第29話「教会」

 貰った屋敷の真裏に教会が有った、ここがエリスが言っていた魔法を教えてくれる所だろうか、1人で立ち寄るには俺の経験が不足しているようなので、後日改めて立ち寄らせてもらおう。


「おい、有り金を全部だせ」

「いつの間に」


 警戒しているつもりだったのだが、あの冒険者が俺の死角から現れ、剣先を突き刺してきた。

 無防備な俺の脇腹には鋭い痛みが走っている。


「後が無いんだ、何なら俺と一緒に地獄に行ってみるか」


 金なんて持ち歩いている筈が無いだろ、と本当の事を行ってやりたいが逆上するだろうな、俺が今持ち歩いている物なんてアイテムボックスに入ったままの牛肉くらいの物だ。


「お前馬鹿だろ、俺が何も持ってないの見て解らねーのかよ」


 駄目だと判っては居たが、思わず煽ってしまった、コンビニで刃物を買いたい所だったが、スマホを取り出す余裕が無い。


「馬鹿にしやがって、そうかよ、そんなに死にたいなら送ってやるよ」

「ふざけんなよ馬鹿野郎、手前が1人で死にさらせ、ろくでなしが」

「俺はろくでなしじゃねえ、C級冒険者のウィットニー様だ」


 改めて突いてきた剣を牛肉を使って防いだ、厚めの牛肉なので食い込んだ剣が抜けないようだ。

 そのスキを突いて俺は拳を握りしめ、痛みを堪えながら思いっきりろくでなしの顔面を殴りつけてやった。


「ヘブラァ」


 奇声を上げた冒険者が怯んで剣を落とす、ジャンビングニードロップをぶちかまして、止めを刺してやろうとしたが、痛みで俺にまでダメージが入った。


「痛い、痛いよー、律子ーーヘルプミー」


 屋敷の中に居る律子に助けを求めたが、集まってきたのは教会に居た人々だった。


「大丈夫ですか、血が」

「大丈夫じゃ無いです、助けて下さい、お願いします。それと衛兵を呼んで貰えると助かります」


 俺が早口でまくしたてると教会のシスターらしき人物が、俺を教会の中に運ぶよう集まった人に支持し、衛兵も呼んでくれた。

 教会の中に入れたら俺をシスターは上半身ハダカにひん剥くと、怪我の具合を確かめ、何やら呪文を唱えだした。


『善良なる神の子を助け給え』


  善良でも神の子でも無いのにな、とぼんやりした意識の中反論していたが、痛みがドンドン引いていく、マジっすかと脇腹の傷を確かめると傷痕がどこにも無かった。


「助かりましたシスター様、私は商人のナツメと申します」

「ご丁寧にどうも、私はこの教会の司祭を務めさせて頂いている、レギーナです。シスターと言う名では有りませんよ」


 おっと教会の修道女をシスターとは呼ばないのか、そもそも修道女と司祭の違いすらも知らんけど。


「なんとお礼を言って良いやら、あのクソ野郎はどうなりましたか」


 俺を躊躇無く刺したあいつはどうなったのかと聞いてみた。


「はい警備の衛兵が来られて連れて行かれました」


 良かったとりあえず奴は捕縛されたらしい、このまま奴隷にでも落とされて二度と顔を合わせる事が無ければ良いな。


「何か揉め事だったのですか、彼はカラム水がどうとか言ってましたが」

「カラム水を買いに来て売ってなかったから逆恨みで、俺を刺したみたいです」

「そうなのですか、あんな物の為に諍いが」


 司祭のレギーナはカラム水の事を知っているらしい、この人にタバスコを見せて確認させてもらうか。


「あのう・・・」

「ご無事ですかナツメ殿」


 レギーナにタバスコを見せようとしていた時に教会の扉が空いて、駆け込んできたのはセインだった、珍しく焦った様子を見せて居る。


「セイン騒がしいですよ、あなたは子供の頃から本当に変わりませんね」


 子供の頃と言うワードに引っ掛かりを覚えたが、セインとレギーナでは立場がレギーナの方が上だと言う事は理解出来た。


「これはレギーナ様、お変わりの無いご様子でお喜び申し上げます。それでナツメ殿の怪我の様体は如何なのですかな」

「傷はふさがりましたが、流した血は戻りません、安静にして栄養を取らねば成りません」


流した血ってそんなに流血していたのだろうか、確かに痛かったがそんな感覚は無かった。

 それとセインが教会に入って来たと同時に律子もしれっと教会の中に入っていた、少しずつ俺が寝かされている場所に近づいて居るが、アレはどういうつもりの行動なのだろうか。


