第49話 最終話 上陸戦

上陸戦


背部に水中航行用モーターを背負った重機の操縦は難しい。わずかなバランスの変化で方向を変える。加えて腕を動かすことで抵抗を生み大きく方向を変えることができる。

六両は激しい波に揉まれながらも島を目指した。原爆の爆発は直接彼らに被害をもたらすことはなかったが、荒れた波となって彼らをほんろうした。チェリオットの操縦はさらに困難を極め、一人の脱落者もなく島にたどり着いたのが奇跡だった。

アメリカ軍の攻撃により海岸線は荒れ果てていた。おそらくあったであろう防衛陣地は崩れ去り痕跡もなく、予想された抵抗もなかった。極秘に潜入するのが目的の水中行軍であったから、狙い通りではあったが、あっけなさに拍子抜けした。

島の奥地に入り込むとようやく基地らしき建物が見えた。地下へと降りてゆく階段を持つシェルターのような建物や電波塔らしきものが数軒立っていた。陸戦隊は電波塔他地上施設に侵入し、重機は地下へ向かう階段を下りた。重機が通れるほどの高さと幅の十分にあるそれは、「石切り場の賢人」も重機同様の兵器を持っていることが予想できた。

地上施設にはめぼしいものはなかった。アメリカ軍の攻撃を予想してか、書類など見当たらず、重要と思われる機器などすべて破壊されていた。

その頃潜望鏡で地上を監視していた伊号潜の中では外の静けさに警戒を始めていた。

あまりにも静かすぎるのだ。隠密行動とはいってもそろそろ敵に気付かれていい時間である。にもかかわらず、反応がない。

「いかん、これは撤退戦だ。罠がある、部隊を引き上げさせろ」

シュナイダーが叫んだその時だった。潜望鏡に火柱がたつのが見えた。

「進んだルートを戻るのが一番安全だ。あの規模の部隊では殲滅させられる」

陸戦の専門家シュナイダーの言葉には説得力があった。事実、その時には陸戦隊は危機に陥っていた。

陸上の建築物が一斉に爆発したのだ。爆発に加え、建物の倒壊に巻き込まれた者も多数出た。地下に侵入した重機部隊の目の前には、「石切り場の賢人」側の巨人兵器が待ち受けていた。それは火星人の物ともドイツや日本の物とも形状に違いがあった。最大の特徴はフレアスカート型の腰部装甲と鳥脚型の脚部にあった。それは重機開発に携わった者が見れば、明らかにⅠ号重機そのものの姿であった。

石神が明石に預けられた書面を写し取り、石切り場の賢人に渡した図面をもとに製造したものである。その事実を知った時明石は己の馬鹿さ加減を後悔しあきれ果てた。

そのドイツ名Ⅰ号重機は一斉にライフルを撃ってきた。

狭い通路ではそれを避けることはできず、ボウガンの射程外であり、軍刀など無意味な距離だった。ライフル弾の直撃は、被弾経始に優れ、かつ強固なヒヒイロカネ製の装甲は貫けなくとも搭乗している人間に十分以上の衝撃を与えることが可能だった。

一発当たるごとに気を失うような衝撃をカール・エルベス、エゴンミュラーは受けていた。アフリカ会戦においてドイツ軍が火星人の巨人兵器に行ったことを今度は自分たちが受けているのである。少し敵に同情した。これも因果応報というものか。が、そうも言っていられないのが現実である。同様の敵と戦闘経験のある彼らにとって敵の攻撃に対抗する術はあった。二両ともにジグザグに走行し狙いをつけられることを極力避ける。そして走行しながらロングボウを射る。そこが戦闘経験のあるものとない者の差である。放たれた矢は見事に敵Ⅰ号重機の腹を貫いていた。

ちょうど搭乗員の胸のあたりである。その直撃を食らった車両は沈黙した。そしてその一撃をもって敵の部隊は動揺した。自部隊の攻撃は効果はないが、敵の攻撃は一撃で見方を潰している。しかも初めての同型兵器同士の戦いである。恐怖が生まれないわけがない。

