EX.怠惰の咎人は自戒する


燃え盛る焔の中で抱き合う二人の姿が見える、ついさっきまで自身を殺そうとしていた男など比較にならないほどの恐ろしさで荒れ狂う焔の中にいるレイルに銀髪の少女は臆する事なく向かっていってレイルの傍へと行く、そして獣の様に顔を歪めるレイルの頬に手を添えて唇を重ね合わせた。


その光景と銀髪の少女に言われた言葉が頭の中で巡る。


(貴方は一番近くにいて何も見てこなかったのね)


(苦しんできた彼に助けられるんじゃなく助けたいとは思わなかったの?)


(私はレイルが好きだから)


助けられるんじゃなく助けたい、ただ純粋にレイルを想っていなければ出ない言葉を突きつけられてリリアは自身の今までを思い出す…。










―――――


幼い頃から二人は行動を共にする事が多かった、内向的なリリアと子供ながらに達観していたレイルは他の子達と馴染めなく常に傍にいる様になっていた。


リリアが困るとレイルはすぐに手を差し伸べた、他の誰よりも近くにいて誰よりも一番にリリアが伸ばした手を取ってくれていた。


いつからだろうか、レイルが傍にいるのが、助けられるのが当たり前になってしまったのは。


いつからだろうか、共にいてくれる事の嬉しさやありがとうという気持ちを言葉にして伝えなくなってしまったのは。


レイルが村を出ると言った時、リリアには村に残るという選択肢はなかった、胸中にあったのはレイルを頼りに出来なくなるという事への恐ろしさだった。


幸いというべきだったのかリリアにはレイルにはない回復術の才があった、共に村を出て冒険者になってすぐにハウェル達と出会った。


パーティを組んでから色々な事があったがリリアの心の内には常に不安があった、冒険者となってから魔物や野盗など村にいた時とは比べものにならない敵意や悪意を向けられる不安を紛らわせる為にレイルへの依存が深まっていった。


だがとうとうどうしようもならない時が来た、開拓途中の領域で見つかった魔物の暴走群スタンピード直前まで拡大していた魔物の巣の討伐任務がアインツの冒険者全員に発令された。


討伐の為の再編によってレイルとリリアは別の班へとなった、前衛として高い評価を得ていたレイルは最前線に駆り出される事で会えなくなる時間はより増えていき不安は更に大きくなっていった。


そこをセネクに突かれた、リリアが抱えていた不安やレイルに対する劣等感に気付いたセネクは共感を感じる様な同意したくなる言葉をリリアに囁いた。


彼は優秀で器が違う、自分達の様に持たざる者の心を理解できないのは当たり前だ。


自分が優秀だと自覚がない者ほど他者との格差に苦しむ辛さを知らない、だから君の苦しさや辛さを理解してないのはしょうがない。


私にも君の辛さが理解できる…。


セネクが囁く言葉の蜜にリリアは抗えなかった、恋人となっても引け目を感じていたレイルよりもリリアと同じ目線から話してくれたセネクの言葉に嬉しさを覚えてしまった。


(あぁ…)


