第27話「外堀を埋められる」

 日課を終わらせ朝飯を食った後市場に出かけた、50程の露天が並んでいる、街の規模の割には多くの店が並んでいると感じた。

 今日はドナ子に荷馬車を繋いで牛車で移動している、これなら市場で大荷物を買っても持って帰れる。


「エリスの目から見て何かおかしな感じは無いか」

「並んでいる露天にか?ここからでは解らないが、数が多いようには感じるな、街の外からも売りに来てるように感じるな」


 街の外って近くに村が有るのだろうか。


「サーヤはこの近くに村が有るのかは知らないか」

「判りません、でも有ったとしても10人とか20人くらいの小さな村だと思います」


 街の中に畑なんかはあまり見かけなかった、と言うことは食料を供給するための農村が近くに有ってもおかしくは無いのか。

 魔石がその村で取れるなら、わざわざ遠くに村を作る必要がない、恐らく近隣の村では魔石が取れないのだろうな。


「何か欲しい物が有ったら言ってくれ」


 冷やかしがてら露天を回る、一昨日来た午後よりも食料品を扱う店が増えて居る、多くは野菜や果物なのだが、肉や保存食を扱う店も存在するようだ。


「何これ酒なんか」

「お兄ちゃんお使いか」

「お使いって訳じゃ無いけど、俺ってそんなに若く見えるか」

「すまない、人族の顔は見分けが付かないんだ、ひょっとしてそれなりの年だったか」

「今年で16になったよ」


 こっちに来てからそろそろ2ヶ月は経過する、誕生日が過ぎているのかまだ来てないのかは分からないが、もう16だと名乗っても良いだろう。


「そいつは悪かった、お詫びに安くしとくから買ってかないか」


 律子が味見をして気に入った酒を2種類買う事にした、量り売りで瓶の中から柄杓でよそって大体3合程で銅貨60枚と言う事らしい。


「安いのか高いのか分からないな」

「安いと思います、絞ってから一冬を越した酒なので酒精が強くなってるので、その位の量だと銀貨1枚くらいでもおかしくないです」

「シードルみたいだし、ワインよりは手間がかかるんじゃ無いかしら」


 シードルってのは林檎や梨を使って作る酒らしい、炭酸入と無しが有って購入した酒には炭酸が入っているようだ。

 酒精の弱い物は甘く、強い物は辛いらしい。


「おっちゃんは街の住人って訳じゃ無いんだろ」

「街の中にも倉庫は借りてるけどな、俺はプランタ様の所で世話に成っている」


 プランタと言うのは領主ダルカルの従士らしい、3人の従士にはそれぞれ小さな村を与えられて居るようで、その村から食料を街に運び込んでいるらしい。

 従士以外にもセインの用に元従士なんかも村を持っていて、ベイカーを中心とした領地を形成しているようだ。


「気軽に店を出せる程近いって事か」

「歩きでも小一時間も掛からんよ」


 おおよその位置は知れたが、俺達が行商に行っても魔石が得られそうに無い事が判った。

 酒屋のおっさんに礼を言うと、また別の店を冷やかしに行った、流石にコンビニやドラックストアより欲しい物は無かったから市場から退場すると、東通りに有る南村出身者で固まる地所を訪ねた。


「ちょっと良いか、この辺にフレーメって人が住んでないか」

「おっちゃん誰」


 道端で遊んでいる子供に声を掛けたらおっさん扱いされてしまった、まだ俺16なんだけど。


「俺はまあ商人かな、俺が用が有る訳じゃなくてこっちの姉ちゃんがな、南村から出てきてフレーメに挨拶がしたいって事だよ」

「そうなんか、姉ちゃん名前は」

「私はサーヤよ」

「案内してあげる」


 子供の中で年長っぽい女の子が案内してくれると言うので彼女に着いていく、手間賃って訳でも無いが着いてきた子供達全員の口の中に、飴玉を放り込んでやった。


「皆の父ちゃんって何処で働いてるんだ」

「うちは酒蔵で働いてるよ」

「うちは木工所」


 子供達の話を聞くと大体は二次加工品の職人を行っているらしい、稀にサービス業に従事している親も居るようなので、村の農地を継げない次男以降の男手が仕事を探す為街に来ているようだ。

