第8話 姉と妹、互いの心

 妹をナンパ男から引き離し、若苗わかなえさんとしゃべってた席に連れてきたけど、突然こんなことになっちゃってなんだか申し訳ないな。

 自己紹介後も自然に会話を続けてくれてるから、若苗さんの人柄の良さがひしひしと伝わってくる。私が友達と二人で話してる最中、いきなり相手の身内が飛び入り参加なんてしたら、気まずくて口が回らなくなると思う。

 

「あのコスプレのメイク、全部若苗さんご自身でやられてたんですね! 独学でこんなに上手く出来るなんて、本当にすごいと思います」

「美容師志望の桃花ももかさんにそう言われると、すごく自信になるよ。最近ではネットや動画でも、調べれば詳しいやり方がたくさん出てくるから、案外楽しく身に付いたよ」

「あたしが教わりたいくらいです。写真だけじゃなくて、直接見たかったなぁ」

「じゃあ今度イベントに来る? 結梅ゆうめさんと一緒にどうかな?」

 

 ネットでみどりくんの写真を見ながら、楽しそうにメイクの話してるなぁと思っていたら、なんかよく分からない方向から私にも関わってきた。

 それでなくても人混みを苦手としているのに、お祭りみたいなイベントに参加するなんて、いくらなんでもハードルが高過ぎるよ。

 行ってみたい気持ちはあるけど、なんとか誤魔化せないかな。

 

「んー、あたしは行けても夏休みに入ってからですかね。お姉ちゃんは興味あるでしょ」

「え? う、うん、興味はあるよ。でも私にはコスプレなんて出来ないし……」

「それなら大丈夫だよ。イベントにもよるけど、コスプレしてるのは一部のレイヤーだけで、大半は撮影とかが目的の私服の人だからね。見に行くだけでも楽しいと思うよ」

「だってさお姉ちゃん。それとも本当はコスプレしたかったとか?」

「そうだったの? だったら俺も出来る限り協力するよ?」

「いやいやいや、そんなことないです! 私なんて目立たない私服で充分です!!」

「じゃあみどりさんと一緒にイベント行ってみなよ。何かに目覚めるかもよー?」

 

 これは多分……いや、ほぼ確実に桃花の術中にハマってるなぁ。この前遊びに来た時から、妙に若苗さんと繋げたがるし、変な勘違いをされてる気がする。

 どうしよう。さっきの言い回しだと、私服で良いなら行くって言うしか選択肢が無い流れじゃん。

 そりゃあ、またみかどくん姿の彼を見られると思えば、なんだかんだでワクワクしてくるけど。

 

「どーしたのーお姉ちゃん? なーんかニヤニヤしてるよー?」

「え、うそ! そんなに顔に出てた!?」

「でてたでてた。不健全な感じでニヤけてた♪ 若苗さんもそう思いましたよね?」

「不健全かどうかは置いといて、まんざらでもなさそうに見えたから嬉しかったよ」

 

 ワクワクしてたつもりが、ニヤニヤになって表面化していたなんて……。

 普通に恥ずかしいんですけど。

 というか今更ながら、なんでこの喫茶店に桃花がいたのか疑問。

 実家から遠いこんな所に来る理由なんて、もしかしなくても私絡みだよね。

 

「えっとさ、話変わるんだけど、桃花がここに来たのって私の為かな? 私が若苗さんとちゃんと話せるかとか、心配させちゃった?」

「あ〜、ううん、そんな良い理由ではないかな……。あたしの勝手なエゴだよ」

「結梅さんが心配だったのは事実だよ思うよ。桃花さん、駅からついてきてたもんね」

「ちょっ、みどりさん気付いてたんですか!?」

「あの格好じゃ逆に目立ってたと思うよ。チラッと見えただけで気になっちゃったもん」

「うぅ〜、知っててスルーしてもらってたとか、一番恥ずかしい奴じゃないですか……」



 ♢ ♦︎ ♢ ♦︎



 直接会話してみてわかったけど、この若苗という男、探れば探るほど抜け目がない。

 自然な気遣いが出来る上に、喋り過ぎず聞き過ぎずの話し方も好印象。

 おまけに尾行を察していたのに、様子を伺いながら待ち構えられる余裕感とか、文句の付けようが無いじゃない。

 悔しいけど、お姉ちゃんを支えるに相応しい資質を備えた人だ。

 コスプレ姿で出逢ったというのは、本当にただの偶然だったのかな? 

 元々お姉ちゃんの顔を知ってた人が、お姉ちゃんの大好きなキャラクターの衣装で? 

 やっぱり出来過ぎてる気がするなぁ。

 

「ごめんね桃花。私が頼りないばっかりに……」

「え、お姉ちゃん!? 急にどうしたの??」

「私がもっとしっかりしてれば、心配して様子を見に来たりしなかったでしょ?」

「違うよお姉ちゃん。お姉ちゃんが気に病むことなんて、ホントに何もないんだよ……」

 

 いつもこうだ。

 お姉ちゃんは基本軸から内向的な姿勢だけど、何か起きると原因が自分にあると思い込む。裏を返せば、絶対に人のせいにしないという良いところでもあるから、強く否定も出来ない。

 幼い頃からあたしは、お姉ちゃんのこういう性格に、何度となく救われてきた。

 あたしが起こしたトラブルでも、必ずお姉ちゃんが全力で庇ってくれた。

 今度はあたしがお姉ちゃんを守りたい。お姉ちゃんを傷付けない人か、見極めたかっただけなのに。


 どんよりしてしまった空気を変えたのは、真剣な表情をしたみどりさんだった。

 

「結梅さん。家族の心配をするのに、必ずしもマイナスな理由は必要無いと思うよ。大好きなお姉さんが楽しめているか。それが気になるのも、家族なら当然の気持ちでしょ?」

 

 その言葉はきっと、あたしへの助け船だったのだろう。胸にチクリと刺さるモノもあったけど、お姉ちゃんの顔がみるみる明るくなっていき、心からホッとした。

 

「桃花はいつも私のことを想ってくれるよね。本当にありがとう」

「あ、当たり前じゃん! あたしはお姉ちゃんが大好きなんだから!」

 

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