第7話 過去と告白

「お前、九条か……?」


 俺はとっさに、霧矢に向かってそう訊ねていた。


 覚えていないかもしれないけど、俺の名前は九条奏太くじょうかなただ。

 そんな俺が、霧矢に向かって、九条という名字を使ったのは、なにも頭がおかしくなったからではない。


 俺のことを、「かーくん」と呼ぶのはどれだけ過去を遡っても一人しかいないのだ。

 俺と同じ名字で、小学四年生の途中で、親の都合で転校した──


「ち、違いますけど……」


「いや、じゃあなんで今かーくんって呼んだんだよ」


「か、かーさんって呼んだのよ」


「無理があるだろ」


「うっ……」


「お前、九条花蓮だよな。ああ、納得した。だから、俺の家知ってたのか……」


「か、勝手に納得しないでよ。違うって言ってるでしょ」


「でも、六年も経つと人って変わるもんだな。昔は眼鏡かけてたのに」


「だから違……そ、そんなジロジロ見ないでよっ。あたしを視姦するとか、最低……」


「……いや、視姦してるわけじゃないから! ちょっと色々謎が解けて興奮しちゃって……」


 霧矢は茹でたタコみたいに真っ赤な顔をしながら、あさってに目を向ける。

 恥ずかしいのか、声が全然出てなかった。威勢のいい霧矢にしては、珍しい反応だ。


 謎だった部分が附に落ちて、俺は感嘆とした息を漏らす。


 小学校の頃の記憶など、ほとんど抜け落ちていた。転校した九条かのじょのことは覚えていたけれど、霧矢と結びつけられるだけの材料はなかった。

 だって、それくらい、昔の彼女と今の彼女は違う。外見に限れば、別人と言われた方が納得のレベルで変化している。


 けれど、初対面なのにやたらと霧矢と話しやすかったのも、過去に繋がりがあった事に起因していたのだろう。昔から変わった奴だったが、それに拍車がかかった感じだな。今の霧矢は。


 霧矢は観念したのか、呟くようにもらす。


「……思い出すなら、最初に会ったときに思い出しなさいよね」


「最初?」


「入学式の日。あたしが落としたハンカチを、かーくんが拾ってくれたでしょ」


「えっと……」


「一回、焼却炉の中に突っ込まれればいいのに」


「死ぬよそれ」


「死ねって言ってるのよ」


「ひどくない?」


 俺はぎこちない笑みを作る。

 入学式となると、校長の話が長かったことくらいしか覚えていない。


 ただ、ハンカチを拾ったかどうかで言えば、恐らく拾っている。

 俺の性格なら、目の前にハンカチが落ちていれば、持ち主を探すし、見当たらなければ落とし物コーナーへと運んでいるはずだ。


 霧矢は、視線を落とすと、訥々としょぼくれた声で続けた。


「あたしのこと思い出してくれるように、かーくんの教室の前をウロウロしたり、さりげなく登下校の時間が重なるようにしたり、とにかく色々頑張ってたのに、思い出すどころか見向きもしてくれないし」


「ご、ごめん、気がつかなくて」


 霧矢から、「一〇〇回告白したら付き合ってもいい」と言われるまで、まともに認識をしたことがなかった。

 俺、周りへの関心が薄いからな……。


「ホントさいてー」


「だ、だからごめんって。でも、それならさっさと教えてくれればよかっただろ。そしたら、すぐ思い出したし」


 俺は霧矢を見て、彼女のことをすぐに思い出すことは出来なかった。

 だが少し説明してくれれば、必ず思い出したはずだ。「かーくん」と呼ばれただけで、記憶の引き出しから蘇ってくるくらいだし。


「あたしはすぐに分かったのに、かーくんだけあたしに気がつかないなんて、気に喰わないのよ」


「なんだ……もっと複雑な理由があるのかと思っちゃったよ俺。じゃあ、なんで急に一〇〇回告白しろだとか言ったわけ?」


「いつまで経っても思い出す気配がないから、我慢ならなくなったの」


「だとしても、一〇〇回告白しろは突拍子がなさすぎないか?」


「そんなことないわよ」


「いやあると思うけど」


 俺が霧矢のことを思い出す気配がない、だから直接接点を持つことにした。これは分かる。けれど、一〇〇回も告白を要求する意味だけは、分からなかった。


 俺が疑問符を頭上に浮かべる中、霧矢は視線を斜めに逸らして、小さく吐息を漏らす。


「あたし、これまで九十九回告白されてるのよ」


「え、お前に告白する物好きがそんないるのか?」


「し、失礼ね! あたし結構モテるんだからね! なぜかある程度接点がある人から告白されたことはないけれど、一目惚れとか、ナンパとか、とにかく告白された経験は多いんだから!」


