13.まもって護身能力!

「取引先の組織の一つが壊滅ですか………"供物"の提供先を減らさないで頂きたいのものですが、致し方ありませんね。」








 中央地区。


 他地区とは一線を画す、サイバーパンクの物語に出てくる近未来都市のような空間にありふれた場所。




 の、そのさらに中央……政府の中枢機関が揃う、『枢密院すうみついん』と呼ばれる場所の建物の中で、20~30代程度の見た目の、白い修道服を着た男はそう呟く。










「申し訳ございません、枢機卿すうききょう。管理が至らぬばかりに」


「頭をお上げなさいヘンリーダイアー、これも"神の啓示"によればこの程度の被害は想定内です。また神の加護____チップを"神の啓示"通りに作り、別の救われぬ者たちに流布すればよいこと。」




 スーツ姿で片眼鏡をかけた、深緑の髪色をした男性が、その男に頭を下げる。


 枢機卿と呼ばれる男は窓ガラスの外を見ながら寛大に許す態度を見せる。








「しかし、違法薬物取締班…彼らの動き"だけ"なら些細な問題ですが、SIのアンペイルとやらが指揮を執り始めてこの短期間で何ヶ所も。由々しき事態ですねえ……。」








「その事につきましてですが、本拠地の破壊を相次いで起こしているのは彼らだけではないそうです。それも、件の襲撃事件ではある人間が『単独』で…」




「…【ELEMENTSエレメンツ】の、ですか。」


  窓ガラスの向こうを見たまま答える"枢機卿"に、コクリと頷くスーツの男。






「はい。『ヴァインドア』です」


「彼らもしつこいですね。ヴァインドアもブライトも、同じく神の寵愛に触れた仲ですのに、仲良く出来ませんでしょうか…。」




 【ELEMENTS】________


 犯罪者やテロ組織への制裁はもとより、政府の上層の悪事を働く者にまでその鉄槌を下す、政府非公認の"義賊"。


 その組織を名する者に命を救われたり恩恵を受けた人民も少なからずおり、政府に仇なす存在でありながら多数の支持を受けている。が________








「ELEMENTSは神の加護によって力を貰い受けながら、その力を持ってして私たちや信徒の邪魔をしているのが気に食わないですね。」




 ELEMENTSの人間は個々に超能力者であり、犯罪者を戒めるためにそれを使っている。




 特に彼らは、チップを扱う取引売買には極めて厳しく罰す節がある。


 今までマフィアや犯罪組織など、彼らが潰してきた組織には必ず違法チップの取引が行われている痕跡があるくらいだ。


 それは違法チップをも流布するこの男にとっては、些か芳しくない様子なのであろう。






「……いかが致しましょう。警戒を強めるよう告げよ、と下の者に任せておきましたが」


「今はそれだけで十分です。あとは神の啓示を聴いてみましょう、私が直談判します。」




「…では、啓示を聴き次第お伝え下さい。失礼します」








 ヘンリーダイアーと称されるその男はそう告げると、自動ドアから部屋を出る。


