第037話 呪われた少女⑫

 ダンジョンからでたアレン達一行は、その晩はジャスベイン家に泊まった。


 さすがに疲れていたのだろうか、それぞれの寝室でアレン、レミア、フィリシアは泥のように眠り、目が覚めたときにはすでに朝と昼の境界線といった時間帯だった。



 目が覚めたアレン達は、ジャスベイン家の食堂で食事を取っている。アインベルク家の食堂などとは比較にならないほどの広さと豪華な作りである。


「おはようアレン」

「おはようございます」


 アレンが食堂に入ってきたときに、フィアーネとフィリシアがすでに食事をとっており、入ってきたことに気付くとにこやかに挨拶をしてきた。


「おはよう二人とも、レミアは?」

「まだ寝てるわよ」

「あ、そうなの」

「それでアレン、今日これからなんだけど」

「うん」

「まずはフィリシアの呪いの解呪の儀式を行うと思うの」

「それはいいけど、儀式ってどうやるの?」

「ああ、その辺のことは大丈夫よ。お兄様が昨日のうちに、解呪の儀式を行える呪術師の方に話をつけてくれていたらしいから」

「それは手回しが良いな」

「まぁね、お兄様はダンジョンが絡まなければとても出来る方よ」

「なるほどね。ところでフィリシア」

「は、はい」

「呪いが解けたら君はどうするの?」

「まだ、何も考えていません」

「実家に帰るとか?」

「いえ、実家には戻れません」


 フィリシアは、静かに言う。


「なぜ?呪いが解けたら実家に戻ることだって出来るだろう」

「家が呪われてから家にいた期間は3年間です。そこでもう私とあの人達は家族の関係は完全に壊れてしまったんです。呪いが解けたから、はい元通りというわけにはお互いいかないんです」


 フィリシアにとって家にいた3年間は本当に地獄だった。

 両親、兄、妹、そして使用人達にも恐怖の対象として見られ、陰口をたたかれ、時には暴力も振るわれた。

 特に両親の『お前など生まれなければよかったのだ』という罵声は、フィリシアの心をえぐった。

 この罵声により、フィリシアと家族の関係は決定的に壊れたとフィリシアは思っている。たとえ、呪いが原因としても吐かれた言葉は事実だ。今さら家族の下に顔を出す気などなかった。向こうもそれを望んではいないだろう。

 

「そうか、なら都合がいい」


 アレンはフィリシアにゆっくりと告げる。


「俺の所に来ないか?」

「「え?」」


 フィアーネとフィリシアが驚きの声を上げ、朝食の用意をしてくれていたメイド達がびっくりしたように目を見開く。


「え、え、あ、はい」


 顔を真っ赤にしてフィリシアが頷く。


「ちょっと!!アレン、私というものがいながらフィリシアにプロポーズするなんて、何考えているの!!」


 フィアーネが抗議の声を上げる。


「お前……何言ってんだ!?」


 アレンは困惑に満ちた声で、フィアーネに答える。アレンがフィリシアに言った『俺の所にこないか』は、アレンにとって単なるヘッドハンティングのつもりだった。


「だって、『俺の所にこないか』なんて、プロポーズ意外に考えられないじゃない!!……はっ!!まさか……アレンってそんなケダモノだったの……いいわ、それがアレンの望むことなら……」


 フィアーネの指摘により確かに『俺の所に来ないか』というフレーズはプロポーズとして捉えられてもおかしくない。だが、そんな勘違いをするものがフィアーネ以外に存在するのか?と思い、フィリシアに目をやる。

 フィリシアと目が合うとフィリシアは顔を真っ赤にして目をそらした。


(あ、確実に誤解してるわ……まさかこの部屋にいる全員が?)


 アレンは周囲のメイド達にも目をやるが、全員が『お嬢様という者がありながら他の女にプロポーズする女たらし』『女の敵』という目で見ている。


(まずい、フィアーネはフィアーネで妄想がどんどん進んでいる。早く誤解を解かねば)


「ちょっと待ってくれ!!俺はフィリシアにプロポーズしたわけじゃないぞ!!」


 アレンは、誤解を解くために急ぎ否定の声を上げる。


「フィリシア、誤解を与えたのは謝るよ。俺はアインベルク家の仕事である墓守の仕事を手伝ってもらおうと就職の話をしているんだ!!」

「え?あ……そうなんですか」

「確かにフィリシアは美人だし、性格も穏やかだし、魅力的だよ。でも、いきなり結婚しようなんてそんな節操なしじゃないよ!!」

「う~」


 アレンの美人というフレーズに本当に恥ずかしそうにフィリシアはうつむく。周囲のメイド達のアレンを見る目はさらに温度が下がる。プロポーズの誤解は解けたようだが、『女の敵』の部分はむしろ強化されたといってよいだろう。


