障害であるという告白なのだった。
カイリは内心彼をバカにしていた節があったが、今ここで悔い改める。
「………………そうか、アイツにそんなことが……」
カイリはテーブルに腕をつきながら内省する。
『心の中で懺悔をしている所に悪いが、貴公よ。聞きたいことはそれではなかろう』
脳内で猛省しているカイリにネギーがおずおずと左首筋から現れ、カイリに諭す。
「え?………あ、そうだ忘れるところだった」
『全く…』
カイリはあっ、と思い出す。
首筋で呆れているネギーの忠告が無ければ、本来知りたい情報を知り得ず過ごすところであった。
「…そうだな、俺が延々と話してしまったから、うっかり忘れるところであったな」
セカンズも同様に、カイリの質問を忘れかけていたようだ。
「超能力自体について理解したところで、本題に移ろうか。君は自身には超能力以外で突飛して優れた能力は無い、けど自分の身くらいは守れるようにはなりたい、と言ってたな」
「あ、ああ。だから能力のコントロールとか、護身術でもなんでも自分で出来れば……」
セカンズがカイリにぴしりと、人差し指で指差す。
カイリはその人差し指に反応し、言葉を遮られる。
「そこだ、そこなのだ。君には"力不足"という願望_____いや、『欠陥』が生まれた」
「力不足……」
カイリが最近思うようになった自身の無力感、他者への依存……それが欠陥であるとセカンズは諭す。
「生まれてしまった"欠陥"を君は埋めようとしている。こういった"悩み"や"願望"は、能力を使う『感覚』を成長させる『栄養』になるぞ」
「え、栄養?そんな動植物じゃあるまいし」
まるで超能力を野菜かなにかと思って育てるような言い方をするセカンズには、カイリはまるで理解しかねる。
「いいや。俺も最初はろくに能力を制御できなかった。が、その穴を埋めようとして悩んだ。それで『感覚』を掴み、能力の制御を飛躍的に向上させた」
セカンズは続ける。
「欠陥を満たそうという思いが強い者に対してはそれに応じて『感覚』を覚え、そこから身体能力が急激に強力にされたり、能力のコントロールがより緻密になったり……といった感じだ。チップはそういった自らの"欲望"に応えようとする性質がある」
飲み干したコーヒーカップを皿に置き、空のカップにティースプーンをカランと入れるセカンズ。
チップの性質は、一括りにはできないほどの情報を抱えていたことをカイリは彼から更に教わる。
「そして君はまだ『感覚』を掴めていない。つまり『感覚』を知り、それを飛躍的に向上させるための手段、それが君の知りたいものだな?」
「あ、ああ!それで守れる力が手に入るんなら………」
カイリが聞きたかった、その能力を制御できる『感覚』を掴む方法。
自分一人で自らを守る方法を、取得できるかもしれないという可能性に賭けることにした彼は、セカンズに聞き迫る。
「言っておくが、半端な覚悟では着いていけんぞ?少年」
ニヤリと笑みを浮かべるセカンズに対して、カイリは眉に皺を寄せて放つ。
「当たり前だ。また死にかけて迷惑かけるくらいなら、いっそその手段とやらで死にかけるほうがマシだ」
『セカンズとやら、こやつの今の発言は素直な意見だ。教えてやってくれぬか』
カイリのそれは生半可な覚悟ではなく、仲間を思いやる優しさから出た率直な本気の言葉だ。
ネギーもその強い意思をカイリから汲み取り、セカンズに教えを説くように頼み申している。
「ならばよし。俺も君が、途中で諦めるような男ではないとは知っているからな」
セカンズは教える、その手段を。
セカンズ自身も体験した、強くなる手段を。
「メンタルを鍛えぬく。これに尽きる」
「え………それだけ?」
「それだけ………詳細を言えばそれだけではないが、とにかく精神力が大事。根性だ」
メンタル………アスリートや医学者からよく聞くそれ。
一体それが超能力者の何に作用するというのか。
「あまり信用していない風に見えるな。少年」
「い、いやあまさかそんな精神論がここに出てくるとは……」
頭を掻きながら意外な発言に驚いているカイリ。
ネギーは彼の首筋に居ながら黙ったままである。
「何を言う、精神を磨くことが超能力に直結しているのは事実だぞ。不安やプレッシャーに強い人間ほど相応の強力な能力が手に入るという結果が出ているのだ」
集中状態やリラックスなど、心理的状態をコントロールすることが可能になる事が必要になってくる。
それらを満たすことによって、能力を持つ人間はその能力を次の段階へとステップアップできる、というのがセカンズの意見だ。
「精神的要因がチップの施した能力とどう関わっているのかは不明瞭だが、精神が研ぎ澄まされた者はそれこそセルフコントロールが上手く、ピーキーな能力でも汎用性に富んだ使い方が出来る」
セカンズもグラムも疾患を抱えているという弱みはあれど、二人のメンタルの強さはカイリも見たまま分かる。
心の強さや執念が彼らの能力を更に強く、自在に制御できるようにしたのであろう。
「な、なるほど。しかしメンタルを鍛えるって、どうやってすればいいんだ?そういうトレーニングジムでもあるのか?」
鍛える手段は分かったが、方法が分からないのでセカンズに追随する。
「特にそういった施設という施設はないが……とっておきの場所ならこのM地区にもあるぞ」
「ぜ、ぜひ教えてくれ……!」
その『場所』とはどういったところであろうか、と検討する間もなく間髪入れずに聞き入るカイリ。
「君も知っている、ある人物の所属している団体だよ。少々厳しいかもしれんが……」
「え…」
セカンズがその団体の名を言おうとした時に______
「カイリ!!遅くなっちゃった~!警備が長引いて…あ!セカンズがいる!!」
閑散とした店の中に突如、グラムの声が響き渡る。
どうしてSIの方々はこうも大声で入店するのだろうか、共通する何かがあるのか。
「おお丁度いい、グラム、よければ彼を______」
「斗桝カイリを公営自警団に臨時で、入団させてやれないか?」
そう、セカンズが言う『とっておきの場所』とは、グラムの所属する公営自警団、それだった。
なんとも不思議な運命か偶然か、丁度良く来てくれたグラムに彼はカイリの入団を委ねる。
「え、ちょ…」
「いいよ!!!」
グラムの二つ返事が、カイリの反論を捻じ伏せる。
カイリは二週間だけだが、その身を公営自警団に預けることが勝手に決定された。
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