 枢機卿はその男が出て行ってすぐ、自動ドアとは反対側の扉を指静脈認証を通して開き、施された冷たい鋼鉄の階段をゆっくりと降りる。








 その階段を降りた先には、コンピュータと配線まみれの部屋。


 部屋の中央には培養槽が一つ、培養液で充満されたその中に座する人間がひとり。


 吸気マスクを付けられ、下半身は腰以降が機械で固定されている。








 その培養槽にゆっくり近づいて、枢機卿はゆっくりと語る。






「ご機嫌いかがでしょうか?"神の器"よ。」




「……」






 ゴボゴボと培養液から気泡が出る。


 中の彼はゆっくりと目を開き、男の方を見る。










「機嫌が良さそうでなによりです。でも、今は貴方に用はありません。」










 彼は培養槽を通り過ぎて、膨大なコンピュータの前に立ち、そして跪く。












「神よ…おお、神よ。厚かましくも御願いを申し上げることをお赦し下さい。」




『…聞こえます。了解、発言を許可します』








 コンピュータからの光がやや明るくなり、聞こえてくるのは女性の声。


 凛々しい声色の清き声である。






「神よ、お赦しを賜り光栄に存じます。本日はこれからの我々の動向について、"神の啓示"を御願い出来ますでしょうか。」




『宜しいでしょう。近未来の概算を開始、挙示致します。演算にかかる時間は…10秒』








 その【神】と呼ばれし声がそう言った後、10秒間、その空間は静寂に包まれる。


『挙示します。……近々、我々を圧する勢力が、誕生するでしょう』




「…それは、どのようなモノでしょうか。ELEMENTSでしょうか?」






 枢機卿はさらに追及する。












『…………斗桝とます。名を、斗桝カイリ。彼はいずれ我々を、均衡を壊しに来るやもしれません』






「……承知致しました。我々は必ず、その者を討滅し、平和を、未来を守る事をこの勅諭ちょくゆをもって宣言致します。」






『承認。貴方に任せます。誓いは必ず報われるはずでしょう』






 コンピュータからの光は元に戻り、声は聞こえなくなる。










「我が忠誠を尽くす神【ポゼンタール】の勅諭の下に……斗桝カイリ、貴方は私達が潰します。」






























『代償無しに得られる力など幻想にすぎん』


「ですよね」










 ネギーはカイリの左腕周りをクルクルと周回しながらそう告げる。


 誰も客のいない午後3時の飯屋とますのテーブル席で、店番をしているカイリは三日前にあった事をネギーと共に省みていたところの話の最中である。






『貴公よ、我には貴公の言い分も分かる。だが、以前読んだ小説の異世界への転生やチート魔法などと………科学的根拠のない空想に過ぎぬ物まで信ずるにまで墜ちたか?』




「い、言ってみただけだろ、とにかく自分自身も守れる力を付けないとダメなんだよ俺らは。他地区では治安が酷い場所もあるって言ってるし……犯罪組織やテロリスト、はたまた殺人鬼なんかが身分を隠して練り歩いたりしてると思うとコエーぜ?」






