第28話「4000スコヴィルの辛い奴」

「これが住宅?」

「はい、ご領主様よりナツメ様に下賜されたお屋敷です」


 店から500m程離れた場所に有る建物はデカかった、俺の実家とか所謂民家とか、そう言ったレベルの建物とは一線を画している。

 こんな建物、俺達だけでは管理が出来る筈が無い。


案内してくれた使用人は鍵を引き渡すと、とっとと帰って行った。


「エリスの実家ってこれよりでかいんか」

「父が騎士だった頃はな、落ちぶれだしたら坂道を転がるように小さく成っていったがな」


 ウンザリしながら中に入ってみる、吹き抜けのエントランスが有って2階に上がる階段が有る、床は石張りで個人の住宅とは別物だ。


「ここを俺達が掃除して使えってか」

「使用人を雇えと言う事だろうな、3人程居れば屋敷の手入れに過不足無いだろう」


 誰を雇えば良いのかって話だ、そこらで歩いている人間を雇うのが危険だと言う事くらいは判る。


「嫌がらせか」

「この街で暮らして欲しいと言う意思表示だろ」


 ある程度建物中を把握すべく各部屋を回って、何が有るのか確認する。

 1階部分は使用人の部屋や食事を食べる食堂や台所、風呂、トイレなんかの水回りが存在していた。

 どの部屋も多少の手直しは必要そうで、大工なんかを入れ無いと成らないから、直ぐには使えそうに無かった。


「何日くらいで直せるのかね」

「10日はかかるんじゃないか」


 思ったよりも早く直せるようだ。

2階は1階と違って主寝室や子供部屋、それに来客用の部屋に成っているようだ、家族が集まれる大きなリビングも有る。

 1階とは違いこちらは手入れがされていて、掃除さえすれば直ぐに使えそうだ。


「トイレ召喚すれば直ぐにでも暮らせそうだ」

「あれの事を知られたく無いなら、1階は大工に直させた方が良いだろう、出来ればトイレと風呂はあそこと同じランクの物が欲しいのだがな」


 便座は流石にコンビニやドラックストアでは取り扱って居ない、こちらの標準的な物で直すしかない。

3階部分は倉庫が主な物で、手を入れれば住めそうだが、使う当てが無い倉庫のままで良さそうだ。


「ここの家具も使って良いって事なんだろうか」

「構わないのでは無いか、必要な物で有れば運び出されて居るだろう」

「屋根も上がって確認した方が良いのかな」

「そこまでは私にも判らん」


 素人の俺達ではどうも判らん、実家が大工だった律子が見て判断出来るとも思えないが、俺達よりはましだろう。律子と一緒に大工に見て貰った方が良さそうだな。


「帰るか」

「そうだな」



 店に戻ると外回りの掃除をしていたサーヤが、屈強な男に絡まれて居た。


「頼む、カラム水を売ってくれ」

「まだお店は出来てませんし、カラム水なんて物は扱っていません」


 カラム水ってなんぞ?


