十三.少年の誇り
「お役に立ちましたでしょう?」
「ああ。助かったよ。……あれ合法?」
「ふふ、どうでしょう」
王都マラドへ戻った灰次は、城で王国印の返却を受けたその足で節気商に向かった。
ルーラについて尋ねようとすると、トウカにいつもの調子で笑ってごまかされる。この反応も予想したとおりだ。
「術師だろう、あれ。元研究員か」
「そんなところです」
深くは聞くなと言外に告げている。いつものことではあるが、節気とズー・ディアは底が知れない。あまり突っ込むのも危険だということは灰次も承知している。
どうあれ、毎回その底の知れない組織の力に助けられているのだから、踏み入るなと言われればそれ以上深入りするようなことはしないようにしていた。
「カラーさん、チップスとても美味しかったです。ごちそうさまでした」
「まだあるよ。おみやげ」
「まあ、ありがとうございます」
以前と同じようにリンゴチップスを取り出すと、トウカに手渡した。
それからバージの元へ立ち寄り、不在を確認すると灰次は果実酒の瓶をテントの脇に置いた。報告などするまでもなく、彼の元には今回の顛末が届いていることだろう。顔を見せるのは、次に来たときでいい。
そのままゼロストリートを出て、愛車を引き取りに向かう。
「あ、藤堂さん!」
今日は店は開いていた。いち早く灰次に気付いたユガが、十九郎を呼ぶ声が響く。
「いろいろあったんだって? ハリロクも大騒ぎだったみたいだ。じっちゃんがうまくおさめたらしいが」
「ほい、土産」
「お? おお、なんだこれ、リンゴのケーキか? うまそうだな」
「タルトタタン、て言うらしい。酒よりこっちのほうがいいだろ」
「ああ、ありがとうな!」
見た目も美しい、初めて見る菓子に、十九郎は満面の笑みを浮かべる。
それから急に真面目な表情になったかと思うと、じっと灰次を見つめた。
「……本当に、ありがとうな」
「なんだよ改まって」
「職人たちが誇りを失くすところだった。ありがとう」
「……ああ」
灰次には、職人たちの技術も努力も誇りも、よくわからない。否、よくわからなかった。
けれど今回の件で、それがこの国を支えていることを実感した。
自分たちが普段目にしているもの、何気なく使っているもの、その全てに彼らの技術が、誇りが、生き様が詰まっている。
自分はどうだろう。掃除屋という生業に何を感じているだろうか。誇りはあるか。意地はあるか。どうして、掃除屋を続けているのか。
「灰次、よけいなこと考えてるね」
「はあ?」
バイクを走らせながら考え事をしていると、隣でカラーがため息をついた。
「灰次が掃除屋やめたら、カラーこまるよ」
「やめねえよ」
即答した自分に少し驚いた。
辞めるつもりはない。それは本心だが、職人たちのように誇りがあるわけでも、意地があるわけでもない。それでも、辞めずに続けていたいらしい。
「それでいいよ」
「……お前、最近ちょっと腹立つ言い方覚えたよな」
「わるいことじゃないでしょ」
「まあ、そうだな。いいことかどうかもわからないけどな」
相棒であり、ペットであり、自分と契約関係で結ばれている黒猫は、日に日に人間らしくなっていく。そうあれと望んだからか、それとも望まずともこうなることは決まっていたのか。
どうあれ、灰次は今のカラーとの関係に不満はない。この生活にも、この国にも。
きっといつまでも、どこまでも、この黒猫とともにここで、掃除屋として生きていくのだ。
「随分、怒られてしまいました。リャンさんたちに」
ハリロクタウンに着いて桐生院工房を訪ねると、相変わらず工房主はふらりとどこかへ出かけていて、ロイが迎えてくれた。
その後どうだと尋ねると、ロイは苦笑いしながらそう言った。
「
その光景が目に浮かぶ。彼らはいつだってロイのことを信頼し、その腕を認め、自分たちの仲間として尊敬していた。それは、灰次にもよくわかる。だからこそ、彼が桐生院を名乗らないことが許せなかったのだろう。
「ロイ、なまえかわるの?」
ミルクを飲み終えたカラーが首をかしげる。
「はい。……改めまして、藤堂さん、カラー。桐生院工房のロイです。これからも、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
いつもどこか晴れなかった少年の表情が、今はこんなにも眩しい。
彼はこれからもこの工房で、ロイとして生きてくのだ。
捨てた過去すらも抱えて、消すことのできない罪を背負って、ここで職人として生きていく。
前を向いた彼の胸にも強く、職人としての誇りが刻まれている。
そしてその誇りはこれからも、この工房を、街を、国を、なによりも彼自身の人生を、支え続けていくのだろう。
掃除屋と黒猫2 掃除屋と黒猫と職人の誇り こたみか @kotamika_86
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