「守る力を夢見るにしても、貴公には地に足のついた考え方をして貰わなければ困る」






 正論で戒めるネギーにカイリは何も言えない。






 カイリが欲しいのは力。


 それも自らを守れる、強力なそれ。


 でもカイリには能力を操る『感覚』が分からず、それに関してはネギーに依存していると言えよう。


 グラムのような超人的、爆発的なパワーを引き起こす力は無いし、アンペイルのような自己の能力を巧みに操る制御の方法も知らない。




 はっきり言えばネギーに頼りっきりで今までの活動を過ごしてきている。








 だからこそカイリは、自分自身は自分で守れるくらいの力が欲しい、と言っているのだ。


 裏を取られて殺されたりしないようにでも出来れば、と。






『現実的ではないな。護身の能が欲しいとは貴公から伝わってくるが、グラムのような超人にでもなろうとでも?』




「…そこまでとは言わないけども…でも、優しいだけじゃ自分も他人も守れないし。…お前やアイツらに頼りっぱなしじゃ、情けないって自分で思うんだよ」


『ほう…強がりを言うようになったな、貴公よ』






 自身の宿主の心構えに関心するネギー。






『しかし【強くなりたい】などという抽象的な野望ではどうしようもないぞ?何らかのアクションを起こさねば、ただの机上の空論よ』








「………毎日腕立て伏せ100回、腹筋100回、とか」






 脳筋な考えがカイリの脳内を巡り、その思考がこう答えさせる。


 ネギーは呆れたようなため息をつく。




『珍しく脳筋な思考だな。継続できれば良いが、貴公がそれを自主的に出来そうな見込みは全くないがな』




「………そう言われれば出来そうには思えねえな」




『全く……』














 そんな話をしていると、店の扉がピシャリと開く音がした。






「いらっしゃいまs_______」




「三日ぶりだな!!!!少年!!!!!!」








 入店の挨拶をする暇もなく、青髪の男の声が店内に響く。


 その顔はごく最近見た顔だ。








「…………ッお客さん、いやセカンズ。店内での大声は迷惑ですので」


「すまんすまん!他地区に遊びに行くなんて久しぶり過ぎてな、少々張り切ってしまったぞ」








 三日前にカイリを助けた恩人、セカンズの入店である。


 例の件からこんなに早く再開するとは、カイリも思っていなかったようで…………






「いや、遊びに来るとか何とか言ってたけどまさかこんな早く……」


「アジトが壊されてからは中央地区に匿われててな!引っ越すまでは抜け出して他地区へ遊びに行っているというわけだ」






「…え、それヤバくね?許可なく外出してるってことでは……」






 ハッハッハ、と甲高く笑うセカンズ。しかし抜け出した、というのは如何なものだろうか、とカイリは問う。




 中央地区______


 世間一般では普通に入ることが出来なく、上層の政治家や富豪が住まうような他地区とは一線を画す、いわば上位カーストのための地区。


 中央地区からはカイリの住むM地区を含めた7つの地区へ電気、ガスなどのエネルギー資源を配分しており、その恩恵を受けながら一般市民は生活できているのだ。






「許可なく、じゃなくてしないでいいんだ。いま外出が許されているという事は、向こうが俺をSIの人間だと認知したうえで抜け出しを容認しているからだろう。一般人ではまず無理な話だがな」


「はあ……」






 中央地区ではAIが地区警察としてその一帯を網羅している。


 警備を務めるAIは伊達じゃなく厳しく、誰かが許可なく地区を出入りするなればすぐ察知し、人員にやロボット兵に情報を伝達し捕縛させるという徹底ぶりだ。


 が…国家権力レベルの人間が渡航することはAIが認知の上で許可しており、SIは当然その範疇にあるから何もいわれはない、という事なのだとか。






「道中はいちいち子供化したり老人になったりと来るのは大変だったが………約束どおり来たぞ」


「ご苦労なこって。はいメニュー、来たからには何か食ってくだろ?あいにくバーちゃん居ないから出来ないやつもあるけど」






 もちろんだ、と言いセカンズはカイリからメニューを受け取り開き見る。




「むむむ…む!おい少年、カラアゲを貰おうではないか!俺は鶏が大好きでな、暫く食ってない!」


「うっす。じゃ待っててな」






 カイリは厨房に入り、冷蔵庫の中で一晩漬けこんでいた下準備済みの鶏肉を取り出し、調理の準備を始める。


























「うむ、美味いじゃないか!」


「へへ、バーちゃんほどじゃないけどな」






 仕上がった唐揚げはセカンズにも好評だ。


 食しながら満面の笑みを浮かべるセカンズに、表情には出さないが嬉しそうなカイリ。








「なあセカンズ、食いながらでいいから聞いてくれ。あの時はオレを助けるとはいえ、その……すまなかった。グラムから聞いたけど、『あの姿』をずっと隠してたなんて…」




 『あの姿』。セカンズがカイリの傷を「戻した」時に見せた、皮膚が乾癬に覆われた彼の姿だ。


 グラムからその真実を聞いたカイリは、その身を助けてもらった彼に感謝の意を送ると同時に、犠牲として見せたくなかった姿を露わにさせたことを謝りたかったのである。








「…それはもういいさ。寧ろ少年、君の言葉に俺は感謝したいくらいなんだぞ」


「え?」






 カイリはセカンズの言っていることが良く分からない。


 逆に感謝されるような記憶は無いのだが。






「俺は表面だけ見て他人の価値を図るような人間が嫌いだ」




 唐揚げをつまむフォークを置き、セカンズは語る。


「乾癬かんせん…能力を使わなかった時に出るこの肌の荒れを、誰一人良しとは思うまい。少年たちもきっとそうだと思っていた。他人を哀れむような目も、所詮は本気では心配などせず健常者の他人行儀としての哀れみだと。そう思っていた」