「エリス、カラム水って何?」

「初めて耳にしたが」


 エリスは知らないらしい、面倒だが取りなさないと駄目らしい。


「うちの従業員に何の用ですか」

「あんたは?」


 カラム水を求めて居たのは、犬狼族の街であるベイカーには珍しい人族の男だった。


「俺はこいつの雇い主で、ここの店主だけど、あんたこそ誰なんだ」

「私はジンギルカンの街からやって来た冒険者の、ウィットニーだ。カラム水を購入したいのだが、あなたの店では取り扱って居ないのか」


 目の前の男は西の街からやって来た冒険者で、カラム水を購入するお使いクエストの最中らしい。


「そもそもカラム水って物を知らないんだが、この辺りでは有名な物なのか」

「いや、ファウンデーション商会が唯一取り扱って居る商品だ」

「それは残念だったな、うちはファウンデーション商会とは縁もゆかりも無い店だよ」


 そう云うと男は少し驚いて店の看板を探したが、そんな物俺は取り付けて無いので有る筈が無い、店を始めたら看板くらいは必要になるな。


「ここに有ると聞いて来たんだが」

「俺達が入る前には有ったらしいけど、今は領主様の紹介で俺達が入ってるんだ」「そんな、じゃあファウンデーション商会は何処に行っちまったんだ」

「国王派の街まで撤退したんだろうな、オークランドまで行けば店を出して居ると思うぞ」


 エリスがファウンデーション商会の有りそうな街の名を上げている、聞き覚えは有るが何処だかは知らない。


「オークランドまで往復するような報酬は約束されてない、糞っ、ギルドの奴ら俺を嵌めやがったな」


 交通も情報も整っていない世界だ、行き違いなんてザラに発生するのだろう、冒険者と言う職業も中々に辛い物らしい。


「なあ、あんた商人なんだろ、どこかでカラム水を手に入れられないか」

「だから、そのカラム水って物を見た事も聞いた事も無いんだが」

「真っ赤な香辛料で、ピリッと辛くて酸っぱくて塩っ気が有る物なんだ。このくらいの瓶に入っていて、銀貨30枚程で売られて居る筈だ」


 片手で包める程の小瓶に入って売られて居るようだ、しかしそれだけの情報ではどんな物なのか分からない、探しようが無かった。


「無理だな他を当たってくれ」

「ツイてないにも程が有るだろ、何だよそれっ」


 男は地べたに座り込んでガクリと首を落としてしまった、俺達に出来る事は無いなと男を残して店の中へと入っていった。

売り場の中には陳列台が数台入っていた、律子が木工室で製作したものを並べたのだろう、まだ商品は並んでないが小規模になら店を開けそうだ。


「サーヤはお茶の用意をしてくれるか、俺は律子ちゃんを呼んで来るよ」

「分かりました」


 エリスもサーヤに着いて行ったので、俺は倉庫からトイレに入り律子の居る木工室へと移動した。


「何してんの?」

「夏目君おかえりなさい、薬品棚を作っている最中よ」


 基本はパソコンの中に有ったデータを使って作った棚を使いやすいように改造していると言う事らしい、俺にはよく分からないので、そうかと頷いておいた。


「そろそろ休憩しようかと思って呼びに来たんだ」

「そうね、そうしようからしら、お茶請けに何か用意をした方が良いわよね」

「コンビニスイーツにしておこう、少し相談したい事も有るからさ」

「そうなの、判ったわ」


 食堂に移動するとお茶の用意が終わっていて、俺はコンビニで焼き菓子を幾つか買って律子に皿に並べて貰うよう渡すと、席に座った。

 100グラム2000魔素のお茶が旨い、律子が焼き菓子を持ってきて来れた所で、話し合いを始めた。


「領主様からお屋敷を貰ってしまったと言うか、押し付けられたと言おうか。住む所は出来たんだけど、手入れが必要そうだし、人を雇わないと維持管理が出来そうに無い」

「夏目君はここで暮らして行くつもりなの」


 そこまでの事は考えて無かった、他の街で俺が知ってる場所なんてバイカルくらいしか無いから、何処で暮らしたって代わり映えは無いように思えた。


「律子ちゃんは嫌なのか」

「私?私は夏目君と一緒なら何処でも良いわよ、でも魔石集めはして欲しいけど」 


 俺って言うか、トイレ召喚が重要なのだろう、その気持は判る俺だって日本と同じように暮らせる空間が無ければ、もっとあがいて帰る方法を探して居ただろう。


「屋敷を放置するって選択は拙いかな」

「ここで暮らして行くつもりなら拙いだろうな、なんと言っても下賜屋敷だ、直して誰か雇った方が無難だ」

「と言う訳で、律子ちゃんには屋敷の痛み具合を確認して、大工に修繕を依頼して欲しいんだ。予算は金貨10枚くらい、手持ちは全部合計すると金貨で30枚くらいは有るけど、10枚以上かかるなら要相談って事で」


 金の使い道は魔石の購入くらいしか無い、ゼロになると流石に拙いが、それでも日給銀貨4枚は保証されている。住まいに使うつもりのない屋敷に大金を掛けるのは馬鹿らしいのだが、領主に対する誠意の見せ方と言う事で必要経費だと割り切ろう。


「大工に心当たりって有るの」

「全く無い、ついでに言うと使用人の心当たりも無い」

「判っては居たけれど、無い無いづくしね」


 地縁血縁の無い俺達には無理だが、エリスならと顔を見たが、我関せずで焼き菓子をパクパク食べて居る。


「サーヤは大工の知り合いなんて、居ないよな」

「居ますよ」

「居るのかよ」

「はい、南村は木材で成り立っている村ですから、大工とは縁が深いんです」

 