動きが鈍った敵に対し、百目の部隊は容赦しない。続けざまにロングボウを放ち、一両一両潰していく。即死を免れた敵に対しては帯刀が軍刀をもって一刀両断にする。

だが、戦いが有利に進んだのもそこまでだった。突如轟音を上げ、天井が、壁が、床が、崩れ始めたのだ。

「罠」であった。味方の重機を囮にし、敵を殲滅する、冷酷な罠であった。

撤退するだけならば、そこまでのことをする必要はない。罠を仕掛けるだけでよい。「石切り場の賢人」にとって必要だったのは、戦闘のデータである。経験である。人型重機をどう運用すれば効果的なのかを知る必要があった。運用して戦闘して勝てるか、負けるか、経験する必要があった。後のためである。戦闘の状況は全て電波を使って本隊に飛ばされている。それを手に入れることが石切り場の賢人の目的の一つである。彼らにとって、ただ一つの誤算は、百目の部隊が強すぎたことである。百目が敵を粉砕するのにかけた時間は石切り場の賢人が予想したよりもはるかに短かった。本隊の撤退にはまだまだ時間が必要だった。崩れ落ちる地下通路を重機部隊はかまわず進撃した。すでに帰り道は崩れ落ちている。退路はない。前に進むのみである。一方、地上にいる陸戦隊は、下敷きになった仲間の救助に一部を残し、上陸地点と反対側の海岸線を目指した。離れ小島とはいえ、誰にも知られず大規模な工事ができるはずはない。必ず近くの漁民なり航海中の船に目撃される。その情報をつかむことはそれほど難しいことではない。何が起きているかは分からなくとも、何かが起きていることを知るのは簡単である。百目は当然のことながら世界中に網を張っている。そこに情報が引っ掛かれば、何をすべきかは見えてくる。

丘陵の建造物を覗けば、気になる建物は海岸の小さな港だけである。陸戦隊はそこへ向かった。

地下の施設はすぐに海へとつながった。目の前には地底湖が広がっている。そこまで重機は進むことはできた。そこで彼らが見たものは出港しかけている潜水艦であった。

今までであるならば、彼らはそれを見送るしかできなかった。だが、今の重機は水密仕様のⅢ型でかつ水中モーターを装備している。追尾して鹵獲することも可能だった。稼働限界時間は近づいていたが、彼らはそんなことを気にする気配も見せず、ためらわずに水中に没した。先行した石切り場の賢人の潜水艦は後部発射管から魚雷を発射した。もとより小さな標的の重機に魚雷を充てるつもりはない。至近で爆発すれば水圧で損傷を与えることができると踏んでの攻撃である。重機そのものに打撃を与えることはできなくとも、通常の鉄でできた水中モーターには損傷を与えることは可能である。

その魚雷の爆発に三両が巻き込まれた。敵の画策通り、水流に揉まれ、バランスを崩しあらぬ方向にすすむ者、水中モーターが損壊し、身動きが取れなくなる者、いずれも戦線離脱を余儀なくされた。

 残ったのは帯刀と二名のドイツ人である。敵潜は深度を深めていく。重機も水中モーターも深々度に耐えられるようには設計されていない。そうしている間にも水密が完全でない部分からわずかずつ浸水してきていた。時間に猶予はない。ドイツ兵はロングボウを放つ。水中で威力は格段に落ちるが、それでもヒヒイロカネ製の弾頭は潜水艦の装甲を貫くには十分の威力を持っていた。敵潜も浸水が始まっているはずである。ほおっておけば水圧と浸水で圧潰するはずである。それを避けるためには深度を浅く取るよりほかはない。

