12.モルゲンロートは決意の明けに

 セカンズは答えない。

 カイリの死が、信頼できるものの死がもうそこに近づいているにも関わらず、グラムの要望に応えない。






「なんでよ!!!!!"戻してよ"カイリの心臓を!!!傷を!!」


「それは……出来かねる。俺の能力で戻すとは言え、失った血液などは元の場所に移せない、それに…」




 セカンズは言い淀む。グラムに対しても、何か後ろめたいことがあるかのような。


 しかし、心臓が止まったカイリには少しの予断も許されない。人の脳へ4分以上、血液が回らなくなると細胞は死んでゆき、死に至るか助かっても酷い後遺症が残る。しかもカイリの胸からは失血死してもおかしくないレベルの血液が流出しており、死はより一層現実的なものとなっているだろう。


 セカンズのその"能力"とやらでカイリの心臓が修復できれば、失血死の可能性はあっても心臓マッサージなどで助けることが可能であるから、グラムはそれを申し込んでいるのだ。




















「………セカンズ、お願いします。ボクの、この通りだから」


 グラムは突如しゃがみ、床に正座したかと思えば、土下座をした。M地区としての威厳であり、誇りであり強さであるSIのグラムが、土下座。何が彼をそこまで駆り立てるのか。斗桝カイリとは、そこまで信用できる人間なのか。








 カイリのその必死な「お願い」は、セカンズの目に写り驚きと共に、セカンズの心の中に『決意』を生み出す。




「………いいだろう。"戻して"やる」


「!」


「ここで起きることは、誰にも言うなよ」








 セカンズは他言無用の約束をグラムと泣きじゃくるレンに言い放ち、二人はうんと頷く。






「では………行くぞ……………………………………………………"戻れ"………!!」




 セカンズは意を決してカイリの胸に手を当て、傷口を"戻す"。








 すると、風穴の開いていたカイリの胸の傷が瞬く間に閉じてゆき、完全になくなっていった。




「か……カイリ!!」


「カ"イ"リ"く"ぅ"ん"!!!!!」




 涙を浮かべた二人の不安そうな顔はやや和らぎ、レンはすぐさま心臓マッサージに取り掛かる。






「ありがとうセカンズ!!!あとは心臓マッサージでカイリが回………復……」




 グラムはセカンズの方へばっと振り向き、礼を言うが________








「………………」


「………その、姿って……」


「ああ、これが俺の本当の姿だ。醜いか?」








 グラムが見たのは本当にセカンズだったのか………顔や、身体の至る所に紅斑こうはん、ガサガサとした角質が埋め尽くしていた。










 乾癬________


 体内の免疫が過剰に反応し、細胞にまで及んで炎症を起こさせ、皮膚に紅く発疹が出たり角質化する疾患。


 難治性であり、薬剤で治そうにも薬と一生付き合わなければならない場合も少なくはない。セカンズはそれを持病とし、結局薬では治らなかった者である。




 セカンズはどうやってそれを隠していたか…察しの通りだが、能力である。














 セカンズの能力は時間を操作する能力。………と言っても、自身や触れた対象などに対してである。


 何かを老朽化させることも出来れば、新品同様にまで復旧させることも可能。

 自分に能力を付与するなら、年老いることも、若返ることも。





 セカンズは自分の乾癬を隠すために、身体全体の皮膚を若い頃の肌質にまで"戻して"いたのである。




 しかし、万物には時間の"動かしにくさ"がそれぞれにあるらしく、自分の肉体を一番簡単な1とすれば生命のない物体を2、動く火や電気を3、植物を4、自分以外の人間や動物を5、という風に難易度が組み分けられている。








  5の時間を動かすとなると必要なエネルギーの消費が激しいため、自身の疾患を隠す事まで出来なくなるのである。






「…笑うか?この汚い角質を。紅く腫れたような肌を、かぶれたような皮疹を」


「…………笑えるわけないじゃないか」




 グラムは悲しい目をした。


 ああ、同情しているのか。哀れんでいるんだ。でもどうせそんな感情もいずれくすんで、俺を毛嫌った奴と同じになるのだろうか。セカンズはそう思った。






 セカンズは生まれてすぐ、孤児院に引き取られ、そこで過ごしていた。しかしある時、肌に異変が出てくる________そう、後天性の乾癬である。乾癬を発症したセカンズには、孤児院の皆が伝染する、などと無いことを噂され、それによって忌避され続け、孤児院の職員にまで疎まれる。


