第9話 この意思の持ち主

 気まずそうに下を向いてた二人が、優しく微笑み合っている。あったかいホームドラマみたいな展開になってるけど、妹さんは絶対俺を監視しに来てたよな。

 見られて困る事をするつもりも無かったし、別にいいんだけどさ。


 しかしこのお姉さん、ついさっき勇ましく妹さんを助けに行ったと思ったら、感情も表情も急降下してしまった。あまりにもネガティブ過ぎて、遊び相手の情報を知っておきたい、妹さんの気持ちも分かる気がする。

 

「年子の姉妹って良いものだね。お互いに支え合ってる感じがするよ」

「そうなんですよ! 大切なお姉ちゃんなんで、悲しませたら承知しませんよ?」

「やめてよ桃花ももか! そんな言い方したら、若苗わかなえさんに失礼じゃん!」

「ハハハ……桃花さん顔が本気だね。俺も肝に銘じておくよ」

 

 悪い子達じゃないのは理解出来るんだけど、姉妹が揃って初めて、関わるのが面倒だという感情が湧いてきた。

 別に俺自身が安栗あぐりさんとどうこうなろうなんて気は無いのに、どうしてこんな事になったんだろう。

 親友の頼みでも、安請け合いすべきじゃなかったか。



 ♦︎ ♢ ♦︎ 



 今年のゴールデンウィークに、俺にとって唯一の親友と呼べる存在、浅葱あさぎ天藍てんらんが我が家へと遊びに来た。同じ学校に通ったのは中学の三年間のみなのに、なぜか誰よりも接し易くて、二十歳を迎えた今でもちょいちょい遊ぶ仲である。


 小学校卒業手前に両親を亡くした俺は、しばらく叔父の家庭で世話になり、高三になってすぐに今の家で一人暮らしを始めた。

 勉強やスポーツもそこそこやってきたが、何よりも漫画やアニメの世界に惹かれ、気付けばコスプレに強い憧れを抱くようになった。登場人物になりきる事で、寂しさや窮屈に感じてしまう環境を、忘れたかったのかもしれない。

 誰かに言いふらすような内容じゃないけど、オタク趣味を早い内から知られていた天藍には、憧れについても語っていた。

 

「それにしても柚葉ゆずは。お前一躍有名コスプレイヤーじゃないか。ガチですげぇよ」

「俺はやりたいようにやってるだけだよ。他のことには興味も関心も無いしな」

「まぁ進学しなかったのはもったいないかもなぁ。お前なら大学も就職もいいとこ目指せただろうからさ。でも趣味に偏るってのも、ある意味お前らしいか」

「そういうことだ。好きでもないことに時間を費やすのは、一番もったいないだろ」

 

 昔から変わらない俺達はお互い取り繕う事もなく、他愛のない会話だけでそれなりに楽しめる。そんな関係だからこそ、七年以上も良き友と思っていられるのだろう。


 しかしそんな俺でも、天藍について詳しく知らない部分がある。それは高一の時の奴が、一時期妙に愛想笑いばかりしていた理由ワケだ。

 これだけはいくら聞いても話そうとしなかった。

 

「柚葉ん家は漫画が腐る程あるから飽きねーよ。漫喫ってこんな感じなんかな?」

「こんなに個人的趣向の漫喫があってたまるか。お前も好きな漫画集めればいいのに」

「多少はあるぞ? しかし楽器や機材、音楽雑誌にCDまで結構揃えちまったから、実家暮らしの狭い一部屋にはもう置き場がねぇなー」

「音楽好きで自分でもバンド活動してるくらいなんだから、それもいいんじゃないか?」

「だよな! 好きなもんに囲まれてるって、一番幸せだわ!」

 

 趣味は違ってもそれを相手に押し付けず、かと言って軽視したりもしない。

 居心地の良いこいつとの時間はその日もあっという間に流れ、夜に映画を観ながらつまめる物を求めて、一番近くのコンビニへと向かった。まぁ俺のバイト先でもあるのだが。


 夜道を男二人でぷらぷらと歩き、ガラス越しに並ぶ雑誌が闇の中に目立ち始めた所で、隣にいたはずの友人の歩みが急に止まる。

 

「ん? どうした天藍?」

「いやちょっと……あいつって、まさか……」

 

 左側の路地から真っ直ぐコンビニに向い、徐々に灯りに照らされて見えてきたその顔は、常連の若い女性だった。

 目的地を目前にして、ずっと棒立ちになっている天藍の動揺は明らかであり、俺はどう声を掛けようか悩んでいる。放っておける状況でもないよな。

 

「あー……あの人とは知り合いなのか?」

「………あぁ。知り合い……高校の同級生だ」

「なるほど。お前がおかしくなってた時期があったけど、あの時の原因も彼女絡みってわけだ」

「そこまで察してくれとは頼んでねぇよ。それにあれは全部自業自得だ」

「話が見えないな。あの人はうちのコンビニの常連さんだし、去年から知ってるぞ」

「マジか! ……んー、ちょっと頼まれてくれないか? 俺はあいつに謝りたい」

 

 顔を合わせるのは気まずいとの事で、しばらく店の外で立ち話をした。


 天藍によると、彼女の名前は安栗あぐり結梅ゆうめと言い、大の少女漫画好きらしい。

 俺の愛読書でもある『ご主人様は外面王子』通称が特に好きで、学校にまで持ち込んで読んだり、友人とそれについて会話したりもしていたそうだから、なんか趣味が合いそうだ。

 それと同時に、天藍がうちに遊びに来ても、一度もあの作品に触れなかった理由も納得。


 高校一年の中盤に二人にトラブルが起きて、元々内気なタイプだった安栗さんはますます塞ぎ込んでしまった。何度謝ろうとしてもキッカケが掴めず、暗くなっていく彼女にひたすら罪悪感を感じるだけだったとか。

 そのまま和解せず卒業してしまった後悔が今でも残り、俺に手伝って欲しいと縋ってきたわけだが……

 

「お前さ、その安栗さんのことが好きなの?」

「はぁ!? いや別に悪い奴とは思ってねぇけど、なんでそうなるんだよ!?」

「そういうとこ。めっちゃキョドってるし」

 

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虹結び、開いて惨事、モノローグ 創つむじ @hazimetumuzi1027

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