 そんな話を誰かから聞いた気がするが、誰からだったろうか。


「ベイカーの街にも居るんか」

「居るんだと思うんです、でも何処に住んでいるのかまでは判りません、昨日立ち寄ったフレーメさんの所には無かったと思うんですが」


 確かに、フレーメの集落には大工や製材所が有るようには見えなかった、囲いの有る町中では無く、外に有るのだろうか。


「フレーメに使用人を紹介してもらうのってどう思う?」

「それだとうちの村の出身者って事になりますよ、お屋敷のお手伝いを出来るような人が居るんでしょうか」


 下男下女なら出来そうだが、屋敷の維持管理は無理だろうな、正直に言えば俺も何をすれば良いか分からない。


「セインさんに紹介して貰うってどうかしら、エリスちゃんはどう思う」

「セインに頼むまでも無かろう、フレーメに紹介して貰えば良いのでは無いか、私等は貴族では無くただの商人だしな」


 元貴族のエリスが言うならそれで良いか、暫くは店の方に注力し、屋敷の使用人と大工の手配の方はフレーメからの連絡待ちにすることにした。


「それは良いんだけど、私もそのお屋敷を見たいんだけど、案内してくれない」「良いよ、エリスはどうする」

「私はサーヤと一緒に留守番をしているぞ」


 追加で出した焼き菓子をほとんど1人で食べたエリスは、お腹いっぱいで動くのは煩わしくなったに違いない。


「そっか、フレーメからの連絡が来るかも知れんし、留守番よろしくな」


 エリスとサーヤに留守を任せ、貰った屋敷に律子を連れ再度出かける事になった。


「あんた、まだ居たのかよ」


 店の前にはカラム水とやらを求めて居た冒険者が、まだ座りこけて居た、俺達はお茶を飲みながら話していたので、一時間以上は店の中に居た筈だ。


「もうおしまいだ」

「何だ依頼が失敗したのはギルドの所為なんだろう、そう言ってやったら良いんじゃ無いのか」

「ギルドは血も涙も無い所だ、そんな甘い処分は無い。違約金を支払わないと奴隷落ちだ」

「そっか、頑張って違約金を支払うんだな、じゃあな」


 俺と律子が移動する後ろを冒険者が着いて来る、やけになって強盗へとジョブチェンジをするつもりか、しまった武器を装備して来なかった、いくらレベルが上がったとは言え本職の冒険者と素手でやり合うのは無理だろう。


「あの人何がしたいの」

「カラム水って言う香辛料が欲しいんだとさ、それが無理っぽいから俺達に狙いを定めて強盗でもするつもりかもな」

「危ないわね。それでカラム水ってどんな物なの」


 冒険者が言っていた特徴を思い出しながら律子に伝えた、少し考えてから律子がそれってと言ってカラム水の正体に当たりを付けた。


「タバスコってそんな事有り得るんか」

「私達以外にも誰かがこっちに来てるのかも」


 その可能性は考えなかった訳ではないが、まさかこんな田舎町で痕跡を発見するとは思わなかった。


「どうするの」

「とりあえずカラム水の正体を確認しとこうか」

「あの冒険者にタバスコを渡すの?」

「いや、この街の住人から聞いた方が確実でしょ、セインかフレーメに聞いて見れば良いじゃね」


  怪しい行動をしている冒険者の事なんて信じられない、衛兵にでも任せてしまいたい所だ。


「面倒だから領主館に行ってあいつの処理をお願いしちゃうか」

「判ったわ」


 領主館に向かっていくと、俺達の後ろについて歩いてた冒険者の姿は何時の間にか消えて居た。

 このままセインにアポ無しで会いに行くほど俺も馬鹿じゃない、館の衛兵に怪しい冒険者の話を伝え、相談したい事があるので何時でも良いからセインに時間を作って欲しい事を伝えてもらった。



 拝領した屋敷に到着すると律子が屋敷の外回りをユックリと一周し、外壁や屋根を目視検査して行く。


「どんな感じ?」

「大分と傷んで居るわね、これ金貨10枚じゃ無理かも知れないわよ」


 金貨10枚は1000万相当なのだが、確かにそれじゃあ足りないか、親父が建てた家だって2500万程したって聞いたしな。


「建物の中も確認するわね」


 俺から鍵を受け取った律子は中も確認しはじめた、俺が一緒に回ると邪魔に成りそうだから、近所に何が有るか確認してみようと敷地の外に出て少し散策する事にした。




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