村の規模の割にベイカーの街に移住者が少ないのは、バイカルの街に行く移住者が居る為だろう。


「ここがフレーメさんの家だよ」

「ありがとうな」


 個人の住宅としてはまあまあの広さだが、移住者のまとめ役の家としてはどうなのって感じ、石造りの平屋建ての家だった。

 玄関のドアをノックして呼びかけると中から女が出てきた。


「はい、どちら様ですか」

「俺は商人の夏目って者だけど、南村の村長さんから紹介状を書いて貰ってね。この子はサーヤ、南村からこのベイカーの街に出て来る事になったから、顔見せって事かな」

「そう云う事ですか、生憎と主人は仕事に出てまして、夕方か休みの日にしか家に居ないんです」


 フレーメ自体が働きに出て居るらしい、移住者のまとめ役と言った役割だけでは食って行けないようだ。


「そっかじゃあさ紹介状だけでも渡しといてくれないか、俺達はファウンデーション商会の店の跡地で商売始める事にして、このサーヤを従業員として雇ったから。時間の有る時にでも使いを出してくれればこっちから会いに行くからさ」


 サーヤのお婿を探して貰わなきゃならない、下手に出て良い婿が来るなら頭くらいは下げられる。


「ファウンデーション商会の店を購入されたんですか」

「ダルカル様から貸りてる事になるのかな、商人の許可証まで貰ったから援助して貰ってるって感じだな」


 店の賃料は無料だし。


「そうなのですか、皆さんどうぞお上がり下さい、今お茶の用意をしますので」


 どうぞどうぞと強引に家の中に上がらせられた、領主の名前が出て態度を変えたのかな、分かりやすい人だ。

 家の中に入ると子供が居る、正直言って可愛い、村長の孫娘クレアに似ていて、クレアよりも幼いから幼犬って感じでこのまま連れ帰ってしまいたい。


「お兄たんだあれ?」


 この子は俺をおっさん呼ばわりしなかった、良い子かも知れない。


「俺は商人のナツメだよ、お名前を教えてくれるかな」

「うーんとね、リナはねリナなの、この子は弟のカール」


 めっちゃ可愛い、リナには飴を口の中に入れてやり、カールにはボーロを買って袋を開け更にポロポロと開け、一つを口に入れてやる。


「お兄たんお皿どこから出したの?」

「それは秘密です」


 リナとカールをナデナデしてブラッシングをしてやると、産毛のような細い毛が抜け、しっぽをフリフリしていた。

リナは飴玉を舐めながらブラッシングで気持ちよくなったのか半分眠りかけて居る、カールの方はボーロをパクパク食べて居て喉の辺りを撫ででやると子犬のような鳴き声を小さく上げた。


「ナツメ様は子供のあやし方が上手ですね」

「そうかな、うちには小さい子は居なかったけど、憧れてたからかな」

「まあナツメ様は下のご兄弟がいらっしゃらなかったんですね」

「一人っ子だよ」


 お茶を入れて来たフレーメの妻がグイグイ話を振って来る、折角だしと出されたお茶に手をのばす。正直に言って美味くない、100グラム300円のお茶よりも明らかに不味かった。

 人の好みは千差万別で、この味が犬狼族の好みだとしたらお茶っ葉は売れないだろうなと思った。


「それでナツメ様の商会では何を扱われるのですか」

「何ってまだ正式には決めて無いけど、砂糖や香辛料が売れると嬉しいかな」

「高級品を扱われるのですか」


 明らかに残念そうにしている、何か手に入れて欲しい物があるのだろうか、市場調査がてら聞いてみるか。


「奥さんは何か取り扱って欲しい物の有るのかい」

「レモンかライムが有れば助かるのですが」


 犬って柑橘類が好きだったっけ?猫が柑橘類を苦手にしている事は知ってるけど、犬に関してはどうなのだろう、飼育書には書かれて居なかったと思う。


「レモンなんて酸っぱいもの食べるの?」

「病気の時や子供に食べさせたいのですが、この辺りは気候的に育たない物で」


 南の方で育つらしい、俺と律子はアジア人なので白人と比べると色が黒い、南の出身者だと当たりを付けたフレーメの妻が柑橘類について尋ねて来たのだろう。


「レモンなんて砂糖漬けにする以外で食べた事無いな」

「砂糖に漬けるのですか、それはまた凄い食べ物なのですね」


 ちょっと待っててと言って、律子と一緒に荷馬車の中に入って、柑橘類を探してみる。コンビニの方は冷凍フルーツしか扱っていない、生鮮食品が無いわけでは無いが、果物はバナナと林檎しか無かった柑橘類は季節商品なのかも知れない。