「セインさんあの冒険者ってどうなるんですか」

「そうですな、御用商人のナツメ殿をいわれのない理由で襲ったのです、杭打ちか絞首刑になるのでは無いかな」


 何時から俺が御用商人になったのだろうか、そんな話今始めて耳にしたのだが。


「セインさんもカラム水と言う物を知ってんですか」

「あの臭い水ですか、私と言うより犬狼族で好んで使う人間は居ないでしょうな、人族の中では好んで使う物も居ますが。ナツメ殿がご入用なら私の物を進呈しよう」


レギーナに確かめるまでも無くセインからカラム水を入手出来る事になった、つい

でしセインに屋敷の使用人に心当たりが無いか聞いてみよう。


「そいつはどうも、世話になるついでにもう一つお願いが有るんですがね、屋敷の使用人を紹介してもらえませんかね、あんなに広いお屋敷を管理出来る気がしないので」

「使用人か、下男や下女ならば紹介出来るのだが、屋敷の差配を出来る者には心当たりが無いな」


 元従士長のセインに心当たりが無いと言われると、辛い物が有る。


「ナツメさんはダルカルから屋敷を貰われたのですか」


 領主の事も呼び捨てかよ、それに対してセインが何も言わないと言う事は、つまりそういう立場に有るって事だろう。


「はい、この教会の目の前の屋敷です」

「ああ、あそこですか、ならば丁度よい人材が居ます。寡婦なのですが働き者で、私が子供の頃から世話をしている、女性が居るのです」

「マルテですか、それならばファウンデーション商会の仕事をしていたのでピッタリですな、若にも報告して置きましょう」


 雇わなければならない方向へと話が進んでしまった、レギーナには助けて貰ったし、お願いも有ったので拒否は出来そうに無い。


「今すぐ呼んで来ますね」


 返事もしてないのに、呼びに行ってしまって残されたのは俺と律子とセインの3人切になった。



「ナツメ殿にも大凡予想は付くと思うが、彼女はエルフの司祭でこの街の大恩人だ、先々代の頃から尽力して頂いているので、この街で彼女に逆らっては生きては行けない」

「うちの律子とエリスは回復魔法のスキルに目覚めてるんで、魔法の使い方を教えてもらいたいんですが、レギーナ様は教えてくれますかね」


 エリスは教えて貰うのには対価が必要だと言ってたしな、屋敷の補修に結構な金が掛かりそうだし、ある程度は出費を押さえたい。


「ナツメ殿は犬狼族の事をどう思っているのか、正直な所を聞かせて欲しい」


 何故突然そんな話になるのか、意味が解らなかったが素直な気持ちを伝えた。


「可愛いと思うよ」


 セインを含めた犬狼族全体がな。


「なるほど、ならばナツメ殿にレギーナ様が心を開かれた事が納得出来る、直接お願いされれば許可されよう」


 どういう事?俺が疑問でチンプンカンプンに成っていた所にレギーナと犬狼族の女が幼子を抱いて帰ってきた。



「ナツメさん、この子が姉のジルケで、マルテが抱いている子が弟のジークベルトです。どうです欲しいでしょう」

「めっちゃ欲しいですが、貰っても良いんですか」

「残念でした、この子達は既に私のです」

「違いますよレギーナ様、ジルケもジークベルト私の子供です」


 大体今ので判った、つまりこのエルフの司祭は重度のケモナーって事なのだろう。

 普通のエルフはこんな町中に居を構えず森の中で悠々自適に暮らして居るらしい。


「雇っていただけるのですか」

「それは構わないんだけど、その前に屋敷に大工を入れて修繕しないと、台所や風呂場が使えないんだ。マルテは通いって事で良いのかな」

「出来れば住み込みで働かせて欲しいです。それと図々しいお願いでは有るのですが、孤児院に居る子を1人でも2人でも雇っては頂けませんか」


 孤児院はレギーナが教会と共に営んでいて、13歳までは面倒を見ているようだ、ファウンデーション商会で仕事をしていたのはマルテだけでは無く、孤児院からも数人日雇いで派遣されていたらしい。


「店が出来たら人を雇うつもりだったからそれは良いんだけど、読み書きとか金の扱いは大丈夫なのかい」

「ナツメさんそこはちゃんと私が教えて居ますから大丈夫です、犬狼族はセインのような脳筋ばかりでは有りません」


 セインの奴レギーナから脳筋扱いされているようだ、日曜学校的な物をレギーナが行い、孤児だけでは無く街の子供達にも読み書きを教えて居るようだ。


「手の開いた時で良いんで、うちの律子と、もうひとりエリスと言う妻に回復魔法の手ほどきをしてもらえませんか。2人とも回復魔法のスキルは所持してます」「2人とも人族なのですか」