 アレンは、決して鈍感でも女心がわからないわけではない。自分の言葉が女性にどう捉えられるかと言うことは基本分かっているが、今回のフィリシアへのプロポーズ云々には、一刻も早く誤解を解かねばという思いとフィリシアを傷つけまいという思いが、フィリシアの容姿云々となってしまったのだ。


 むしろ、容姿云々の言葉により、『女の敵』という評価が定着しつつある。アレンも所詮は17歳の未熟な男子といったところである。


 アレンはフィリシアの誤解(あくまでプロポーズに関して)は解けたと思い、フィアーネの方に目をやる。やはりというかなんというか、こちらの誤解を解くのは骨が折れそうだ。


 フィアーネは絶賛、妄想中だ。所々聞こえるフィアーネの声と、真っ赤になり両手で頬を押さえいやいやをする仕草は妄想の度合いが高い事を示している。


「う~アレンたら一日おきに一人ずつ、まさか毎日、私、レミア、フィリシアをまとめて……きゃ~ケダモノ~♪」


 フィアーネの妄想は、どうやらアレンとの夜の生活に至っているらしい。その事を察したアレンは精神力をごっそり削られるのを自覚していたが、こちらの妄想を止めなくてはさらに面倒なことになるのが理解できた。


「おい、フィアーネ……聞いてるか?」

「駄目だといくら拒んでも、アレンは強引に……そんな~♪」


 帰ってこないので、アレンはフィアーネの頭にチョップをしてむりやり妄想の世界から現実に引き戻した。


「痛いわね。そう、アレンはそういう趣味だったの……でも大丈夫よ、私はアレンのどんな要望にも応えるわ!!」

「だったら、まずは俺の話をよく聞いてくれ」

「分かったわ、それでどんな欲望を私にぶつけてくれるの♪」

(駄目だ……こいつ)

「いいか、フィアーネ、俺はフィリシアにプロポーズはしていない。確かに俺の言葉が誤解を招くようなものだったことは認めるが、完全に誤解だ」

「いいのよ、アレン。一夫多妻制はこのエジンベートでもローエンシアでも認められているじゃない」

「だから……」

「アレンが性獣であっても大丈夫よ。もっと自分に正直になって……イタっ!!」


 妄想の止まらないフィアーネにアレンは今度はデコピンを放つ。一切手加減をしなかったためにベチィィィィ!!という音が室内に響く。


「痛いじゃない!!」

「これぐらいじゃないとお前帰ってこないだろうが!!いいからその妄想を垂れ流しにするのは止めろ!!」

「む~妄想じゃないわよ」

「いや、性獣って変なあだ名をつけんなよ」

「まぁ、アレンが性獣であるのは間違いないと思うんだけど……」

「もう一発いっとくか?」

「分かったわよ。一旦置いとく」


 一旦でも置いとかれたくないのだが、これ以上話の腰を折られるのはたまったもんじゃないので、話を進めることにする。


「俺は、フィリシアに墓地管理の仕事を手伝ってもらおうといういわば就職斡旋のつもりだったんだよ」

「そうなの?確かにフィリシアの実力なら墓地管理の仕事も出来るわね」

「だろ?昨日、リッチを斃してたろ。実力は間違いないだろ」

「確かに、フィリシアの実力なら冒険者としてもやっていけるだろうけど、墓地管理の仕事を手伝ってくれたらアレンにとって心強いわね」

「そうなんだ、フィリシアが加わってくれれば、休息を取ることも可能なんだ。ぜひフィリシアにはこの話を受けて欲しい」


 アレンにとってフィリシアほどのレベルの人材は貴重だった。実力、人柄を考えれば、手放したくない人材である。

 現在の墓地管理は、アレンとレミアが基本二人で行い、フィアーネが時々参加するという感じだ。もしフィリシアが入ってくれれば、何日かの割合で休みのローテーションが出来上がる。

 ところが、墓地管理を任せられるだけの人材を見つけるのはほぼ不可能であり、半ば諦めていたのだ。そこに今回のフィリシアである。


「は、はい!!お受けします。アレンさん達は私を助けてくれました。その御恩を返したいと思います。墓地管理の仕事がどんなものかよく分かりませんがやりたいと思います」


 フィリシアは、しっかりとアレン達を見て答える。


「そうかありがとう。住む所とか給料とかは後で話し合うとして、とりあえずフィリシアが引き受けてくれて良かったよ」



 こうして、アレンの墓地管理の仕事にもう一人得がたい人材が加わった。


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墓守が魔神を斃すことになった物語 やとぎ @yatogi

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