 律子の方のドラックストアには柑橘類が並んで居た、レモンとみかんとオレンジの3種類で、3種類とも購入してフレーメの妻に見せて見る事にする。


奥さんにレモンを渡した途端、カールがいやいやと俺の懐に潜り込んでこようとする、レモンが酸っぱいものだと言うことは判っているらしい。


「何これ可愛い過ぎるんですけど」


 悪魔に魂を売って奴隷商から子犬を買ってやろうかと真剣に悩んで居た所に、奥さんがレモンを譲って欲しいと交渉を持ちかけて来た。


「カールが嫌がってるじゃん、俺カールに嫌われたく無いんですけど」

「大丈夫です、ご迷惑はおかけしませんから」

「こっちのみかんやオレンジじゃ駄目なん?そんなに酸っぱくは無いし、子供でも食べやすいと思うぞ」


 見知らぬ果物に躊躇はしていたが、それでも同じ柑橘類、忌避感は無いようだ。

 試しにみかんを向いて奥さんに勧めてみる、奥さんがモキュモキュみかんを食べている所を見て、不思議そうにしたいたカールに一房みかんを口に入れてやった。


 一瞬裏切り者を見るようにして俺の事を見ていたが、カールが口をモキュモキュしてみかんを食べると、大きく口を開けて次のみかんを要求してきた。


「すごく甘いですね、これはレモンの仲間ですか」

「みかんって言うんだけと知らない?」

「聞いた事が有りません」


 俺じゃあよく分からないので、解説は律子に任せた。

 律子の見解だと犬狼族が必要にしているのはビタミンCでは無いかと言う話だ、それに加えて酸っぱいレモンにはクエン酸も多量に含まれて居る。

 みかんでも代用出来るがレモンの砂糖漬けを律子がやる薬局で売ってみたいと言い出したので、良いんじゃないのと賛同しておいた。


その間おれはカールを抱いてみかんを食べさせて居る、エリスは本格的に寝入ったリナの背中を撫でて居た、至福の時を過ごしながら、フレーメの妻リカルダに柑橘類を販売する約束をして店に戻った。


「レモンの砂糖漬けって幾らで売るん?」

「レモン一個は200魔素で、グラニュー糖1キロは500魔素でしょ、だいたいレモン1個で砂糖25グラムだから・・・」


 レモン1個に砂糖25グラムも入っているのかそれは甘い筈だよ。


「レモン1個で220魔素が原価って事になるわね、だからそれを10倍して銅貨3枚くらいで売れば良いじゃ無いかしら」

「エリスどう思う」

「安すぎだろ、これが王都なら商業組合から袋叩きに有る価格だな」


 ダンピングと取られかねない価格のようだ、しかし俺はここで何をやってるんだろうな、魔石さえ買い取れればそれで良いのに商人に成りかけて居る。


「じゃあエリスちゃんは幾らで売れば良いと思う?」

「私はレモンの砂糖漬けを食べた事が無いから知らん」


 すねて居るように感じたのはレモンの砂糖漬けが食べたかったからなのか、そう言えばまだエリスは子供だったな、ちょっと子供らしい所が見えて微笑ましい。


「なあ俺もレモンの砂糖漬けなんて作った事無いんだけど、簡単に作れる物なのか」

「そうなの、じゃあ作って見ましょうか、でもこんなのよく洗って輪切りにして、砂糖と一緒に瓶の中に入れるだけよ」


 店の台所じゃ作りにくいと言うので、律子は調理室に移動して砂糖漬けを作りに行った、俺とエリスはサーヤを捕まえ、早くリナやカールみたいな可愛い子を産んでくれとウザ絡みしていた。


 律子が戻ってきたのは小1時間程してからで、出来ましたよと瓶詰めになったレモンの砂糖漬けを俺とエリスに勧めてくれた。予想通りの味だったから驚きはしなかったが、エリスは数枚食べて、旨いけど沢山食べられる物では無いと言っていた。


「これが薬に成るならレモン一個分で銅貨50枚程にすれば良いんじゃないか、そんなに沢山食える物でも無いしな」


 エリスの感覚に従って、容器持ち込みなら銅貨50枚で売ることにして、別にガラスで出来た容器を売る事にした。稚拙ながらもこの世界にはガラスが製造されて居るようだし。



領主ダルカルから呼び出しが有ったのは次の日、呼ばれた俺はエリスと2人で領主館に出向いた。律子は工作室で家具作りを、サーヤは店の外回りの掃除を行っている。

俺達を出迎えたのはダルカルでは無く、セインだった、報酬を渡すだけだからそれで不満は無いのだが。


「では報酬の銀貨1500枚と屋敷の権利書だ、確認して欲しい」

「屋敷って何ですか?」

「勿論ナツメ殿の住む屋敷だが」

「えっ?」


 俺達は賃貸物件を紹介して欲しいので有って、手間暇が掛かる住宅が欲しい訳では無いのだが。


「本当は中央区に用意したかったのだが、今は全ての屋敷が埋まっておって少し離れた場所になるが、店には近いのでナツメ殿には都合が良かろう」


 銀貨だけで充分だと断りを入れたかったが、俺が口を挟む間も無く、銀貨を手渡され、早々に屋敷へと案内されてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る