河童が出てきて歴史を殺す! 空前の郷土偽史百合バトルを目撃せよ。

とある田舎町の町おこしをめぐる偽史百合河童懲罰バトル小説です。

主な物語の語り手は二人。
中学校の郷土史部に所属する少女・今井早希。
地元のしがない電気屋の店主・新島。
この二人の視点で交互にストーリーは進んでいきます。

地方の小さな田舎町に過ぎなかった時漏町。そこにあるとき、町おこしの企画が立ち上がる。町おこしの題材となるのはずばり「河童」。突如現れた若き地方創生アドバイザーの主導によって、町はにわかに活気づいていくのですが……。

まず、特筆されるのは田舎のリアリティです。地方の町に特有の排他的で相互監視的な厭な感じ。この描き方が絶妙なんですね。加えて、町おこしが進むにつれて町に漂い始める不穏な空気。この居心地の悪いリアリティがこの作品を何より魅力的たらしめています。
その不穏さと対比的なのが、少女・早希の目線で描かれる教師・加古川八重に対するふわふわとした思慕のまなざしです。中学校の図書室という静かな空間で行われる二人だけの部活動。「少女と老女の年の差百合」という要素だけでも十分に読み手を引きつけるのですが、この二人の多くを語らずとも分かり合っているという関係は、読みながら思わず口元がゆるんでしまいます。


そして河童!

かつて芥川龍之介が「僕はこの事実を発見した時、西国の河童は緑色であり、東北の河童は赤いという民俗学上の記録を思い出しました」と書いたように、一言に河童と言っても呼び名から見た目、性質まで全国さまざまにあり、その姿は一様ではありません。
でも、多くの人にとってそんなことは関係ない。
作中では河童で町おこしをしている自治体として岩手県遠野市や兵庫県福崎町の事例が紹介されていますが、これらとは別に、実際、地元の歴史にまったく関係のないものを持ってきて町おこしをしている例というのはいくらでもあるんですね。本作品からはその辺りの問題意識がビシビシと伝わってきます。

はたして、河童は本当にいるのかいないのか……。
ぜひみなさんも本作品を読んで、その真実を確かめていただきたいと思います。

あと、個人的な推しキャラは地元ヤクザのせがれの彼ですね。伝奇百合バトルが繰り広げられている現場の中心で慌てふためき孤軍奮闘する少女漫画チックなオレ様系ヤンキー……というキャラクター造型が実にいい味を出しています。彼がいることによって早希と八重の関係が際立って見えているように思います。
逆に「すべてを憎む女」の彼女は、周到に準備を重ねたうえで万全を期して登場する分、表舞台での活躍がやや物足りなくも感じました。もっと殺伐感情ライバルとして活躍するさまを見たかったかなと……これはあくまで好みの問題かもしれませんが。


河童懲罰と偽史と百合と異能バトル。
すべてを詰め込んだ空前の妖怪小説、オススメです!