「しかし、三人は違った。誰かのために必死に願いを請い、死にかけだったことを差し置いてまで俺を労わり気遣い、そして……認めてくれた」










 セカンズは心の内を明かす。


 醜い見た目を晒すことにトラウマのような感情を抱えていた自分を、カイリ達が引っ張り出してくれた、と続けて語る。






「君達の優しさは俺を唸らせた。俺はこれから自分の疾患に向き合っていこうと思っている。まだ能力には頼るが、最新の生物学的製剤とやらを処方してもらうつもりだ。能力になるべく頼らない生活が出来るようになるかもしれん!」








「…そうか」




 カイリは一言口にし、頷く。




 乾癬は医療が進んだこの国でも未だ根治は難しい。


 でも、彼は病気を能力で見て見ぬふりをせずに『向き合う』選択をし、付き合っていくことにしたのだ。


 彼らの「カイリを助けたい」という思いによって生まれたセカンズの『決意』は、彼自身を変える切っ掛けとなり、ここに繋がっている。












「(うろ覚えだけど恥ずかしいこと言ってたような気がする)」




 カイリはそう考えたが、口にはせず心の中にしまっておく。


 死にかけから蘇生してうろ覚えなのは致し方ない。












『貴公よ。こやつに能力の云々を聞いてみるのは如何かな』




「な、なんだよネギー急に。いま関係ないだろ」








 ネギーが唐突に腕と袖の隙間からにゅるりと現れ、提言する。






「うん?その声は君の能力で出来た分身か?グラムから聞いてるよ。自我を持つなんて珍しい能力だが」


「いや、そうなんですけど………それより、聞いてほしいんだが」






 ネギーが聞け聞けと腕からいちいち催促するので、流れで先程ネギーと話していたカイリの要望を最初から最後まで話す。














「ほう、強くなりたい。で、具体的な内容は無いと」


「いや、ですから。せめて自分一人くらい守れる強さとか能力をコントロールできる技術が無いとと思って……でもオレは、ネギーやグラムに頼らないとまともに能力を活かせないし」






 カイリは言い訳っぽく話す。


 グラムのように身体能力との嚙み合わせに優れているわけでもない、かといってアンペイルのように汎用性の利く能力ではない、下手をすれば町一個吹っ飛ぶような危険な、そんな特異なカイリの能力______反物質人間アンチマン


 彼はせめて、それを活かして自分の守る事に活かせないか、と自身の願望を述べる。




 セカンズはこう答える。






「その危険と言っている能力の抑制を彼に頼っているのが不満なのか?」




「ん…まあ、不満では無いけど…自分でもコントロール出来れば、いざと言うときに」






 カイリは基本的に能力に関してはネギーに依存していると言えよう。


 能力を自制しているのもネギーが管理しているから、当然彼自身はその能力の使用方法を、使う"感覚"を知らない。


 能力の発動に関しても、カイリのコールとネギーのレスポンスによって今までを掻い潜って来たが、以前の件からそれが間に合わない場合にはどうしようもないのだと、カイリは言う。










「少年、まず第一に"超能力"自体が何なのかについて考えたか?」


「超能力について……」






 "超能力"。


 我々が魔法や異能のような超常現象を起こす力をそう捉えているが、チップで得られた力の定義自体はカイリもネギーも知り得ていない。






「このカラアゲを食べ終わったら、そこから話そうか。理解できれば、それが近道になるかもしれん」




 セカンズは付け合わせのレモンをぎゅうと絞り、唐揚げにかけながら彼にそう言った。


















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