それを鹵獲すればよい。だが、そういう動きを敵潜はとらなかった。さらに深度を下げていた。自滅の道、である。そのまま潜れば、すぐに圧潰である。

三両の重機は追尾を断念、様子をうかがった。

その時だった。下から押し上げてくるような水圧を三両は感じた。

暗く深い海の底からそれは浮かび上がってきた。潜水艦だった。潜水空母といわれる伊400潜よりも、どの型のUボートよりもはるかに大きかった。いわば、潜水艦基地、要塞がそのまま移動しているようなものだった。それの艦首部分が開き、そこへ石切り場の賢人の潜水艦を呑み込むように収容した。そして静かにダウントリムし、悠々と去っていった。重機どころか、迫ってきていた伊号潜三隻も何もすることができなかった。それほどの威圧感、大きさを有していたのだ。

 それは伊号潜にも重機にも何もすることなく、深海へと姿を消した。処分するまでの事もないと判断したのか、攻撃する手段がなかったのか、いずれにしろ無視されるというのは屈辱以外の何物でもなかった。

 完全な敗北だった。明石がアメリカ軍の動きを石切り場の賢人に情報を流した時、彼らはすでにその情報をつかんでいた。十分に対処する時間を有していた。彼らがアメリカと対峙している瞬間を狙って、攻撃を仕掛けるというのが明石の作戦だったが、そこも見通されていたというわけである。情報機関の人間としては裏をかいたつもりがさらにその裏をかかれ、そのうえで無視される。そして、結局のところ倒壊した建物からも、地下の建造物からも何ら得る者はなかった。これ以上の敗北はなかった。

「明石大佐、戦いはこれからだ。まだ始まったばかりだよ」

明石の心中を察し、シュナイダーが声をかけた。ありきたりの言葉であったが、それは事の核心だった。地球人と火星人、百目と石切り場の賢人の戦いは始まったばかりなのである。

 室蘭の秘密ドックでは傷ついたグラーフツェッペリン、三隻の伊号潜、生き残った重機が眠りについた。次の戦いに備えて。

シュナイダーは明石とともに日本に残り、百目の実戦部隊の養成に従事することになった。

信濃航海長の速水は、後の警察予備隊を経て海上自衛隊の教官に。

戦車乗りの傷病兵エリッヒ・ベンダーは失った手足の義足に使用する人工筋肉の検体に志願、その後の生死は不明、手術の記録も抹消。

プリュムは帰国、連合国の捕虜になった元の部下の弁護に従事。資金を確保するために、実家の葡萄農場を継ぐことに。シュナイダーとの別れにはお互い言葉を交わさず、敬礼のみですませた。何も言わずともお互いの心根を理解していた。これが二人の今生の別れだった。そして、シュナイダーの死後、彼の命日には生産者プリュムの名前の入ったワインが墓前に届くことになる。

戦艦信濃副官の島村は情報の伝達という使命を果たし、自害しようとしたところを冷泉院元子に止められる。その後冷泉院財閥に籍を置き、財閥解体を進める進駐軍との交渉役に。

黒葉真風はアフリカの地で突如隆俊の前から姿を消す。その後の行方は不明。

帯刀土門はGHQの眼をかいくぐり禁止された剣道の普及に奔走。カール・エルベス、エゴンミュラーはその一番弟子になった。

冷泉院元子はその財力、人脈をいかし、百目の支援に乗り出す。兄の隆俊は帰国。財閥の後継を元子に譲るが、ともに百目の支援を行うと同時に火星人との過去の戦争について研究を進める。

オット・バウリは日本に亡命、名戦闘機疾風を造った中島飛行機の後裔「スバル」に就職。後に国産ジェット戦闘機を開発した三菱重工に転職、テストパイロットを務める。

明石平八郎は今後に備え人材の育成に。警察予備隊内に極秘の教育機関を設置。冷泉院元子の力を借り旧財閥と独自の人間関係を築く。

石神は戦後突如失踪、その後彼の姿を見たものはいない。会社は冷泉院財閥に吸収される。

リーゼンパンツアー、重機、巨人兵器、の異名を持った人型の兵器はここで一度眠りにつく。しかし、開発される新技術をもってより強力な兵器として再び戦場に登場することになる。

そして、2031年。世界に平和はなかった。


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人型重機リーゼンパンツァー1945 雪風摩耶 @yukikazemaya

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