カモノハシの望み

「ふむ……コレまでも度々動物が迷い込むことがあったが……お主、ダントツでヘンテコな奴じゃの」


「ゲババ!」



 ボクは気がつくと、雲海の中に立っていた。そして、目の前には老人が1人。フサフサの髭と対照的なツルツル頭が、見事なコントラストを醸し出している。



「ゲババ! ゲババ! ゲババ!」



 ちなみに、ボクの鳴き声は非常に言語化し難いモノだ。例えるなら、『プールで浮き輪同士が擦れる音』が近い。ここでは、とりあえず『ゲババ!』と表現しておくことにする。



「う~ん……とりあえず、言葉を話せるようにしてやるか」



 神様は手に持った木の杖を振るった。そして閃光がボクを包み、思わず目が眩んだ。光が収まり、目を開けると老人は語りかけてきた。



「コレで言葉が通じるはずじゃ。ホレ、何か申してみろ」


「銭は細っかいよ構わねぇかい? じゃ、手を出してくれ勘定するからよ。いくよ、いいかい? 一、二、三、四、五、六、七、八、今何時だい?」


「九で……じゃないよ! コレ落語の『時そば』の一節じゃないか!」


「ハッハッハッ、教養がある所を見せたくてね!」


「お主、ライオンに食いちぎられて神の前にいるんじゃよ? のんきすぎないか?」


「ハッハッハッ……ご老人。アナタはよっぽど冗談がお好きなようだ」


「冗談?」


「まず、1つ目。このボクは、カモノハシ。つまり、百獣の王だ。ただのネコ科動物に負けるワケがないのさ」


「ライオンを目の前にして気絶してる所を、食いちぎられたぞ」


「……あっ、思い出した」



 ボクはひどく動揺した。一般的に百獣の王と言えば、どの動物だと思う?


 ……ライオン? ソレはあくまでだよね?

 

 で言えば、百獣の王はカモノハシ自身なのさ。


 ソレなのに、『ちょっと体が大きくて、牙や爪が鋭い程度』のネコ科動物に遅れをとってしまったのだ。コレが動揺せずにいられるだろうか? いや、いられるわけがない。



「ええい、2つ目だ! それは、自らを神様だのと名乗ることだ! ボクは、怪しげな宗教には入らないよ」


「宗教の勧誘ならば、もっと金を持ってるヤツを選ぶわい」


「……ソレもそうだね。OK、アナタは神様だ」


「はぁ~都合のいい奴じゃの……」



 神様はボクの切り返しの速さ……いや、柔軟な対応力に惚れ惚れしているらしい。感嘆のため息を付いている。


 ただ、結構ショックだった。死ぬ時はもっとドラマティックに死にたかったな。

 

 例えば、『天高く手を掲げて、悔いを残さない死に方』とか、『妻と息子と宿命のライバルに別れを言いながら自爆する』とかね。


 まぁこうして、神様の目の前に来れたってことが既にドラマティックなのかもしれないけど。



「……お主は死んだが、ラッキーじゃ。ココに来たからには、『異世界転生』できるぞ」



 ほらね。『異世界転生』ときたもんだ。すっごくドラマティック。



「お主の望む世界に連れて行ってやろう」



 ボクの望み……そんなモノは1つしかない。


 ボクにとって、動物園暮らしは地獄だった。


 『あーあ、動物園のコアラにでもなれたら良いのになァ』


 現代社会という檻で暮らす人間の中には、こんなことを宣う人もいるだろう。正直言って、想像力が足りないよ。


 四六時中見世物にされたことはあるかい? ソレはソレでかなり辛いよ?


 しかも、カッコいい~とか可愛い~とかなら喜んで受け止めるさ。だだ、ボクに飛んでくるのは大体笑い声なんだ。ボクはお笑い芸人になりたいワケじゃないんだ。

 

 人間たちの価値観を基準にすると、ボクは『変な生き物』らしい。パンダだって、ボクに言わせれば変な生き物だけどね。なんだい、あの珍妙な模様は。


 ーーだから、ボクはコレを望むのだ。『ボクを変な生き物扱いしない世界』を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生者カモノハシ〜拝啓、母上様。ボクは異世界で聖獣として生きていきます〜 @bai-king

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