 乾癬は伝染しない。しかし、当時は自らも含めて誰もそれを知らないからこそ、避けられる。




 そんな過去を抱え込んでいたのだ。そして能力が使えるようになってからは、誰にもそう指摘されぬよう、隠し続けてきたのだ。






 セカンズは、本当にグラムを信じてこの男に能力を使って良かったのか、と改めて苦悶する。












「うぁ」




「か、カイリくん!!!」






 情けないか弱い声をあげ、奇跡的に息を吹き返したカイリ。救急隊がまだ来ていないのにも関わらず大した生命力である。




「…オレ……………撃たれて………………どうなった?」


「せ、セカンズが、セカンズが助けてくれたよぉっ!!!!」






コヒュー、コヒューと必死に息を吸い込むカイリは、セカンズ「らしき人」を見る。








「…お前…変わったな……………………」


「……………………フン、グラムがお前を助けろと言うので仕方なく…」




 セカンズは、所詮この男も人を見た目で判断し、せいぜい哀れむのであろう、と思いながら発現する。しかし________






「………違う………………………………」


「何がだ」


「………いや……顔つき……というか…………優しく……………なった…ような………」








 セカンズは、困惑する。


 この男は何を言っているのだ。俺の顔を、発疹もぐれの顔を見て、俺の何かが変わったなどとでも言うのだろうか。嘘だ。騙されるな。皆が避けた痛々しい跡の残る顔を持つ俺の、何が分かる。と。






「お前の…………優しさで…………救ってもら、った命……大切に……する」


「もう…………頼らない……ように、すっから、………オレも……強くならない…………と……」


「………ッ!!」




 カイリは息絶え…ではなく、すうすうと呼吸は続けながらも、気を失った。


 セカンズの心の中は、嘘だ、と。信じるなと。この男のやさしさに付け込まれるなと自分に言い聞かせるが________






「セカンズは、平気なふりして、辛かったんだね」






 グラムの言葉でハッと我に返ったセカンズは、眉が少しずつハの字に下がり、涙腺が緩む。うずくまって、発疹の出た顔を手で伏せて泣き、嗚咽を上げる。








 苦しみを負わせたセカンズのかせは、『決意』によってカイリの命を繋ぐ『誇り』に代わる。








 後にカイリは到着したレスキュー救急隊に酸素マスクを付けられT地区の病院に緊急搬送。


 グラムとレンも同行し、カイリは無事回復したことを医者が二人に告げる。二人は大層喜ぶが、セカンズはその喜びの場所に居なかった。










「血が足りなかったから輸血だけで済んだわ」




「ホントにカイリくんが死んじゃったらどうしようかとぉ~!!!」






 瞼に涙を浮かせながら縋すがり付くレンとは裏腹にさっぱりとした表情でベッドに居座るカイリ。






「しかしセカンズには感謝しなきゃな。自分のその……病気を露わにさせちまって」




 申し訳ないことをしたなとぼやくカイリ。当のセカンズは、救急隊や警察が来る前にひとり抜け出したらしい。即ち当事者3人しか彼の真の姿を見ていないのだ。






「カイリ。セカンズからは伝言、貰ってるよ」


「そーっスよ!心して聞くっス!!」






 カイリはまさか彼が気が変わって会議アンサンブルに参加しないなどと言うのでは…と不安そうに思ったが。






「『今度M地区に遊びに行く。美味い飯を任せたぞ』だって!」


「…………」




 カイリはほっと一安心。










『貴公……警戒していたが遅かった。すまぬ』


「いやいいよ。オレも気を緩めてい過ぎた」




 左腕のネギーに対して自分にも非があると言うカイリ。


 しかし……














「オレも…………強くならねえとな」


 この一件によって自分の弱さ、脆さを痛感したカイリは、心の中でまた一つとある『意志』が生まれる。












 病院の窓の外はまだ疑似太陽がさんさんと照らしている。


 明るく、何かの始まりを示唆しているかのような明快な気持ちよさだ。






















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