第2話 マダムアローのお茶会
サロン「マリンアロー」は海の見える山の中ほどにある広い敷地を持つ館。春の日差しが心地好い昼下がり。マダムアロー主宰のお茶会が開かれた。招待客は5人。一人目はパイン夫人。鴉の濡れ羽色の艶やかな黒髪。理知的な切れ長の目。細い鼻筋と桃色の薄い唇。怜悧な印象を与える面立ちだが、その名の通りの胸元と、細い柳腰、しっかりと張ったお尻というスタイルの美人。社交界では黒百合と称される華。二人目はメロン夫人。カールのかかった赤毛のショート。アーモンドの瞳。高い鼻梁に厚めの赤い唇。乗馬を趣味として公言するだけあって引き締まったスタイルだが胸元は窮屈そうに乗馬服にしまわれている。遠乗りのお誘いは後を絶たず馬乗り夫人と称される。三人目はベリー夫人。プラチナブロンドの髪をアップに結い上げ、白いうなじとコントラストをなしている。海のように蒼い瞳。小さな鼻に桃色の唇。小柄な体躯。白百合と称されパイン夫人と双璧を成す。四人目はピーチ夫人。肩までのウェーブのかかったブラウンヘアー。赤味がかったブラウンアイと泣き黒子。丸みをおびた鼻に八重歯を隠す紅い唇。少しふくよかな身体。美食家として名高く美味しんぼう夫人と噂される。最後の五人目はレモン夫人。青味がかった白髪に翡翠の瞳。褐色の肌に筋の通った鼻と小さな紅い唇。成長途中の体躯。社交界デビューしてまだ3年目。新婚でもあり、かすみ草夫人と囁かれている。
「気持ちのいい日になりましたね。皆様をお迎えする今日が陽気に恵まれたことを嬉しく思いますわ。」
「本当だね。気持ちよく馬を走らせる事ができたよ。ジョニーも気持ちよさそうだったね。」
「メロン夫人は相変わらずね。今日も従者の方を置き去りにいらしたのでしょう?」
「逸る気持ちを抑えきれなくてね。パイン。」
「わかりますわ。私も今日が待ち遠しくて。」
「ピーチの場合はここのお茶よりもお菓子のほうだろう?」
「まあ。意地悪なことを。」
「私も楽しみでした。昨日は中々寝付けなくて。」
「そう言ってもらえるとお誘いしたかいがありますわ。レモン夫人。」
「その気持ちは私もよくわかります。レモンさん。」
「貴方も寝付けなかったの?ベリー。」
「そういう訳ではないのだけど、お誘いがいつあるのか待ち侘びていたのです。パインさん」
「その気持ちは私も同じね。」
「私もだ。」
「私も。」
「まあまあ。皆様お上手だこと。満足していってもらえると嬉しいわ。」
「その点に心配はないね。」
異口同音に返事を返す招待客。
そこにノックが鳴り声がかかる。
「奥様。お茶のご用意ができました。」
その声を聞き、招待客達の顔に喜色が拡がる。入って来た男の顔を見て夫人達は息を飲む。
「あら、セバスはどうしたの?」
「最初だけご挨拶をと思ってね。この跡は引き継ぐよ。パイン様、メロン様、ベリー様、ピーチ様、レモン様、ご無沙汰しております。本日はようこそいらっしゃいました。今日の茶葉は私が現地で、仕入れた物になります。心ゆくまでお楽しみください。」
「ロック様。お会いできて嬉しいですわ。また、旅先のお話しをお聞かせくださいね。」
「喜んで、パイン様。」
「ロック殿また、遠乗りへ行かないか?今度は負けないぞ。」
「お手柔らかに、メロン様、」
「ロック様、この間頂いた御本読みました。」
「今度感想をお聞かせください。ベリー様。」
「ロック様、また我が家のディナーにいらしてくださいな。」
「良いお酒を吟味しておきます。ピーチ様。」
「ロック様。あの、あの、ご紹介頂いた温泉はとっても、あの気持ち良くてぇ。」
「霊験あらたかだった様ですね。レモン様。」
「あらあら。人気者ね。貴方。」
「大変光栄です。マダム。しかしながら、私の真心はただお一人に捧げております。」
そう言いながら、ロックはマダムアローの右手甲に口づける。
「お義父さまのヒット様といい、ナッシー家の男は油断ならないわ。」
「君には敵わないな。それでは御婦人方。ごゆっくり。」
ロックは一人一人にお茶をサーブし終えて、部屋を後にする。
「相変わらずお熱いわね。」
「全くだ。」
「素敵ですぅ。」
「本当にね。」
「ほうう。」
「うふふ。さあさあ。いなくなった男のことはお忘れになって、気兼ねなくお茶を楽しみましょう。」
淑女倶楽部 かおるキーン @excellca
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