最終話 芸術祭で市長賞、そして東京への道

2005年9月15日 

 土曜、日曜、祝日はゴールデンウイークとかお盆期間、年末年始など高校自体が施錠される日以外は部活のために登校する麻矢。小学生の時は不登校の時期があったが、中学生以降は学校大好き人間、朝は母・麻郁の運転する車で高校まで送ってもらい、帰りは森本麻衣子とデートのようにバスに揺られて帰ってきており、父・史矢が休みの日は送りも迎えも車でさせるので、高校進学後の山鹿家はすっかり麻矢中心の生活パターンになっていた。

 麻矢には72歳上のおじいちゃん、つまり史矢の父が健在。敬老の日は山鹿家が集まることになっていたので、夕方の麻矢を迎えに行った足で本家に向かうつもりにしていた父・史矢だったが、朝食時になって「今日は高校に行かなくてよくなったけど別に連れて行ってほしい所がある」と言う。

 「あっ、そうか。昨日そう言ってたね、お父さんに言うの忘れてたわ」と母・麻郁。

 「どこに?」

 「美術館、作品が展示されているから」

 「入選した? 作品が?」

 「そうみたい、芸術祭に」

 「あれか、頑張っていた染色」

 「すごいね、高校生でも展示されるのね」


 北九州市の芸術祭は、一般の美術工芸全般の愛好家から学生までが応募できる年1回のイベント、優秀作品は絵画や陶芸、彫刻など部門専門分野別に選考され、優秀作品は美術館で発表、展示される。市民による催しなので全国規模にはほど遠いとはいえ政令指定都市での催し、一般フリー参加で熟練の職人さんのような腕達者も交じっての選考になるので、高校生だけの括りで全国規模のコンクールに入賞できるレベルでも選出されるとは限らない。そこへ習いたての分野の作品が入選したというから保護者としては胸が躍るレベル。

 「あ、それならおじいちゃんも一緒に見てもらおうか、敬老会が終わった午後からなら行ってくれると思うから」

 北九州市の美術館は全国的にも知られている。アニメ「CAT’S EYE」や「シティーハンター」の作者が市出身であるため、作品中に登場する美術館といえばその特異なデザインそのものだからだ。

 展示室は昨年末に第3期生の「卒展」作品が並んだのと同じ場所。染織部門は和服そのものの絹織物など大型作品が大半なので、必然的に展示会場もキャパが必要なのだ。

 そんな中で麻矢の指差すほうを見ると、なんとセンターに座っている、会場の雰囲気からすると異質な感じのモノトーンの作品。それがタペストリー「竹」であった。

 「え、なん、て、市長賞って」史矢が驚愕の声をあげる。

 北九州市長賞、主催者による部門別の最高賞を受賞したのだ、麻矢の作品が。

 おじいちゃんも「凄いな、おめでとう」と自慢の孫にまんざらでもない様子、作品の後方に設置されたベンチに腰かけたまま小1時間は眺めていた。

 史矢の父、麻矢の祖父はもと板金職人、史矢が生まれる頃までは若い職人を住み込みで雇うほどの工務店を営んでいたほど。史矢も幼いころに雨どいやバケツなどをあっという間に作り上げる姿を見たことがあるが、そのへんの工芸的センスは麻矢に多くが受け継がれているかもしれない。

 「今度の日曜日は(ここで)表彰式だから、頼むよ」

 芸術祭は各種部門別に会期をずらして展示となるので、それぞれの展示最終日に表彰式が行われる。

 「なんだ、それなら最終日にくれば良かったのに」と母・麻郁の言葉ももっともだったが、「いやいや、良い敬老の日になったと思うよ、ね、アー君」

 敬老の日に祖父を一緒に連れて行くことを計算していたように思える麻矢、父に言えばこうなるだろうと見込んでいたのだろう。祖父にとっても最高のプレゼントになったようで、その夜の山鹿家での敬老会も楽しいひとときになった。


父・史矢の実姉である富士子と従姉の祐紀も野球好きなので、夕食を囲んでの話題はその夏の甲子園大会。大阪桐蔭の中田翔、衝撃の甲子園デビュー、1回戦の春日部共栄(埼玉)戦だ。もともとその試合が始まるまでは中田より2学年上の剛腕・辻内崇伸と豪打・平田良介の怪物コンビが注目を集めていたのだが、1年の中田翔が5回途中からマウンドに上がると140キロ台後半のストレートとキレのあるスライダーを武器に6奪三振の好投。打っても左中間に特大のホームランを打つなど、まるで中田の甲子園大会になったのだ。

 「中田くん、凄かったよね」「あと2年、桐蔭は強いね」

 「投げる方はまあまあだけど、打つ前のフォームが出来上がっていたし」

 「打つ前から(大きいのを)打つ雰囲気、オーラが出てたしね」と麻矢も自分より1年下に桁違いの野球才能をもつ逸材の存在が気になっていたようだ。

 それまでの甲子園デビューの1年生はピッチャーかバッターで、以前にはPLの清原和博が1イニングだけ投げたり、桑田もホームランを打ったりというのは連続出場するうちに見ることができたわけだが、いきなりのデビューで投打で桁違いの凄さを見せたのは中田翔だけだろう。スーパー1年生と呼ばれだしたのもこの頃である。

 「麻矢くんもスーパー高校生よね、休みなく高校に通ってるでしょ、部活も」

 「(北九州)市長賞だって、凄いね」

 「ありがとう、たまたま審査の先生のツボだっただけと思うよ」と大皿からから揚げを2つ小皿に取りながら謙遜する麻矢。

 「進学はどうするの? やっぱり美大系?」

 「まだ、はっきり決めてないけど…」従姉の祐紀の質問にはまだこんなふうにしか回答できない麻矢だったが、大和先輩が東京藝大の一次は合格して武蔵野美大は合格したけど、東京藝大の油画へ再挑戦するために浪人中であることなどを説明すると、祐紀は真顔になって「それじゃあ麻矢くんにも可能性あるのね、東京藝大」「そうね、そうよね。その、先輩が今度合格したなら、なおさら、ね」と富士子も同調した。

 「…大学に行かせてもらえるなら今、勉強していることが生かせたらいいとは思っているけど」 

 「それって、東京に行くってこと?」と母・麻郁が動揺の表情を見せた。5年前に兄・郁矢を病死で失って、ようやく麻矢の成長によってその寂しさから逃れられていたのに、その麻矢も手元から離れようとしているかもしれない、そう感じたのだ。

 これまではっきりとした目標が定まらなかった麻矢だったが、祐紀たちの言葉に後押しされて「進学」、として「東京」という方角のようなものがはっきりしていくように感じた。


高校進学編、終わり。


大学進学編は「アーティストになる2」へ続く

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