「なるほどそのパターンか」


 確かに外見だけに絞れば、霧矢は超絶美少女だ。

 芸能界に居てもおかしくない。それだけのポテンシャルがある。


 外見だけで判断した男が、告白してきたパターンは普通にあり得るか。


「それで、九十九回告白されたのがどう関係するわけ?」


「九十九回告白されたってことは、それだけあたしには、数多の恋愛を詰める経験があったの。でも、かーくんのために全部断ったんだから、その分告白してくれないと釣り合いが取れないというか、あたしの腹の虫が治まらないというか?」


「ちょっと何言ってるかわかんない」


「安心して。あたしもよくわかってないから」


「いや、お前は分かっててほしいんだけど」


「まぁ、とにかく、あたしを放っておいた分、なにかさせないと気が済まなかったの」


 ジッと俺を見つめてくる。

 わずかに瞳は潤み、切なげな表情を見せている。


 九十九回告白された。それが本当なら、それだけ、恋愛できるチャンスがあった。


 けれど、霧矢は誰一人として付き合うことをしなかった。その理由を、俺だけはそれを理解している。だから、霧矢の表情の真意も俺だけは理解できた。


 九十九回告白されたのに、俺には一〇〇回告白を要求している。

 要するに、一〇〇回目は、今まで他の人から受けた告白の精算ではなく、俺から霧矢に向けての告白という意味合いだろう。


 幸いにも、俺は九十九回告白して、やめている。


 俺は寂しそうな瞳を見せる彼女に近づいた。


「な、なによ。急に」


「気づかなくてごめんな」


「い、今更謝っても遅いんだから」


「ずっと好きだった。俺と付き合ってください」


 深々と頭を下げて、霧矢に向けて手を差し出す。

 彼女は、大きく目を見開くと、黒目を左右に泳がした。


「う、嘘。気安く、ずっととか言わないでよ。あたしのこと気がつかなかったくせに……」


「じゃあどうしたら信じてくれるの?」


 俺は頭を上げると、許しを請うように彼女の目を見つめた。


「……結婚。結婚してくれなきゃヤだ」


「お前、やっぱその約束覚えてたんだな」


「わ、忘れるわけないでしょ! 今でこそ、この名字も気に入ってるけど、当時は結構キツかったし」


 霧矢は、小学校四年生のときに親の都合で転校した。

 キッカケは母親の再婚だ。


 家庭の事情なので、俺にはどうすることもできなかったが、俺は当時の彼女を慰める意味も込めてこういったのだ。


『大きくなったら俺と結婚すればいいだろ。そしたら、また九条に戻るし』


 実際には、新しいお父さんが家にくることや、転校への不安。そのほか、俺を含めた友達と別れることに対して、彼女は落ち込んでいたのだけど。

 当時の俺には、気の利いたことを言えるはずもなく、そんな無責任なことを口走っていた。ただ、無責任なりに責任があったのも事実だ。


「そんなに九条に戻りたいのか?」


「別にそれはもう割とどうでもいいけど……」


「言っとくけど、俺だってこの六年で結構変わってるんだからな。そんな簡単に結婚とか言うと、あとで後悔するぞ」


「こ、後悔なんてしないわよ。あ、あたしはずっと、かーくんのこと……」


 そこまで言いかけて、もにょもにょと言いよどむ。

 俺はそんな彼女が愛おしくなって、許可も取らずに抱きしめた。


「……っ、え、い、いきなりなにすん──」


「結婚は今すぐに決められないけど、俺と付き合うのはダメ?」


「だ、ダメ。結婚してくれなきゃヤだ」


「じゃ、俺と付き合ってくれるまで、離してやんない」


「……ふ、ふーん。そう来るんだ。じゃ、根比べね。言っとくけど、あたしはずっとこのままでもいいんだからね」


「それ、めっちゃ不便だな。でも、俺も負ける気は無いから」


<完>

 ───────────────────────


 最後までお読みいただきありがとうございました。


 需要があるのかないのか分からないので、見切りをつけました。長期的な連載を希望していた方、いらっしゃいましたら申し訳ありません。少しでも、楽しんで頂けていたら幸いです(^^)

 他にも色々投稿していますので、お時間がありましたら、ぜひ作者のマイページの方を覗いていってください。大体、ラブコメです。

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一〇〇回告白したら付き合ってあげると言われたので、九十九回告白してやめてみた ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

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