与えられた蜜の甘さに酔ってその身を任せた、すがられる快感に流されてレイルの想いを踏みにじっていると気付けなかった。


そして自分の愚かさを突きつけられて尚、私は誰かにすがる事をやめれなかった…。







―――――――


王国の兵士に連れられて教皇様に診てもらってから数日後にレイルが部屋に訪れた、アインツで別れた時に向けられた憤怒の眼とは違い、落ち着いた光を灯した眼だった。


「…俺は、やっぱりお前を許せない」


だけど紡がれた言葉はあの時の決別の続きだった。


「だけどお前と過ごした日々がなくなる訳じゃない、もう共にはいれないし、信じる事は出来ないが…」


言葉を伝えられる度にレイルがどれだけ想ってくれていたか、どれだけ大切にしてくれていたかが伝わって…。


「それでも恋人であったお前に不幸になって欲しいとも死んで欲しいとも思ってない、だから俺から言うのはこれだけだ」


それはけじめだった、幼い時からずっと居てくれたレイルなりの私への最後の情…。


「さよならだ、それとお前をちゃんと見てやれなくてすまなかった…」


そう言い残してレイルは背を向ける、もうレイルが私に関わる事も何かをする事もないだろう、だけど…。


「…ごめん、なさい」


このままでは駄目だ、自分の犯した過ちを償うには、そんな資格がないのだとしても私は真っ先に言わなければならなかった事を口にした。


「貴方の想いを裏切って、貴方の事を考えなくて…ごめんなさい」


ずっと言わなければならなかった事を口にする、あの時になによりも謝らなければならなかった事といつしか伝えなくなった想いを。


「今まで助けてくれて、守ってくれてありがとう…私の恋人になってくれて本当にありがとう」


眼から涙が溢れ出る、それでも言わなければいけない、こんな最低な私を守り続けてくれた人の枷にだけはなってはいけないから。


「さようなら…」


それ以上はただ自分の愚かさと後悔で言葉にならなかった、レイルは私の言葉を最後まで聞いてから出て行った。


部屋には私の嗚咽だけが響いた…。






―――――


教皇様から許可が下りた私をアレッサさんとハウェルさんが迎えに来てくれた、アレッサさんは私に抱きついて「本当に良かった」と泣いていた。


「アレッサさん、ハウェルさん、本当にありがとうございます…それと今までごめんなさい」


「良いわよ、私だって貴方を守れなかったんだから」


「違うんです」


アレッサさんとハウェルさんに向き直る、レイルと別れた後にどうすれば良いかをずっと考えて辿り着いた結論を二人に話した。


「私はずっと誰かに任せて生きてました、責任を背負いたくなくて、選択を誰かに押しつけてずっと守ってもらってました…でも、もうやめます」


誰かにすがって歩くんじゃなくて、誰かに自分のやらなきゃいけない事も、償う方法を決めてもらうのも。


「両親にレイルとなにがあったか話します、治療院もちゃんと理由を話して引き継ぎを終えたら辞めようと思います」


「しかしそれは…」


「怒ると思います、縁を切られるかも知れないですけどそうなったとしても大人しく受け入れます」


「…その後はどうするの?」


「正教の修道女になります」


「修道女に…!?」


正教の修道女は女性であれば誰でも受け入れる、ただ修道女になるというのは生活は清貧で厳しい戒律を守る生涯になる事を意味している。


「幾らなんでも…」


「…私は弱いです、きっとこのままアレッサさん達に甘えたらまた過ちを犯してしまう、また責任から逃れようとしてしまう」


だから、と言葉を続ける。


「これが私なりのけじめなんです、私を甘やかしてしまう私が出ない様に、私が犯した罪を決して忘れない様にする為の戒めなんです」


真っ直ぐに二人を見る、こうして自分の考えを二人に言うのは初めてかも知れなかった。


「私はもう、私の責任から逃げたくない」


自分の見出だされた業を生涯戒め続ける、自己満足かも知れないけど…それが私に出来る贖罪だと思うから…。






――――――


降魔大戦からしばらくの時が過ぎた頃…。


王都の教会にて一人の修道女の葬儀が行われた、彼女は教会の孤児達の世話や怪我に苦しむ人々を身を粉にして助ける姿から多くの人に慕われた。


彼女を慕って愛を伝える者もいたが彼女は決して答える事はなかった、自身の時間を子供達に道徳を教え、非行に走ろうとした者を説き、傷ついた者を癒す事に費やした。


棺に眠る彼女は安らかな顔をしていた、多くの人に差し伸べてきた皺だらけの手には一冊の本が握られている。


それは正教の教典ではなく彼女が子供達に良く読み聞かせていた物語だった、今や世界中の人々が知るであろう一人の剣士の冒険を記した本を彼女は宝物の様に抱えて永い眠りについていた。


「…お前の事は何度も耳に入ってた、どれだけ頑張ってきたかも、どれだけ多くの人を助けてきたかも」


棺が閉じられて墓地に埋葬される、空は彼女の魂を迎え入れるかの様に晴れ渡っていた。


「良く頑張ったな、俺はお前を許すよ…リリア」


これが彼女に与えれる、最後のものだろう…。

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【コミカライズ】傷心剣士は激情のままに剣を振るう~恋人に浮気された剣士は自棄になって竜に挑み剣の極致に辿り着く~ 犬鷲 @ekureil

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