第1章 エピローグ2

「で、中村と飯田が揃っているところを見ると、明音達とは別に本題があるんだろう?」


 運動をしてけだるそうにしながらも、にやりとニヒルな笑みを浮かべ、そう告げる八神。

 早く本題に入らせてくれと飯田の顔が物語っていたのだから、言い当てられても不思議ではない。そして、やれやれやっと自分の出番かと怪訝な表情を浮かべながらタブレット片手に飯田が話を始める。


「これからが本題だ。断っておくが、”彼女らが大切ではない!”、なんて事は一ミリも無いからな」


 中村と飯田がそろっているのだから、本来はここからの話を初めにしておきたかった。飯田は面倒ごとは後に回したくないと思っていたのだから。

 当然、これからが本題で重要事項なのだが、明音達の存在自体も重要であると一言断っておく。飯田にとっての研究対象である明音達にへそを曲げられたらかなわん、そう思ってもいるが表情には見せないくらいの分別はあるつもりであった。


「川崎人工島の地下施設、やっと全貌が見えてきてな、その報告だ」


 やっと本題に入れたと溜息を吐きながらタブレットを八神達に向けながら語り口調で説明し始めた。


 誰もが存在していると思わなかった東京湾の海底のさらに地下。普通の神経なら、そんな場所に研究所を作ろうと思わない。頑丈な岩盤に加工されていたとしても、大きな災害があれば大量の海水が流れ込んでくるのだから。

 だが、そこにあえて研究所を作った事に意味があったのだ。

 とは言いながらも半分以上の機器がいまだに判明していない。重要な機器についてはおおよその検討が付いただけなので、百点満点の回答はまだ出ていない。


 まず、八神達がダストシュートで落ちた先にあった縦穴。実際はそこに存在した横穴である。


 穴に穴。


 聞いただけでは分からないだろう。だが、八神達と明音が落ちた場所に開いていた横穴があった。正確には塞がれていた横穴であるが。そこが、案の定、八神が”ニュー・ヒューマン”へと成ったジオフロントの底と同様の場所であったと判明した。

 空気中に何らかの物質があるかどうかはいまだに判明していないが、一つだけ、他の場所で採取された空気より重い事が判明している。そんな場所が日本ではジオフロントの他に数か所しか把握されていないのだから、飯田達、研究者が驚くのも無理はない。


 誰が、何の目的で縦穴を掘り当て、さらに横穴が”ニュー・ヒューマン”研究と関係していると、気付くはずも無い。意図的に探そうとしなければ。


 次に研究所にあった、伊央理達が浮かべられていた無数にあった水槽。培養槽にも見えるそれである。

 実際は入っていた被験者に睡眠ガス入りの空気を送り込んでいただけの設備である。多少圧力を加えていただろうが、それも微々たるものだ。

 それよりも、送り込んでいた空気が問題だった。

 そう、あの縦穴の底の空気、正確に言えば横穴へ繋がっていたパイプから吸い出していた空気だったのだ。重々しい空気を被験者たちに吸わせ、”ニュー・ヒューマン”へと成らせようと画策していた節があった。

 尤も、空気を吸わせていただけで”ニュー・ヒューマン”へと成れる筈も無い。それは八神や明音が証明しているのだから、無駄な労力と言えるかもしれない。


 これらの大部分が判明したのが数日前。

 研究所にあった端末が全て稼働していれば調査などしなくてもよかったが、動かしていたOSごと、研究記録が保管されていたストレージ記憶装置がすっぽり無くなっていたので一から調べ上げねばならなかったのだ。

 機械自体に自爆装置が付いていたわけではないので全て残っていたので、実質的に調査は人力になってしまった。実に泥臭い調査であった。


 そのおかげでストレージ記憶装置が繋がっていたであろう線の先が判明したのであるが、浸水したドックだったために誰もが絶望したのは目に見えるようであった。


「って、事でアイツアナトリーが再びやらかすであろうことは目に見えてるって訳だ」


 データが詰まったストレージ記憶装置があれば、端末さえ用意してあげれば再び研究は再開できるだろう。それをアナトリーが手中にしたまま逃亡したと考えれば容易に想像できる。

 いや、馬鹿げた研究を続けていたアナトリーなのだから研究を再開するのは当然だ。だから中村は”再びやらかす”と口にしたのだ。


「だが、あの研究を再開したとしても結果が出るのはもっと先だろう。一年、二年で成りそこないが出てくるとは思えませんね」

「って、事はそれ以降って事か?」


 飯田はそう言い放つ。

 とは言いながらも、研究所を一から建設した場合の予想だ。秘密裏に建設しようものなら、成果を出すにはもっと時間が掛かるだろう。


「いずれにしても、何処に逃げたかわからん奴を探すには指名手配が一番だからな。ある程度はこちらも足掻くつもりだ」


 不確定要素が無い訳ではない。嫌な予感ほどよく当たる。そうならないように努力を惜しむつもりは無いと中村が声を上げる。

 アナトリーは八神達が二十四区に帰ってきた早々に国際的な犯罪者として国際指名手配の手続きをしている。それでも地下に潜ったアナトリーが早々につかまるとは思えない。

 それでも、断片的な情報でも集まれば、二十四区署特殊刑事課の面々を現地に派遣することも出来るだろう。


「それまでは平和を享受しようかね」


 八神は大きく伸びをしながらそう呟いた。

 そして、仲良く戯れる明音と伊央理に視線を向けて、これからどうするかと思案する。

 ”ニュー・ヒューマン”へと成った明音は能力を有効に使えるように訓練をしなければならないだろう。それに、軍隊式とまでは行かないまでも、彼女自身で身を守れるようにも訓練が必要だ。


 それでも、アナトリーの噂を耳にするまでは今まで通りの平和を教授出来るだろう。

 束の間の平和を、であるが。

 本当なら、永遠の平和を望むのであるが、ほど遠いと思うしかない。


 奴が悪魔のような研究を続けていればいずれ相まみえる事となるだろう。

 寿命がほぼ無いと言ってもいい八神と明音にとっては目の上のたん瘤である。

 二人が何の憂いもなく平和に過ごせる日は何時になるのであろうか。








これで第1章は終わりになります。

次はちょっとSFチックな乗り物(?)を出す予定です。

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二十四区の不死義な謎探偵(ふしぎなめいたんてい) 遊爆民/Writer Smith @yu-bakumin

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