第30話「養生日和」
店の2階の寝室にトイレの入口を召喚しなおして中に入る、廊下を歩いて行くのも億劫でエリスに肩を借りている、これはしばらく1人で寝ないと辛そうだと思いながら寝室まで移動した。
「俺、しばらくはここで生活してるから、向こうの事は頼むな」
「判った律子と2人で店の事は守る」
エリスに任せるには大分不安が有るが、律子も一緒なら何とかなると自分に言い聞かせて、眠る事にした。
「兄たんご飯だよ」
「えっ?」
召喚した寝室内にジルケとジークベルトの2人が居て、更にはお粥らしきものを持ってきたエリスが居た。
「律子が用意した物だが食べられそうか」
「ああまあ多分」
寝室には机と椅子が運び込まえて居て、エリスが俺を抱えて椅子に座らせてくれる、食欲はあまりないが食べなければ治らないのだろう。
「ゆっくり食べるんだぞ、薬は後からリツコが持ってくる」
「それは良いんだけど、なんでジルとジークがここに居るんだ」
1人用の土鍋の蓋を開けてお粥を食べながら理由を聞いた。
「ジルが扉を見つけてな、ジルとジークなら良いかと連れて来たのだ。私も今晩からはこっちで寝たいし」
「こんなだし抱いてやれないぞ」
「お前は馬鹿か、子供の前で何を言っているんだ、私は和室とか言う部屋でジークとリツコと寝る。押入れとか言う場所にフカフカの布団も有ったしな」
押入れの中までは見てなかったが、こたつ布団だけだは無く来客用の布団も存在していたようだ。
「じゃあジルは俺と一緒に寝るつもりか」
「うん兄たんと一緒に寝る」
まさか幼女と同衾する事になるとは、気分的には子犬と一緒に眠る感覚だが。
お粥を食べて居るとジルがあ~んと口を開けて来たので、お粥を冷ましてから口に入れてやる。
モグモグ食べて居たが味が薄いと不平を言って居た、ジークはお粥には興味を示さず俺の身体を登って居た。
「なんだもう良いのか」
「まあな、寝る前に風呂に入りたいんだけど入れ方は・・・分からないよな」
「リツコを呼んでくる」
エリスが部屋を出て行ってしまったので、俺は残されたジルとジークの相手を1人でしなければならなくなった。
「ナツメ狡いぞ私も食べたい」
律子を呼びに行った律子が帰ってくるなり、子供のおやつを欲しがった。
口寂しそうにしていたジルの為にラムネを買って与えたら、ジークも欲しそうにしていたので、ジークにも購入して与えて居たのだ。
子供のおやつを狡いと言うエリスもまだ子供なのだなと思った。
「ジルとジークの分を取るなよ」
「取るわけ無いだろ、しかしこれだけか、まあ良いどんな味なんだ」
小袋に別けられたラムネを一気に口に含むと噛み砕く、そんなに旨い物でも無かったように思うが、あれだと口の中で味が混ざらないのだろうか。
「酸っぱ甘いな、これも売れば良いのでは無いか」
「袋から出して売るのが面倒だから無しの方向で」
エリスとじゃれて居ると律子が寝室に入ってきた、テキパキと食べ残したお粥を片付けると、再び部屋の中に入ってきて熱を測りながら、薬を飲むように言われた。
「熱は無いみたいね、お風呂は私が洗って上げるから一緒に入りましょ」
「ジルも一緒に入りたい」
「僕も」
「2人は私が後から入れてやろう」
ジルとジークはエリスより俺と一緒に入りたいようだ、居なくなった父親の事を思い出しているのだろうか。
脱衣場で傷の跡を探してみたが一切傷跡なんて残っていなかった、これが魔法の力かと驚きながら律子に身体を洗ってもらい湯船に浸かった。
「マルテやサーヤにもここの事話すんか」
「私はマルテには話ても良いと思っているの、サーヤちゃんはそのうち嫁入りしちゃうんだろうからどうかと思うけど」
サーヤは婿探しに来ていたんだった、ここの話を漏らされても困るな、ユーリアとクラーラはまだ時間の猶予が有るが、成長するとやっぱり2人とも店から出て行くんだろうな。
「そっか、その辺の判断は律子ちゃんに任せるよ、俺はしばらくここで体力の回復に務めるから」
「そうね、店の方も私のドラッグストアが有ればどうにかなるから、そうしましょうか」
エロい事をする気力も無く風呂を上がる、律子が身体をタオルで拭いて来れたけどやっぱりピクリとも反応しなかった。
あれだけ寝たのにまだ眠い、風呂から上がってきたジルとジークが裸で部屋の中を駆け回っているが、冷暖房完備のこの部屋なら風邪を引くことは無いだろう。
9時を回った頃には俺は置きてられなくなり電気を消して寝ようとすると、ジルが布団の中に入ってきて一緒に寝る事になった。
寝たり置きたりが続き、段々と身体が回復していく、1週間程で部屋の中を歩き回れるくらいに回復した。
その後リハビリがてらに、ジルやジークと一緒になって校舎の中を散歩するようになった。
「兄たん、お庭に行こう」
「そうれも良いか」
庭ではドナ子が日向ぼっこをしていたが、平和な物だ、ジルとジークの興味は池で泳いでいる鯉に移ってしまった。