「そうです」

「ナツメさんにならお教えしても良いのですが、犬狼族を愛せない人族と私は話をする気が有りませんよ」

「大丈夫だよな律子ちゃん」

「ええ勿論、ジルケちゃんとジークちゃん2人と一緒にベットで眠りたいと思ってましたもの」


 リアルヌイグルミと言っても過言では無い、そりゃあベットに連れ込みたくも成る。


「合格です、リツコさんには魔法をお教えしましょう。その代わりと言ってはなんですがマルテの事よろしくお願いします」


 マルテは当面店の方で寝泊まりしてもらう事になった、孤児院の部屋に空きが無いと言うか4人部屋に無理やり8人入っている状況で、幼子を抱いたマルテは院長室兼教会長室にレギーナと一緒に住んでいるらいく一刻も早く部屋を探して居たそうだ。

  既に夜泣きをするような年齢では無いが、子育てが1人だと大変だと言うんで、空き部屋が後2つ有るから、孤児院から商会で働いた経験の有る、ユーリア10歳とクラーラ9歳の女児2人も同時に雇う事となった。


「男の子は少ないんだな」

「男は働き手に成るので、女よりは貰い手が多いんです」


  俺は今戸板に乗せられて店の方に運ばれて居る、運んでくれて居るのはマルテと律子の2人で、双子はユーリアとクラーラが抱いている。


「前の店では何をしてたんだ」

「私は夫と2人で住み込みで、私が店番を、夫は配達をしていました」


 番頭は居たようだが、ほとんど店には出なかったらしい、犬狼族の事を見下していた事がアリアリと伝わって居たようだ。


「そりゃあ潰れるのも当然か」

「売上は悪く無かったと思うのですが」


 ファウンデーション商会の事なんてどうでも良いか、俺には関係無いし。


「俺が貰った屋敷って元は誰が住んでたか知ってる?」

「騎士になられる前の領主様一家がお使いに成ってったと聞いて居ます」


 そんな建物を俺なんかに渡して大丈夫なのかよ、ダルカルの家臣連中からおかしな嫌がらせを受けないだろうな。



 店に到着するとエリスとサーヤが俺の姿を見て驚いている、エリスは犯人を刻みに行く為武装を整えようとしていたが、既に捕縛されていると伝えるとそうかと言って俺を部屋まで横抱きにして運んでくれた。


「随分ときれいに成ってますね」


 律子に貰った薬と飲んだら眠く成ってきた、マルテの相手をするのもちょっとつらい。


「その代わりに家具が無いだろ、マルテ達の家具を用意しないとな」


 律子が大急ぎでスノコベットを3台用意してくれているが、マットレスが無い、せめて布団だけでもとエリスに金を渡して交渉に出したが、成功する未来が見えない。


「俺の事は良いから、必要な物を揃えて来ると良いよ、食材や調理器具は売るほど有るけど、家具は無いから律子と相談してくれ。俺は少し寝るよ」

「はい、分かりました」



 温かい、暖房も入っていない筈の部屋なのに、何でこんなに暖かいのかと半覚醒した状態で熱源を抱いていた。


「兄たんおはよう」

「おお、びっくりしたジルケか、ジークはどうしたんだい」

「ジーク姉たんとおねんねよ」


 姉って誰の事だろうか、俺とマルテ以外全員該当するから誰の事だか予想が付かない。


「俺が寂しいと思って一緒に寝て来れたのか」

「あのね、兄たんのお布団あったかなの、ジルねお昼寝あったかな場所でしたいの」


 猫がこたつを求めるように、犬狼族も暖かな場所を求めて来るのか、大歓迎なのだが今何時なのだろうか。

 スマホを確認すると4時を少し回っている、ジルケは今晩眠れないんじゃなかろうか。


「マルテは居ないのか」

「母たんお仕事なの」

「律子かエリスの事は判るかな」

「エリ姉たんならジークとおねんねしてるよ」

「呼んできてくれないか」

「良いよ」


 布団からモゾモゾ出ていったジルケは扉を開けて部屋の外に出て行った、暫くするとジークとジルケを抱いたエリスが部屋の中に入ってきた。


「具合はどうだ」

「大分ましだよ、家具の方はどうなった」

「律子が頑張ってくれてな、寝具の方は出来たよ。布団も数は揃えられた」


 マットレスは無いが敷布団と掛け布団は購入出来たようだ、それに毛布はセインが気を利かせて、カラム水と一緒に持ってきてくれたらしい。

 毛布は中古品で手入れされてなかったようで、今マルテ達が洗濯の最中らしい。


「エリスも犬狼族に差別意識って無いよな」

「無論だ、こんなに可愛い生き物を差別するなど鬼畜の所業だぞ」


 良かったエリスも犬狼族に隔意は無いらしい、これで2人揃って回復魔法を習う事が出来る。


「律子ちゃんって何してんの?」

「家具を作りに行ったままだな」


 暫く俺は1-1の居室で生活させてもらおう、動く事もままならない状況ではこっちで生活するのは無理だ。




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