庭には律子が作った物だと思われるベンチが有って、俺はそこに座って2人の様子を見守りつつ、ウトウトしていた。
「夏目君ちょっと良い、おかしな客が来たんだけど私やエリスちゃんがどう対応して良いか、判断が付かないの」
「判った店に出たら良いのか」
「ええお願い」
店の方に出たのは10日ぶり以上か、元々秋の終わりくらいで寒く成っていたが、もはや初冬の雰囲気で暖房が欲しいくらいの気温になっていた。
店に降りていくと陳列台の上には値付けされている商品が並んでいて、部屋の半分を仕切って、診療所兼薬屋が出来て居た。
「若いな、ヌシが店主か」
「そうなんですけどね、どちらさんですか」
多分貴族か騎士、そんな出で立ちの人が店の中に居る、俺が知ってる貴族なんてバイカルの代官と、ベイカーの領主ダルカルしか知らないがそのどちらともタイプが違う。
「私はベルキーの街から来た冒険者だ、この店でカラム水を扱っていると聞いてやって来た」
「またですか、前にも同じ用にカラム水を買いに来た冒険者が居たんですけどね、うちじゃあそのカラム水扱って居ないんですよ」
セインがカラム水を持ってきて来れたが、中身はまだ確認して居ない。確認所かカラム水の事事態を完全に忘れて居た。
「その話は奥方から聞かされたのだが、お主も商人ならば伝手は無いかと思ってな」
「伝手は無いですね、ファウンデーション商会が取り扱ってるって話なんで、国王派の領地に向かわれたら良いんじゃないですか」
「残念な事にわしは貴族派に取り込まれておってな、バイカルの街から東には向かえんのだ。
地元の商人を使えば良いじゃん、って言ってやりたいが、俺を刺した冒険者とは違い目の前のおっさんは身なりも良く強そうだ、適当な返答は命取りになる。
「カラム水が欲しいってうちに来た冒険者に刺されましてね、気軽に動く事も出来ませんので、ご期待には添えかねます」
「刺したのか、ウィットニーがお主を」
自称ジンギルカンからやって来た冒険者ウィットニーと、目の前のおっさんは知り合いらしい、俺はあの冒険者の事を一度として名前で呼んでは居ない。
「お主はカラム水がどんな物で有るのかは知っているのであろう」
「元従士長のセイン様から一本頂きましたのでどんな物かは分かりますが、刺された事でまだ中身を確認出来ては居ないのですよ」
「ほう、手元に有るのだな」
「頂き物ですから売り物では有りませんが」
「商人としては正しい姿だな、しかしもう少し狡賢く生きた方が楽だろう。そのカラム水こちらに譲って欲しい」
中身の品質が保証出来ないと言ったがそれでも構わないと言うので、カラム水は冒険者に譲る事になった、ただ中身の確認だけはさせて欲しいと言うと、それは構わないと言う話になった。
律子を呼んで、セインから貰ったカラム水を少し小皿に入れ指で掬って舐めて見た。
間違いないこれタバスコだわ、容器は陶器で出来て居て、蓋はコルクのような木材で栓がしてある。
俺や律子と同じ買い物スキルが有るか、はたまたログインボーナスがタバスコだったのか、俺達の他にも同じ境遇の人間が居るかもと言う話でまとまった。
「金貨1枚も貰って良かったの?」
「あのおっさんが無理やり置いて行ったから良いんじゃない、タバスコなんてそんなに高いものじゃ無いけど、次は無いって念押しした事だし」
一瞬、ほんの一瞬だけ、タバスコを売っている人物を探しに行った方が良いんじゃないかと考えた。
しかし考えるまでも無く俺は学校に知り合いが1人も居ない、中学時代の友人知人にフシ校に来ている奴は居ないし、入学からまだ浅い俺はクラスメイトの顔も名前も覚えちゃ居ない。
「それにしても何でタバスコなのかしらね、もっと他に売れそうな物いくらでも有りそうなのに」
「さあ、もうどうだって良いよ、それよりもさ、俺が寝ている間に店の方大分進化してないか」
店の作りはアスター商会を参考にして作られて居た、この国の商店で律子が知ってる店がアスター商会と後は専門店だけなので納得が出来る。
しかし薬局の方は日本に有るような製剤薬局を参考にして作られて居た、こっちの薬屋なんて見た事無い物な。
「そうそう、フレーメさんが店に来られたけど、私が対応しちゃったのよ。本当は男の夏目君に出て貰いたかったんだけど、まだまだ本調子には程遠かったから」
この世界まだまだ男女同権には遠い、俺が表に出ないと駄目なのだが、怪我の具合が悪いと言う事で律子が対応してくれたようだ。
「何か言ってたか」
「大工は紹介出来るって、夏目君が元気になったら改めて会いに行くって言って置いたけど、それで良いかしら」
「勿論、もう少し元気に成ったら行ってみるよ」
まだフレーメの家まで歩くにはちょっと不安が残る、もう少し庭で散歩しながら体力の回復を待つ事にした。
漂流トイレ まわたふとん @apuro
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